森の異変
「お疲れ様、ダルクは凝り性だから…」
「ええ…」
ダルク ローレンスによる長い講義を終えてパイリア城の中をふらふら歩いていたら待ち構えていたエリダに声をかけられた。
ローレンスに講義された内容はと言えば主にこの世界について知っておくべきこと。この都市パイリアについての事だ。
通貨について。亜人と人間について。魔獣と龍について。そして龍にも関わることだが神話や神、宗教について。農業、漁業について。パイリアの歴史についてなどなどだ。
オードルトやミラから聞いていた内容もあるがとても濃密な講義で既にラザァはクタクタだった。
「これがあと何回か続くんですよね….」
「あはは、でも本来なら何年かかけて学校で勉強することをまとめてくれるんだから我慢我慢。他に実技がどうこう言ってたのは何か聞いてる?」
ローレンスによる講義は座学もあるがラザァの最低限の戦闘技術などの実技もあると聞いた。いつ始めるとか具体的な内容は何1つ聞いていないのだが。
「いえまだ、近いうちとしか。」
「まあダルクも忙しいだろうからね、この前みたいなことの時のためにも真剣に取り組んどいた方がいいと思うわ。」
エリダが腰に差してる小型の軍刀をポンポン叩きながら言う。ラザァの脳裏に一ヶ月ほど前の三日間が浮かんだ。シヴァニアというパズームの北にある国の元軍人イワン バザロフがパイリアを標的にテロ攻撃を画策した出来事だ。
「この前みたいなことってそんなに頻繁に起こる事なんですか?」
「うー、そんな頻繁ってわけでもないんだけどパズームも昔戦争とかしてたから恨んでる他国も多いのよね、事実小競り合いみたいのとか喧嘩はちょくちょく起きてるしね。」
確かパズームは北にあるシヴァニアとさらに北のプロアニア、東にあるユデンという国と昔戦争をしており、未だに仲は良くないと聞いた。
「ラザァはさらに異民でもあるわけだし、護身術程度は身につけておいて損はないと思うわ。」
エリダが気遣うように言う。全くもってその通りなのだ。いつまでもミラやパイリア衛兵のみんなに頼るわけにもいかない。それにパイリアに残ると決心したのは他でもないラザァだ。オードルトの期待に応えるためにも自分の身は自分で守れるようにしておくべきだろう。
最近はのんびりしていたラザァの久々の決意の瞬間だった。
「あれっ?」
エリダと別れ、相変わらず広くわかりにくい城の中を2、3回迷いながらラザァはようやく玄関ホールについた。そこにはラザァのすっかり見慣れた人影があった。
綺麗な長い銀髪を今日は真っ直ぐ下ろし、亜麻色のシャツに膝あたりまでのキュロットパンツにサンダルという年頃の女の子にしてはかなり地味な服装のどこか幻想的な雰囲気を纏う少女。
ラザァの命の恩人にしてその身に古龍の血を宿す少女ミラが玄関ホールの柱に寄りかかり、地面をカツカツと蹴り飛ばしていた。
「えーと、ミラ?」
あからさまに不機嫌なオーラをまき散らしているミラにラザァは恐る恐る声をかける。ここでミラを放ったらかしにしていた事を思い出し、内心で頭をかかえた。
ミラがゆっくりと顔を上げる。前髪のせいでよく表情が見えない。
ラザァは色々と覚悟を決めた。
ラザァ達が一歩前進していた頃、パイリアから西に数日のところにある巨大な森レレイクを調査していたガレン レスフォードとその部下数名は異様な光景を目の当たりにして立ち尽くしていた。
「これは…」
ガレンは目の前の光景に絶句し、周りに立ち込める腐敗臭に顔をしかめる。
「腐敗が酷く詳しい種まではわかりませんが…見たところランク5は軽く超える大型の獣龍かと…それがどうしてこんなことに…」
ガレンの目の前にいた部下が鼻をつまみながらガレンに向かって言う。
彼らの目の前には既にかなり腐敗が進行した肉塊があった、それもかなり巨大な、20メートルはありそうな肉塊だ。
蛆が湧いており、どのような生き物だったのか正確にはわからないが、その巨体と前進を覆う分厚い鱗、そして牙や爪を見る限り獣龍種なのは間違いない。
獣龍は草食の大人しい種類から飛龍などに喧嘩を売るような獰猛な種類までたくさんいるが、見たところかなり攻撃的な肉食の種類だ。
その巨大な獣龍がレレイクの入り口、入ってすぐのところで死んでいたのだ。全身に細かい切り傷がびっしりとついているところを見ると寿命や病死ではない、殺されたのだ。
では誰に?
こんな巨大な獣龍を殺せるような生き物はレレイクにはいなかったとガレンは記憶している。パイリア周辺にはそこまで危険な生き物はたまに現れる飛龍種くらいしかいない、それも殺し方の手口が違い過ぎるから却下だ。
「どえやったらこんな傷がつくんだ?小型な魔獣の群れか?いやでも…」
獣龍の体表に痕跡のある傷はあまりにも数が多い。周りを見渡すとところどころ地面が掘り返されたような跡があるのでそこから魔獣か何が待ち伏せをして飛び出して集団で獣龍を殺した線もありえる。
だがどの考えもガレンを完全に納得などさせてはくれなかった。
「レスフォード隊長…」
「わかってる。確かレレイクには国家に対して中立を宣言している小さな村があるよな?どこの国にも属していない。そこが危ないかもしれん、警告を出しに行くぞ。パイリアに報告するのはその後だ。」
「はっ!」
ガレンは部下達に指示を飛ばすと自分も移動の準備を始めた。何か、何か嫌な胸騒ぎがした。




