空の覇者
パイリア軍の軍用車は数種類あり、装甲が厚く、武器も大量に装備している戦闘車両や兵員輸送車などがある。ラザァは今回の移動中はバスのような兵員輸送車に乗っている事が多かったのだが今日は気分を変えてローレンスの乗っている戦闘車両に乗っていた。
エリダが運転席、ローレンスが助手席、後ろにラザァと微妙に機嫌が悪いミラだ。
ミラが知らない人の前だと小さくなったり不機嫌になるのは通常運転だが、今回はエリダに寝顔が可愛いとからかわれた事も関係している。というかからかわれたのは主に僕なんだけどな…
「レレイクにはあとどれくらいで着くんですか?」
パイリアを出て3日ほどだ。ガレンの事も心配だし今までゆっくりしすぎている気がしないでも無い。
「明後日の昼には着くと思うわ、また道端に危険な龍が居座ってて迂回しないとダメとかでも無い限りね。」
エリダが見事なハンドルさばきで目の前を横切ろうとしていたバイソンのような生き物を避けながら言った。ちなみにだが立場がどうこうとかでこの役割な訳ではなく、単純にローレンスよりもエリダの方が運転が上手いからこの役割になっているらしい。
「そんなことってあるんですか?」
隣に珍しい古龍が座っているので話題にするべきか迷ったのだが好奇心には勝てないラザァであった。ミラの眉毛がピクリと動いた気がした。
「たまにあるわよー、ラザァは龍をあまり見た事が無いと思うけど、山のように大きな古龍が草原に寝転がってひと月くらい通行止めになることだってあったんだから。」
山のように大きい古龍の話ならラザァもパイリア城の図書室で読んだことがある程度だ。割と身近な場所にも出ることがわかり恐ろしいような楽しみなのような複雑な気持ちになる。
「へえ〜そうなんですか、それは大変ですね。」
「そうなのよ、パイリアでの食べ物の値段が跳ね上がったりして大変だったんだから!」
エリダも退屈していたのか話にグイグイ乗ってくる。隣から「絶対大変だと思ってないじゃない。」と小さな声が聞こえてきたのは置いておく。
「おや、噂をすれば…」
黙っていたローレンスが口を開く。一瞬なんのことかわからないがミラは何かに気がついたらしく体をピクリとさせて上を向いた。
ミラの目線の先を追うように上を見て前の席に身を乗り出すとさっきまで晴れていたのに曇っていることに気がついた。
いや、晴れてはいるのだ。
何かが太陽を遮っているのだ。
龍だった。
赤黒く分厚い鱗に、トゲの生えた尻尾、コウモリを思わせる巨大な翼にワニのような頭。どこからどうみても龍だった。龍が太陽を遮るように上空を舞っていた。
ラザァがこの世界に来て初日に見たようなどこか鳥っぽさの残る龍や、パイリアの地下水道で遭遇した大蛇や、そして龍の姿をしているときのミラとも違う初めて見る風貌をしていた。
龍はラザァ達の進行方向とは逆の方向、つまりレレイクから遠ざかる向きに飛んでいき再び太陽が顔を出した。
車の中にしばらく無音の状況が出来上がる。
「ダルク、あれって…」
エリダが恐る恐る口を開く。
「ああ、やはりな。」
ローレンスも腕組みをして険しい表情で答える。
「…どういうことですか?」
2人の省略の多い会話についていけずに思わず情けなく質問をする。
「あの龍、傷付いていたわ、それに何かから逃げるように飛んでた。レレイクの方向からね。」
答えたのは前に座る軍人ではなく隣に座る古龍の血を引く少女だった。ミラはラザァの方を見るわけでなく独り言のように呟く。
「あんな強い飛龍が慌てて逃げ出すなんて、今までのレレイクなら間違いなく無いことだわ。あそこにはそんなに強大な生き物はいないもの。せいぜい獣龍だけど機動力で勝る飛龍ならレレイクから逃げるまでしなくてもいいもの。」
「つまり前に言っていたように…」
「何かがレレイクに現れたのよ。それも生態系の頂点に立つレベルの何かが。」
先日に話していた憶測が確信に変わった。レレイクに突如何か強大な生き物が出現し生態系に影響を与えているのだ。
そしてガレンとその部隊の失踪、この2つが無関係なはずが無い。ラザァの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
「なるほどな、その何かに君は心当たりは無いのか?」
ローレンスが何気無い口調で、しかしはっきりと言った。君とは間違いなくミラのことだろう。
「…何もわからないわ、わかっていてもあんたに言うかは別だけどね。」
「ミラっ!」
ミラがあまりにも無愛想で敵意を隠していないのでたしなめる。ミラはそれ以上は言わなかった。
「そうか、ならば自分達の目で確かめるしかなさそうだな。」
ローレンスも気にしていない様子で続ける。
パイリア軍用車は隊列を組んでレレイクへ向けて進み続けていた。
その日の夜はレレイクが遠くに見えるくらいの位置の丘に野営を張ることになった。
ラザァも野営にはまだ慣れておらず、またその日は特に寝苦しかったのでテントを出て散歩をしていた。
無用心だとは思うが昼間のうちにミラに近くに魔獣がいないことは確認済みだ。それにミラがいるから近寄ってこないとも言っていた。
テントの中で寝るには難しい気温も風にあたりながら歩くには心地よい。ラザァは同じ場所をグルグルするだけの散歩でも良い気分転換になっていた。
'''そういえば最近稽古と移動ばかりでこんな風にのんびりしてなかったな。'''
パイリアにいた時はなんだなんだで自由な時間が多く、部屋でダラダラしたりミラやエリーと街をふらふらしたのだがこの旅に入ってからはそんな事もなく、慌ただしく時間が過ぎていった。
ローレンスに教えてもらえることは全て興味深く、稽古はためになることが実感できておりとても充実している。それでもこういう時間は大切だと思った。
適当な場所を見つけ腰を下ろすと満天の星空だ。そういえばパイリアを出る前にミラと市場で星空を眺めながら夕飯を食べたことが随分と昔な気がする。あの時はサボテンの入ったサラダに悪戦苦闘した。
いつの間にかラザァの日常が元いた世界の思い出からパイリアでの生活に置き換わっていることに気がつき自分でも驚く。
シーナは元気にしているだろうか。もし、もしこの世界とあの世界を自由に行き来が出来るようになって彼女さえよければこちらに来ないかと持ち掛けようかな…
ラザァが壮大な妄想をしていた時、背後から足音がして慌てて振り向く。




