古き龍
「何から話そうか…」
ダルクが口をゆっくりと開く。
この世界、ラザァの住む世界とは別の時間軸に存在する世界には(ラザァからすると)異形の存在、魔獣などと呼ばれる者がいる。獣人もそうだろう。
人間と獣人は基本的に友好関係にあり、その間に子を成すこともある。そして基本的には片方の親の形質しか受け継がず、両方の形質を受け継ぐハーフは珍しい存在とされている。
ここがややこしいところなのだがハーフの中にもさらに、とてつもなく珍しい希少種という形質の割合を自由に変える事が出来る種がいる。形質の割合を変えるというのは例えば人間と猫種のハーフであるならば人間の割合が100%の時は完全な人間、猫の割合50%を獣人だと仮定すると、完全な人間〜半分人間半分猫の獣人〜完全な猫の間を自由に変身することができるということだ。
希少種は大都市に1人2人いるかどうかというレベルの珍しい存在だ。それにその珍しさから周りの人間に過剰に祭り上げられるか、忌み嫌われるかの両極端な扱いを受け、人前に出る事を嫌う希少種が多いためなおさら数が少なく感じるものなのだ。
ダルクの把握している限り、パイリアの為政者達、つまりパイリア城の上層部が確認しているパイリア在住の希少種はただ1人。
それがミラだ。
だがそれだけならばミラがあれほど人間不審になり、またあの大富豪アルバード ヒルブスが彼女に目を付け、周りの人間を皆殺しにしてまで軟禁することはなかっただろう。
問題は希少種だということ自体ではない。''''''古龍との希少種''''''ということが問題なのだ。
先ほど魔獣と呼ばれる存在に触れた。魔獣は本当に多種多様で人間に友好的なものから長い歴史の中で戦い続けている種もいる。その中でも別格な存在が龍だ。
龍は龍の中でも飛龍、水龍、魚龍、獣龍、鳥龍、蛇龍など細かく分けることが出来る。その龍種全ての頂点に立つものこそ古龍種なのだ。
他の龍とは別次元の戦闘能力と生命力、寿命と知性を持つ古龍は古くから生態系の頂点に君臨してきた。
古龍の中でも細分化され、山のように、島のように巨大な超大型古龍や、小型ながらも人間の数万倍の知能を持つ種まで様々なものがいる。共通しているのはその神がかり的な身体能力だけで千差万別だった。
そんな危険な存在に思える古龍がいながら普通の龍や魔獣、獣人に人間が今の今まで生きて文明を持ち続けてこれたのは古龍の良くも悪くも周りに無関心な性質にある。
古龍は怒らせでもしない限り、よほどお腹が空いている時、そしてとある種に遭遇した場合を除けば基本的に他者に襲いかかることはなかった。超大型古龍などは歩くだけで道の生き物を皆殺しにしてしまうのだが殺意がないというので考えないことにする。
そんな周りに無関心な崇高な種と人間のハーフ。長い歴史の中でも1度も存在が確認されておらず、これからもそうだろうと思われていた。ミラという少女が現れるまでは、だ。
基本的に集団は異物を排出しようとする。ただでさえ珍しい希少種、それも古龍との。周りのミラに対する目線なんて容易に想像ができる。
それに古龍はその性質上、神と同格に扱われている地域もあればその逆、天災やら災厄に例えられる地域もある。
ミラの話に聞いた孤児院のお爺さんは彼なりにミラを守る覚悟をしていたのだろうか。
それとだ。
先ほどとある種に対してのみ古龍は好戦的と言ったがその話もしなければならない。
ラザァの世界とミラの住む世界、だが世界がこの2つだけとは限らない。そして存在が確認されている世界で皆が恐れる世界がある。
古龍が敵意を明確に向けるのはその世界の者だ。
その点で古龍とはこの世界を他の世界から守っているといい崇める人もいる。だがその他の世界からの敵も古龍に敵意を剥き出し、古龍目掛けてくることも事実なのだ。古龍が敵を呼び寄せると言っても過言ではないだろう。
そんな存在を周りに置きたがる人がどこにいるだろうか。
そういうわけでこの世界における古龍は賛否両論あれど災厄扱いを受けることが多い。災厄の血を引く少女とミラの事をいう人もいたらしい。
以上がパイリア城の上層部が把握しているミラと古龍希少種に関する情報だ。アルバード ヒルブスの手の出しにくさも相まって今だミラは謎多き存在ということらしい。
「まあ、こんなところだ。謎は依然として多いからな、この程度ならラザァも既に知っていたかもしれないが。」
「ミラが何かしたわけでもないのに…そんな…」
「気持ちはわからないわけでもないが、強力な敵を呼び寄せるかも知れない存在を放っておくわけにはいかないんだ。こそこそ嗅ぎまわるような真似をして彼女には悪かったと思っている。」
ダルクが頭をぽりぽりとかく。本心からの言葉なのだとなんとなく伝わってきた。
ミラが周りからなんであんな目で見られているのかは納得できた。そしてそんな人生を歩んできてあんな周り全てを拒絶するような態度なのかも。これからどうするべきなのか、それだけが分からなかった。
「わかりました…」
「っん?」
ラザァの何か悟ったような、決意したような顔をダルクがまじまじと見つめる。意図を探るような、既に知っているようなわかりにくい目で。
「僕はミラに助けられたし、これからも助けられると思います。この世界にも詳しくなくて弱い僕がミラに何かしてあげられるとしたらこのことしかないんだって、そう思っただけです。」
「…そうか、あの子が心を開く理由も、ガレンが入れ込む理由もわかった気がするよ。」
ダルクは静かに言うと腰を上げた。
「今度こそ帰って寝よう、明日というか今日は朝早いからな。」
「そうですね。」
見据えるべき先を知ってどこか晴れ晴れとしたような気のするラザァも立ち上がり、ダルクの後に続いた。
2人が座っていた場所を見つめていた銀色に気がつくこともなく。




