森の中の村
「ここが話していた村か…」
やっとたどり着いたそこは少し盆地気味の場所にあった。村全体を木の柵で囲っており、そのすぐ内側には決して広くはない何かの畑が広がっている。なんの植物なのかわからないがどれも大きな実やら花やらをつけており、豊作なのは農業初心者の目にも明らかだった。
畑を抜けた先が住宅地になっておりいかにも田舎といった風貌の一軒家が集まっている。こういう村のお約束の大きな家もあり、おそらく集会所か村長の家なのだろう。
人影があまり見えないのと思ってたよりも農作物が豊作な事を除けば特に変わった様子は見られなかった。森全体があんなにおかしいのにここの人達はあまり出歩かないのだろうか?疑問はあるがとりあえず話してみてガレンがいないか確認をして、いなければ連絡方法がないか聞かなければ。
いつの間にか日は落ちようとしていた。夜の森の恐ろしさはよく知っているつもりなのではやく村の中に受け入れてもらおう。
さっさと行こうと足を踏み出そうとすると何かに腕を掴まれた。誰でもない、ミラだ。
「なんか変じゃない?人の気配が無い…というか人はいるのに活気がなさ過ぎるというか…働いてる感じがないというか…疫病とかかもしれないし危ないわよ。」
見ると本当に心配そうな顔をしてこちらを見上げている。らしくないといえばそうだが違和感を感じているのはラザァも同じなので聞き逃せない発言だ。
「それは僕も思ったけど…夜の森にいるよりは安全かなって。危なそうだったらすぐに逃げればいいさ。」
「それはそうかもしれないけれどなんか嫌な予感がするのよね。」
といいつつも腕を離すあたりミラは僕に甘いと思う。
「それにしてもすごい大きさだね。」
畑の横を歩いているところだが、近くで見ると作物は想像以上に豊作で、かぼちゃのような実など直径1メートル近いものまである。ここまで大きいとむしろ食欲が失せる。
何か良い肥料でも使っているのか畑の土は隙間も無いくらいにびっしり植物に覆われている。
「ええ、ここまで大きいのなんて私も初めてよ。」
ミラは時々立ち止まりつつついてきている。それが警戒のためなのか単に巨大かぼちゃが珍しいだけなのかはわからないが。
「別にはしゃいでなんかいないわよ!」
「まだ何も言ってないんだけど…」
「まだ?」
「何でもないです。」
「全くもう。」
「こっちのセリフだよ…」
「いや、聞こえてるから…」
最近ではすっかりお馴染みになった軽口を叩き合っていた時だった。ラザァ達の前方から不意に声がした。
「あれ?誰かいるんですか?」
若い女の人の声だった。ラザァは一瞬張り詰めた緊張をこれまた一瞬でほぐす。ミラはパッと見た感じはさっきと変わってはいないが目つきは明らかに鋭くなり、右手は腰に隠してあるナイフに触れさせている。
そしてラザァ達の目の前の野菜の陰から1つの人影が姿を見せた。
「あれ?ええっと、どちら様ですか?」
20代前半くらいの若い女性だった。肩ほどまでの軽くウェーブのかかった茶髪に緑の目。地味ないかにも農家の娘といった服装。どことなくヘレナっぽい落ち着いた雰囲気。
ミラを筆頭にエリーやエリダなどラザァの周りの女性陣は男勝りな性格やら騒がしいのが多いのでどこか安心する。
ラザァの安心が顔に出ていたのか隣のミラが「何ゆるんだ顔になってるのよ。」とジト目で見てくる。
「すみません、少し道に迷ってしまって。この村の方ですか?」
ラザァは極めて落ち着いて女の人に問いかける。ミラに対人関係を押し付けるのは無理がある。
「旅の方ですか?ええ、そうですよ。畑の様子を見ていたところです。」
そう言って彼女は腕のカゴを見せる。中には木の枝がたくさん入っていた。
「…それは?」
「あっ!これは収穫とかじゃなくて、こうして余分な枝を取らないと光が当たらなくて実の付きが悪くなるんです。」
彼女はカゴの中の折れた枝を一本取り出して振る。
「なるほど、手入れも大切なんですね。もしかしてこの畑全部あなたが?」
周りにはラザァ達の他には人影は見られない。手入れをしているのは目の前の女の人1人だけだ。
「ええっと、お恥ずかしいんですけれど今年は豊作で、別に手入れなんかしなくてもたくさん収穫できるだろうって言ってみんな畑を見なくなっちゃったんですよ。」
そう言って彼女は俯く。
そう言われればまあ納得できないこともない。予期せぬ豊作でみんな働いていなくて畑には人影がないのだと。
ラザァの性格的には予期せず豊作になればさらにやる気を出して熱心に手入れをすると思うがここら辺が個々人の性格といったところか。
ミラは特に話の内容には興味なさそうにラザァと女の人を見比べたりしている。
「あはは、それなのにお一人ですごいですね。」
「そんな…」
そろそろ日が暮れるし本題に入った方が良さそうだ。
「実は僕達はちょっと人を探しててここまで来たんですけれど…」
とりあえずガレンの目撃情報を探し、無ければ通信機器の有無の確認や、図々しいが宿を借りられるかどうかだ。
「人を?」
女の人は首を傾げる。
「ええ、人というか集団だと思うんですけど、いかつい軍人みたいな集団がこの辺に来ませんでした?リーダーは短い金髪の大男なんですが。」
軍人みたいなとぼかしたのは見たならバレてるとは思うが必要以上に警戒心を抱かせないためだ。確かこの村はどの国家にも属さないはず、それならば初めからパイリア軍と名乗ってプラスになるとは思えなかった。
「軍人みたいな集団…ですか。」
彼女は真剣な表情で考え込む。
「いや、心当たりがなければいいんです。それと…」
「おや?お客様かな?」
不意に女の人の後ろから声がした。しわがれた老人の声だ。もっともパイリアの市場の裏に店を構える古道具屋の爺さんのように甲高くはなく、ユヤ オードルトのように茶目っ気たっぷりな声ではなく。低く、苦しそうな声ではあるが。
ゆっくりと姿を見せたその人は声から想像できる通り小柄で痩せた老人だった。細い白髪がわずかに残る頭に、昔はバリバリ農家だった事を感じさせる日焼けとシミの多い肌。地味な服に獣の毛皮のベストを羽織り、何かの骨でできていると思われる杖をついている。腰が曲がっており、身長はミラより少し低いくらいだろうか。
「あっ!村長!」
女の人が振り向く。見た目からなんとなく感じていたが彼が村長らしい。
村長は杖を握りながらこちらへ近づいてくる。後ろでミラがやや身体を強張らせたのを感じた。
「僕達少し人を探していて…」
「なるほど、ああ、申し遅れました、私はこの村の村長を務めさせていただいているグレスリーという者です。」
そう言うとグレスリーはゆっくりとお辞儀をする。ラザァもつられてお辞儀をし、ワンテンポ遅れてミラも頭をさげる。
「ラザァ フラナガンです。あっちはミラです。」
ラザァも自己紹介をする。たやすく名を名乗る事に少し抵抗はあったがそこまで長居はしないつもりなので名乗った。
「人を探しておられると?それでしたら中の宿屋に宿泊した者のリストがある。そこで確認するのが良いかと。さあ、こちらへ。」
そう言うとグレスリーは回れ右をして歩き出し、畑の奥の、村の中に入っていく。
ミラを見ると相変わらず警戒心丸出しではあったがついていくにはついていくつもりらしい。ラザァもグレスリーの後に続いた。
とりあえず歓迎されているかは別にして拒絶はされていないようだ。手がかりが無くとも屋根のあるところでは寝る事が出来そうだ。
勝手に飛び出したミラを勝手に追いかけた結果としては上々だろう。
'''こんな事考えてるのがダルクやエリダにバレたらさすがに怒られるだろうな'''
心の中で苦笑をしてラザァはグレスリーに続く。
そんな3人の後ろで若き農家ニーナ メルデアは俯き、考え込んでいる様子だった。




