出立
ラザァのミラへの説明は割とあっさり終わり、元々荷物もほとんどないため荷造りを高速で終わらせ、はやくもパイリア出発の時が迫っていた。
ラザァとミラの前にはお見送りとしてヘレナ、ウェルキン、エリーの3人が立っていた。エリーはともかく一応ラザァの部下という扱いの2人はついていくか迷っていたのだが屋敷の準備を優先させて欲しいというラザァの意向でパイリアに残る事になった。
「実地訓練って…ラザァいつの間にそんな事してたのよ…?」
「つい最近だよ、忙しくて報告してなかったけどね。」
ここ数日はエリーも学校が忙しく、ラザァもローレンスの講義と屋敷の掃除やらで忙しくて会っていなかった。
「ミラも気をつけてね!無茶しちゃだめだよ?ラザァが変な事しないか見てないとね?」
「変な事ってなんだよ…」
「…うん、わかってる。」
エリーの軽口にラザァが対応しているのを微笑みながら見ていたミラが答える。
「ラザァさんもミラも気をつけてくださいね。レレイクまでは陸路だと数日かかりますし。」
ヘレナも相変わらずな子供を心配する母親のような態度でラザァとミラを見上げる。
「うん、ありがとうねヘレナ。」
「ちょっと!私の時となんか態度違わない!?」
「だってヘレナはエリーみたいに変な事言わないじゃないか!」
ラザァがエリーと軽口を叩き合っている間、ミラはふと空を見上げ、慌てたように口を開く。
「そろそろ時間よ、行きましょ。」
つい最近聞かされたのだがミラは月や太陽の位置で結構正確に時間を知る事が出来るという特技を持っている。ミラが古龍の血を受け継いでいることと関係あるのかはわからないが。
「ああそうか!それじゃあエリー、ヘレナ、ウェルキン!しばらくの間さよならだね!行ってくるよ!」
「巻き込まれ体質なんだから気をつけてね!ミラをよろしく!」
「体にも気をつけて下さい。」
「屋敷の事はお任せを!」
3人が3人ともバラバラな事を言う。
「じゃあ行ってくるわ。」
最後にミラが手をひらひらさせてから、ラザァとミラは並んで歩き出した。ローレンス達パイリア軍衛兵のガレン捜索隊とはパイリアの西門前で待ち合わせている。
「ガレンには悪いけどなんだかワクワクするよ。」
「あっちの…ラザァの世界には森ってないの?」
隣を歩くミラが怪訝そうな顔をする。
「森はあるけどさ、こっちの世界と僕のいた世界だと住んでる生き物や植物が全然違うんだよ。楽しみだなあ。」
パイリア城の図書室で図鑑などを見て1日潰したりしたものだがやはり実物を見てみたい。
「ふーん、ラザァの好みとかって時々わからなくなるわ。」
ミラがどうでもよさそうに言う。その言葉そっくりそのまま返したいところである。
「ところでレレイクってどんなとこなのさ?」
「うーん、どんなとこって言われても普通の森だとしか…」
ミラが割と真剣に考え込む。こういうところも摑みどころがない。
「あっ!」
「いきなり大きな声ださないでよ、何かあったの?」
「普通の森よりも旅人が死なないわね!」
「ここでの普通の森って人がよく死ぬものなの!?」
「レレイクには小さな集落があるしそのへんも関係しているのかもね、たまに巨大な肉食の獣龍がウロウロしている程度で比較的安全な場所なはずよ。」
「巨大な肉食の獣龍がウロウロしてる時点で危険な場所な気がするんだけど…」
なんでもないような口調のミラのせいで既にラザァはゲンナリだ。
「大丈夫よ、私の正体に気がつくだけの脳がある獣龍ならまず近寄って来ないから!」
ミラが胸を誇らしげに張った、なんだかいつもより幼く見えておかしい。
ここでラザァはふと、この世界に来た日の事を思い出した。エリーのとりなしでミラと3人で森を出るときのことだ。
「もしかしてあの時エリーがミラといると魔獣があまり来ないって言ってたのって…」
「多分私を恐れているのね、エリーの笛の効果もあるだろうけど。」
「そうなんだ…」
「知能のある魔獣や龍、それと魔法使いなんかにはバレちゃうのよ…私が街でその…あんまり良く思われていないのって気付いた人が色々言いふらしたからなんだと思う…」
「そんな…」
ラザァもハーフとか希少種についてはそこまで理解しているわけではないが、特異な存在を忌むのはどこの世界でも共通なのかもしれない。
「んっ?魔法使いってことは…」
「ええ、ユヤ オードルトには恐らく全て知られているわね。多分ラザァが出会った中で魔法使いはあの人しかいないわ。」
「やっぱり魔法使いって本当に少ないんだね、結構色んな人に会ったんだけど。」
パイリア城の医務室に止まってた間なんか城の中を歩き回ってたので結構なお偉いさんなんかにも普通に会っていた。
「城の高官のビクトルなんとかって人は強力な魔法使いらしいけども最近はパイリアにいないらしいし、私としてもやりやすいからいいんだけど。」
確かに本人が隠したがっていることをすぐに見抜く人が沢山いるのはやりにくいだろう。
「魔法ってさ、先天性のものなの?僕も努力したら使えるようになるかな?」
ふと気になった事を聞いてみる。可能性はかなり低いだろうが夢くらい見たい。
「先天性ではないから努力と機会次第ではあり得るかもね、まあ今は魔力の欠片も感じ取れないけど。」
そう言ってミラはクスクスと笑う。
「魔法使える方が少ないんだから笑わなくてもいいじゃないか…」
そう言ってもミラは笑い止まない。
「もう!笑いすぎだよ!」
あんまり長い間笑っているので思わず声を出す。ミラはようやく笑い止むと目を拭いながら口を開いた。
「でもラザァが魔法使えなくて良かったわよ、別にそのままでもいいんじゃない?」
「良かったって何が?」
ラザァが聞き返すとミラはしまったという顔をして口に手をやる。
「なんでもないわよ、こっちの話!さっさと行くわよ!」
そう言ってミラはズカズカ足を速めた。
"初めから私の正体に気がついてたらラザァだって私とこんな風に接してくれなかったかもしれないじゃない。"
ミラはラザァには聞こえない小さな声で呟いた。
目の前にはそろそろパイリア西門が見えようとしていた。




