レレイク(2章)
困った
少年ラザァ フラナガンは立ち尽くす。
多分迷った
見渡す限り木、木、木だ。どこかの国では木を2本で林と呼び、木を3本で森と呼ぶらしいがこの森は3本どころではない。
この世界に来てからは初日以外では大都市パイリアに缶詰だったので森に入るのは久しぶりだったのだがそれがまずかったか。ラザァは1人森の中に立ち尽くしていた。そしてこの森こそが異変が起きているというレレイクだ。
なんでこんな事になったのか、発端はつい数時間前に遡る。
ラザァとダルクが夜のちょっとした語らいをした次の朝、ラザァはとある異変に真っ先に気がついた。
いつもならラザァよりも早く起きている事が多い銀髪の少女ミラの姿が見えなかったのだ。この移動途中はなんだかんだで毎日朝から話しているのでその違和感にはすぐに気がついた。
ラザァも初めはミラの朝寝坊だろうと思い、気にもとめていなかったのだが日が高くなるにつれ変に思った。ミラの寝泊まりしているテントは1人用の小型の物だった。女性の寝床を訪ねるのは気が引けたのだが、生憎エリダも姿が見えなかったので念入りに声をかけて返事がないのを確認して覗き込むとミラの不在に気がついたというわけだ。
元々持ち物の少ないミラだったが、テントの中は恐ろしいまでの片付き具合で、折りたたまれた毛布とランタンだけだった。ミラが自分の意思で出ていった事は明白だった。
なぜ?
ちょっとした用事だけなら心配はいらない、ミラは見た目こそか弱い女の子だがその身体能力の高さは文字通り人外だ。よほどの敵でない限り返り討ちにするだろう。
しかしラザァには嫌な予感しかしなかった、ミラは自分の問題を抱え込む癖がある。ラザァと出会った当初、周りのものを全て拒むような態度を取り続けていたのも周りの人間を自分の問題に巻き込ませないようにしようとしていたからだ。
ラザァとそれなりに打ち解けた今でも肝心の自分のことはあまり話したがらないし、アルバード ヒルブスが未だに生かされて城の中にいるというあまり良い気持ちがしないことも話題にはしない。
そのミラが自分に何も告げずに失踪したのだ、ラザァにとって不安材料だらけだ。
どうする?ダルクに言って車を使って探すか?
いや、ダメだ。
ミラがパイリア軍の衛兵にほとんど心を開いておらず、敵対心まで燃やしているのはラザァ自身知っている。彼らがいる状況ではミラは出てこないだろう。それに悔しいが本気で隠れ逃げるミラを捕まえられる人間がこの場にいるとは思えない。やはりラザァ1人で探しに行くしかない。
決断するが早いか、ラザァはミラのテントから出ると自分のテントに戻り鞄に必要なものを詰めて飛び出す。
「って、どこに行けばいいんだ?」
よく考えたらラザァはミラの行き場がわからないし心当たりもないのだ。先ほどの決意が早くも頓挫した形だ。
野営地の周りは360度見渡せる、つまりどの方角にも行けるのだ。はっきり言ってあてもなしに探すのは無理だ。
ミラの行きそうな場所…
「…森?」
思えばラザァとミラの初対面の場所は森の中だ。木の枝で小部屋のようになっている場所にラザァが事故とはいえ無神経に文字通り転がり込んだのだ。あの時ミラは泣いていた。ヒルブスのいいなりになってる自分に悔し泣きしていただのなんだの聞いたのだが。
「もしかしたら…」
ミラは何かあった時に森に行くかもしれない、大分無理のある推理ではあるが他に手がかりの無いこの状況ではこの案に頼るしか無い。
ここから1番近い森…
ラザァは昨日車の中でのダルクとの会話を思い出す。「レレイクまであと少しでそれまでは草原しかない」っと。
このまま進めば1番近い森はなんの因果か目的地のレレイクらしい。
まあ後でラザァが独断でレレイクに行った事がダルクにバレても前もって偵察していたという苦しい言い訳にもなるし好都合だ。
ラザァは前方にかすかに見える広大な森へ向けて歩き出した。
「フラナガンさん!どちらかにおいでで??」
意気揚々と歩き出した直後にいきなり呼び止められた。
見るとパイリア軍の制服を着た若い男だ。歳もラザァとそう変わらなそう、ウェルキンと同じくらいだろうか。ウェルキンよりももっと厳つくていかにも軍人だが。
「ちょっと朝ごはんの前に散歩でもしようかなと思ってね。」
割と自然な言い訳をさらりと言って様子を伺う。鞄とか持っているのでよくよく考えるとすぐにバレそうなので気が気では無い。
男は鞄も一瞥したが特に深く考えなかったのか「そうですか、お気をつけて!」とだけ言うといそいそとテントのある方へと歩いて行った。これでいいのかパイリアの警備!?
ラザァは安心半分、パイリアのこれからに不安半分で複雑になりながらも気を取り直して歩き出す。そこからは早朝ということもあり誰にも見られることなく野営地を出て、それなりの距離があったがレレイクにたどり着き、その広大さに度肝をぬかれつつも入り、冒頭に戻るわけだ。
途中で迷っている気がしたラザァはしっかりと元来た道をたどって戻ったはずだ。はずなのだ。それなのにいくら歩いてもレレイクから出ることはなかった。
レレイクに入ってから15分くらいで引き返し初めて既に1時間以上が経過している。これを迷ったと言わずしてなんというのか。
「いや、迷ったとかじゃなくて明らかにおかしいよ!」
誰もいないことをいいことに思わず大きな声が出てしまった。しかしいくらなんでもこれはおかしい。
おかしいといえばもう一点、さっきから他の生き物の気配が何1つ無いのだ。森の中ならば聞こえて当然な鳥の鳴き声や虫の鳴き声が1つも聞こえてこない。これはラザァの直感だが、あまり人前でいうと危ない人認定をくらうが木々の様子も心なしか静かというか息を潜めているような雰囲気である。
もちろん異世界の森なのでラザァの常識が通じるとは限らないのは承知だがいくらなんでも静かすぎる。
一度落ち着いて考えよう。
ラザァがどこか座れるような場所を探すモードに入ってウロウロしていると視界が反転した。
顔に生暖かい息がかかる。手足を押さえつける何かがある。
ラザァはその目の前の毛むくじゃらに押し倒されていた。




