道中即修行
カンッ!カンッ!
広大な草原に木と木を打ちつけ合う乾いた音が響き渡る。
カンッ!カンッ!
草原に生えた大きな木の側ではラザァとダルク ローレンスが木刀を構えて向かい合っている。木の真下では銀髪を後ろで結んだ少女ミラが肘ついて退屈そうに眺めていた。
「そう、もっと腰を入れて!」
「はいっ!」
余裕の表情でラザァをいなしているローレンスが時折指示を飛ばし、ラザァがそれに応えている。見ているミラは頭を動かすのも面倒だとばかりに目だけを左右に動かして見物している。
「ラザァって剣術はからっきしだけれど、運動神経自体は結構いいのよね。」
ミラの古龍の血が流れているが故の動体視力ならばラザァの動きは止まっているも同然なのだが、ローレンスの動きを見ながら的確に反応している運動神経の良さは本物だ。
ミラがラザァとローレンスの授業?を見るのは今日が初めてだが、ラザァの好奇心旺盛で努力家な性格もあって良い雰囲気である。ミラとしては話し相手を取られている構図のためあまり嬉しくはないのだが。
大体予想していたことだがここまでの道中、ミラは周りに馴染めずラザァ以外とほとんど話してなかった。女衛兵のエリダ ギスレットとは多少話したがすぐに会話が途切れてしまいそれっきりだった。
それでラザァの稽古をずっと眺めているという訳だ。
「それにしてもいい動きしてるわね…」
相手が百戦錬磨のパイリア衛兵トップではあるがラザァも食らいついている。まぐれなのかもしれないが相手の木刀を受け止めたりしている。
何か昔やっていたのだろうか、思えばミラはラザァの過去をほとんど知らない。両親とは死別し、1人妹がおり、冷たい親戚に引き取られたということしか知らないのだ。
あちらの世界にも学校とかはあるのか?あったらラザァは通っていたのか?交友関係は?恋人はいたのか?
段々と脱線した想像になっていることに気がつき慌てて戻る。
ミラも血の繋がった存在というものに会ったことが無いが、両親を失ってもそんな素振りを見せないラザァは素直に尊敬する。口には出さないが。
家族はいないが今のミラには居場所がある。ラザァと、そしてヘレナも。自分の秘密を打ち明けていないがエリーも。ラザァと仲の良いあの額の広い衛兵との関係やエリーへいつ秘密を打ち明けるかなどの問題は山積みではあるがミラの周りは確実によくなりつつある。
「って、あれ?」
よく見ると目の前にいたラザァがいない。ダルク ローレンスが草原に座り込んで汗を拭いていた。
急にキョロキョロと挙動不審になったミラにローレンスが気がついたように目を向ける。
「彼なら汗を流しに近くの川にでも行ったんじゃないか?」
「…」
思わず無言を貫き通してしまった。依然として衛兵や城の上層部には苦手意識や敵対心がある。
「つれない反応だな。まあ彼には君が必要なんだろうし、君にも彼が必要だろう?そろそろ終わっただろうし会いにいって来たらどうだ?」
ローレンスは悟ったような口調で話すと立ち上がり、軍のキャンプのあるところへ向かって歩き出した。
「…何よ知ったような口聞いて…ってそろそろ終わるって、私ってばそんなに長い間ボーっとしてたの!?」
恥ずかしさを紛らわすように川の方へ歩き出した。まあ必要としているかはわからないが、どうしてかラザァと話したかったのは事実だったのだから。
軍のキャンプから少し離れた川べりでラザァは身体を拭いて服を着なおしていた。
初めは川や湖で風呂のような事をするのには抵抗があったのだが仕方ない。それにパイリア近郊の川や湖はとにかく綺麗で澄んでいた。
巨大な魚の怪物などが出る可能性も無くはないがさすがに今回はミラについてこさせる訳にもいかない。今回の移動では女性はミラとエリダだけではあるが、さっきまで全裸だったのでかなり神経を使った。
ようやく服を着終えて水面で髪を整える。
「むしろ2人しかいないしミラの方が大変だよなぁ…」
「呼んだ?」
「うああっ!」
ラザァが何気無く呟くと背後から聞き慣れた声が即座に聞こえ危うく心臓が止まるところだった。
「何よ大袈裟ね!」
「って!いつの間にそこにいたの!?」
ミラの返事によってはラザァは何か大切なものを失う。いや、喪う。
「髪毛直し始めたあたりだけど…どうしてそんなに慌ててるの?」
ミラがさっぱりわからないという顔でキョトンと首を傾げる。顔の作りがいいのでこういう表情に時々ドキッとする。というか察しが悪いというか、そういうのに無頓着過ぎるというか…
「それならいいや…」
あんまり言うのも面倒なので会話を切り上げる。
「変な人、それはそうとお疲れ様。」
ミラはそういうと草地に腰を下ろし、横をポンポンと叩く。そこに座れという意味なのだろうか。
「まだまだだなぁ、情けないよ。」
無言の命令に従いミラの隣に腰を下ろす。いつまでもミラ達に守られるのは嫌なので稽古もかなり頑張ってたつもりなのだがやはり格が違った。
「そう?私は善戦してるなーって思ってたけど?」
「はははっ!ありがとうね。」
「あっ!からかってるって思ってるでしょ!?割と本気で言ってたんだけど!?」
ミラが食ってかかる、口調は荒っぽいが別に怒っているわけではない。この1ヶ月ほどでラザァもミラの扱いには慣れつつある。
「ガレンに何かがあったのなら、その時少しでも役に立てるようにならないと、そのためにも今は少しでも強くならないとダメなんだ。」
「そんなこと考えてたのね…知ってたけどあなた徹底してるわね。」
ミラが呆れたような感心したような口調で話す。
「そりゃあもう、今は周りの人にいかに恩を返そうかと自分自身が強くなることしか考えてないよ。」
「いつまでも周りの厚意に甘えている訳にはいかない。僕が異民を守り、そしてパイリアの役に立たないと。そしてそれが間接的には自分が元いた世界のためにもなると思うんだ。」
中々恥ずかしい内容ではあるが胸の内に秘めてた熱き思いを口にする。
笑われないかと恐る恐るミラを見る。ミラを見る。
「…って妙に静かだと思ってたら寝てるし…」
ラザァの熱弁がよほど退屈だったのかは知らないがミラは猫よろしく身体を丸くしてスースーという可愛い寝息を立てていた。
「…」
その安らかな寝顔を見ていると無視されたことを怒るのもバカらしく思えてきた。
ラザァはミラの過去について話された事以外は何も知らないが壮絶な過去なのは想像に難くない。
そんな彼女が穏やかに寝ているのを見るとまるで自分の事のように嬉しく、心が温かくなる。
ラザァは後ろに倒れこむと伸びをした。
よく晴れているが適度に風が吹き、絶好の昼寝日和だ。確か夜までにキャンプに戻れば問題はないはず。
考えるのが先か、既に夢の中だったのかはわからないが、ラザァは夢の中へ落ちていった。
結局エリダが探しに来て2人で仲良く寝ている図を見つけるまでぐっすりと眠っていた。




