星空デート(1章)
''''''はてどうしたものか''''''
ミラを放ったらかしてたラザァは城を出るところでミラの待ち伏せをくらった。てっきり嫌味の1つでも言われるかと覚悟をしていたのだがミラの口からは「何してるの?ほら、帰るんでしょ?」としか出てこず、今も並んで歩いているのだが無言が逆に怖い。
ミラも俯いているわけではないのだが、ラザァとの身長差とその髪型のせいで表情がわかりにくく、いまいち考えていることがわからない。
「えーと、ミラ?さっきはごめんね、城の重要な話だったらついて来させるわけにはいかないからさ。まあ違ったんだけど。」
先手を取って謝る作戦だ。
「別にそんなのいいわよ、何とも思ってないし、というか思い出させないで!!」
ミラの頭にエリーとの会話がフラッシュバックして思わず声を荒げる。
「絶対何とも思ってない口調じゃないね!?」
「そんなことよりも話って城の重要な話じゃあないなら何だったのよ?あの爺さんも策士っぽいから…」
「オードルト議長はそんな人じゃないと思うけどなぁ…別に僕がこの世界について学ぶために先生をつけてくれるってことでその人の紹介だけだよ。長い初回講義もあったけれど…」
ラザァの脳裏にダルク ローレンスというパイリア衛兵のエリートにして本好きな美中年が思い浮かぶ。エリダの言う通り本の整理が出来ていない事と凝り性が玉にきずなのだが。
「先生?別に私達がいるからいらないのに…何か変な事吹き込まれなかった?」
ミラが割と真剣な表情でラザァの顔を覗き込んでくる。やはりであるがミラは城の上層部にいい印象を抱いてはいない。私達とはヘレナとエリー、百歩譲ってガレンを含めたラザァの周りの人間だろう。
「大丈夫だよ、ミラは心配し過ぎだよ。」
ラザァがなだめるような口調でいうとミラは再び俯く。
「…あいつらには1ヶ月前にも助けられた、けれど、それでも今まであの男アルバード ヒルブスを見て見ぬふりをして私やヨランダを助けようとはしなかった事はまだ許せない。」
「…そっか。」
ミラの過去は本人から聞いた話しか知らないがそれでもそのこれまで過ごした人生の凄まじさは伝わってきた。ラザァが中途半端な声をかけても無責任でしかないのだろう。ラザァには一言相槌を打つしかできなかった。
そうこうしているうちにパイリア城の男性独身寮に着いた。
ラザァは玄関にある「214号室」と書かれた自分の部屋のポストに何か入っていないか見て、入っていた街の市場のチラシを数枚回収すると2階への階段を昇りだす。
「そういえば晩御飯ってもう食べた?」
「まだだね…って、ん???」
「えっ???」
「えっ???じゃなくて!何さらっとここまでついてきてるのさ!ミラは道路の向こうでしょ!」
そろそろラザァの部屋の前に着くというところでミラが未だについてきている事に気がつく。さも当然のような顔でついてきているミラに思わず大きな声を出す。
「別に昨日も、あっ!、正確には今朝までか!、私はここに来てたじゃないの。」
「あれはパーティーするからであって…それにミラのせいで全身痛いのまだ根に持ってるからね!?」
「まあまあ、あっ、214号室着いたわよ。」
ミラは聞き入れる気すらないご様子である。
「それに一応ここは女性立ち入り禁止なんだよ、まあ守られているような決まりではないんだけど…」
一応この男性独身寮は女性立ち入り禁止である、恋人を連れ込んでいるような人もいるのであまり厳密な法ではないのだろうが。
「別に見つからなければいいじゃない、ほら鍵!」
「あのねぇ…」
「廊下で騒ぐなうっせえぞ!!!」
ラザァとミラが拉致のあかない会話をしているとどこかの扉の向こうから怒鳴り声がすると同時にどかどかと歩く音が聞こえてきた。
「まずいっ!」
パイリア衛兵の筋骨隆々な男に怒られるなんて御免だ。ラザァは目にも留まらぬ速さで鍵を取り出してドアを開けるとミラを押し込みつつ部屋の中に飛び込み、すぐにドアに鍵をかけた。
その直後、廊下から勢いよくドアが開く音と、誰かが廊下に飛び出してくる音が聞こえた。
「「間一髪」」
ミラとラザァが見事にシンクロする。
「危なかったわね、1ヶ月やそこらで近所の人に目をつけられるはめにならずに済んだわ。」
「元はと言えばミラのせいじゃないか…」
当のミラはというと家主のラザァを差し置いてどかどかと部屋の中に入っている。部屋は昨晩のささやかなパーティーの痕跡で汚いのだがミラはそんなこと気にもせずに座り込んだ。
「まあまあ別にいいじゃない。」
「そんなこと言っても…」
「こういう平和な時くらい、もう1人は嫌なのよ。」
ミラは振り返りもせずにさらりと言ったがラザァは息を飲まずにはいられなかった。
「…そっか。それもそうだよね。」
こんな時自分の無力さが憎い。
自分の世界とパイリアで力を尽くすことを天秤にかけてこの場所を選んだラザァと、家族と呼べる存在を全て失い、自分の出生の事も知らずに生きているミラ。どう考えても今のラザァでは適切な言葉をかけることなんてできやしない。
「…ええっ、もし晩御飯を何にするか決めていないなら今から市場に出て何か見ない?星空でも見ながらご飯も悪くないと思うけど、ヘレナとかエリーも誘ってさ!」
振り返ったミラは完璧ではなくても、今の彼女が出来るであろう精一杯の笑顔だった。
「結局昨日と同じで2人だけね…」
「エリーはもう家で食べちゃったらしいし、ヘレナとウェルキンはまだ仕事があるんだって、仕方ないか…」
もっともウェルキンあたりは緊張でろくに食事できなくなりそうではあるが。
「そういえばエリーと電話してた時になんか大声出してたけどどうしたの?」
「なんでもないわよ!」
エリーが未だにラザァとミラの仲を勘繰って「2人きりで楽しんでね♪」と言ってたのが原因である。
「へいおまちっ!デサククの揚げ物とベノドレクの煮物に砂漠サラダ!」
ラザァとミラの狭く小さいテーブルにどかりと大きな皿が3つ置かれる。どっからどう見ても熊の獣人がその丸太のような腕で運んできた。
「メニューの名前だと何がなんだか分からなかったけれど美味しそうだね。」
こういうこの土地独特の料理しかない場合はミラやガレンに好みを伝えてから頼んでもらっている。ちなみにだがラザァの伝えたリクエスト通りのものが出てくる確率はヘレナ8割、ミラ7割、ガレン4割といったところか。
「ふふふ、砂漠サラダはちゃんと棘に注意してね。」
「棘入ってるの!?」
確かによく見ると食べられそうな野菜の陰にサボテンのような物が見え隠れしている。
「「いただきます!」」
ブドウジュースのような物が入った木のコップで乾杯をすると星空の下で2人は晩御飯だ。
まだまだ夜でも暑い時期で市場は賑わいを見せている。
平和な日常、その終わりがすぐ間近に迫っていた。




