知らない感情
面白くない
綺麗なストレートの銀髪と透き通るような蒼い眼を持つどこか幻想的な雰囲気の少女ミラの内面に浮かんだ言葉である。
面白くない
ミラはつい先ほどの出来事を思い返しまたしても頭の中で面白くないだとか、つまらないだとか呟く。
ミラが秘密を打ち明けており、数少ない心を開いているラザァとヘレナと楽しく昼食時間を過ごしていた時の事だ。パイリアの実質トップであるユヤ オードルトが入ってきてそのまま話があるからとラザァを連れて行ってしまったのだ。
ミラもついて行こうとしたのだがオードルトに止められ、トドメにはラザァまでもがミラをなだめるような口調で引き止めたのだ。
すっかり不機嫌になったミラはそのまま掃除を放り出してパイリア市街地に繰り出し、いつもエリーが勉強に使っている喫茶店に入り込むとエリーの目の前の椅子に座り、今に至るというわけだ。
ミラ自身もどうしてこんなにイライラしているのかイマイチわからなかった。
最近1番一緒にいる話し相手を取られたから?
一応の上司について来る事を拒否されたから?
オードルトがミラの嫌いな権力者だから?
なんでこんなにイライラするの?
生憎とミラの今までの交友関係と対人経験値では答えは出そうになかった。
「えーと、ミラ?」
ミラが頭から湯気を出して考え込んでいると、目の前のエリーが恐る恐るミラに問いかけてきた。
「えっ!?ああ、何!?」
ようやく現実世界に戻ってくると目の前のエリーが心配そうに覗き込んできていた。
「何って…そりゃあいきなりそんなイライラした顔で目の前に現れられたら気にもなるわよ。何かあった?というか今日はラザァ達と大掃除だって言ってなかった??」
「私ってそんなに顔に出てた?」
「そりゃあ猫も逃げ出すくらいには」
辺りを見渡すと他の客がミラの方をチラチラと見ていた。ミラが顔を向けるとすぐに顔を背けたが。
「で、何があったのさ?」
エリーが何故か少しワクワクしているように聞いてくる。
どう答えればよいのだろう。こんな気持ちになったことなどないので言い方に迷う。
"""ラザァをオードルトに取られたからイラついて掃除をサボってきた。"""
頭の中で言葉にしてみると想像以上に恥ずかしいというか情けない答えだった。
ダメだ!何故かはわからないがこう言えば絶対に恥ずかしい思いをするに違いない!
「さてはラザァを誰かに取られてヤキモチ妬いてるわね?」
ミラが内心で凄まじい葛藤をしているとエリーがニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。ミラは自分の顔が赤くなるのを実感する。
ヤキモチ
ミラも昔エリーに勧められて読んだ恋愛小説の中で見たことがある程度の言葉だ。詳しい意味は忘れてしまったがとりあえず自分には縁がなさそうな恥ずかしい意味だった気がする。
「ヤキモチってどういう意味よ…」
「べつにーそのまんまの意味だけどなー」
ミラが努めて冷静に聞き返すとエリーは依然としてニヤニヤして返事をする。
「だって最近のミラってばラザァの話ばかりしているじゃない、それも嬉しそうな顔して。3日くらい前なんか今の髪型の名前はポニーテールって言うって教えてもらった話だけで1時間くらいしてたもの。そりゃあヤキモチかなって思いもするわよ。」
エリーが心の底から嬉しそうに身を乗り出して、このこのーとミラを小突いてくる。
確かそれはミラがラザァの目の前で暑いからと髪の毛を後ろで束ねたら「ミラってよくポニーテールにしているよね。」と何気なく言われた時の話だ。
「だってあの時はラザァが…」
「はいはい惚気ないのー!全くミラってばー」
イマイチ会話が成立していない気がするがとりあえずからかわれていることはミラにもわかった。エリーはエリーで既に勉強のべの字も頭から吹き飛んでいる様子で目を凝らせば背景にお花畑でも見えそうな雰囲気である。
「そうかーあのミラにもついに春が来たかーこれはパーティーしないとダメね!あっ!でも既に昨日2人きりでパーティーしたのよね、私は邪魔者かなー」
「ちょっとエリー!何言ってるのよ!」
「はいはい照れない照れない。」
ミラは文字通り言葉の意味を聞いたのだがエリーは照れ隠しだと勘違いしたらしく全く聞く耳を持っていない。
ミラは勝手に盛り上がっているエリーの目の前で盛大にため息をついた。
ラザァと出会ってからの一ヶ月ほどで随分と感情豊かになった気はしていたのだがまだまだ世の中にはミラの知らない感情があるらしかった。
"""今度ラザァにパイリアの事を教える代わりに人間の普通持ち合わせている感情について教えてもらおうかな"""
ミラはぼんやりと考えてここでもラザァの事を考えている事に気がついてエリーの言葉を思い出してまたしても顔を赤らめたのだった。
よく晴れた日の午後、パイリアは今日も平和だった。




