龍と少年と箒と塵取り
「それにしても埃すごいね。今にも何か出てきそうだよ。」
ミラの背後でゴソゴソやっていたラザァがうんざりしているのかワクワクしているのかわからない口調で言う。イマイチこの少年は嗜好がわからないところがある。
「これ職場って言えるようにするまでかなり時間かかるわよ。体良く取り壊す予定の物件でも押し付けられたんじゃない?」
「いやあ、でも綺麗にしたら中々良さそうじゃない?広いし庭もあるし。」
現在ラザァ達、正確に言うとラザァ、ミラ、そしてお手伝いさんヘレナ ユスティア、若き護衛官ウェルキン ホービス、城からやってきた獣人の衛兵アズノフ ネイク、女衛兵エリダ ギスレット、そして2人の部下の筋骨隆々な兵士が数人はパイリア城から多少離れた場所にある古びた屋敷を掃除している最中なのだ。何を隠そうラザァがユヤ オードルトから与えられた職場である。
「広いのは認めるけど肝心の内装がこれだと…」
屋敷は確かに広く庭もあるのだが内装は正直言ってそこらへんの魔獣の巣と大差ない荒れ具合である。朝からずっと掃除しているがまだまだ人間の生活するような環境ではなかった。
「ラザァももう少し働いてよ、さっきから珍しい家具とか見つけて騒いでるだけじゃない。」
「誰かさんのせいで身体中痛いからね。」
嫌味に嫌味を返された。ミラがラザァの部屋のベットを占領していたせいでラザァは床で一晩過ごすはめになり朝から身体中痛いと愚痴をこぼしていたのだ。
「ううっ、それを言われると…」
「おい!お前ら!俺たちは1度飯食いに街に行くからな、その間になんかあったらエリダ達に言えよ。」
ドアの向こうからひょいとバッファローの頭部が姿を見せ、威厳のあるバリトンで怒鳴る。パイリア衛兵のアズノフだ。
「ああ、もうそんな時間か!うん、アズノフのおかげで助かってるから遠慮なくくつろいできて!」
お人好しキャラ全開のラザァはニコニコしながら手なんか振っていた。それを見たアズノフもミラを一瞥したあと部屋を出て行った。
この会話の本当の意味をラザァは知っているのだろうか。
異世界から来た人間、異民の事をよく思っていない人間はたくさんいる。それに異民を守る法律などないし擁護する人間も少数派だ。
アズノフ達も掃除の手伝いであんなに部下を連れてくるはずがない。彼らなりにラザァの身の危険を案じているのだろう。
ミラもラザァが外出する時は必ず理由をつけて付いて回っていた。パイリアでミラに敵う戦闘能力の持ち主などパイリア軍の部隊長を務めるレベルの人間だけだろう。自分で言うのもアレだが用心棒としては最強クラスだ。
ミラがラザァに救われたから贔屓目で見ている事を除いてもラザァはこれからのパイリアに必要な人間だろう。あのユヤ オードルトは思いつきで城に異民を登用などしない。それに事実ラザァは命をかけてパイリアをシヴァニアのテロリスト、イワン バザロフのテロ攻撃から守った。パイリアの政治的壇上に立つだけの資格もあるはずだ。
個人としても、最近雇用されたという社会的な立場としてもミラはラザァを守ると心に決めたのだ。
ミラは隣で珍しい異世界の家具に興奮している少年を見つめていた。
「ヘレナってやっぱり料理上手いわよ。」
ミラ達は「そろそろお昼にしませんか?」とお弁当を持ってきていたヘレナに誘われて比較的綺麗な部屋の片隅でちょっとしたピクニック気分だった。
ヘレナの弁当にはおにぎりと何の肉かわからないのが若干怖いが干し肉のようなものの炙ったものとこれまた謎な植物の炒め物のようなものがあった。
この世界の独特の食べ物に慣れるにはまだまだかかりそうだがヘレナの料理の腕は確かだった。
「いえそんな…」
ミラに褒められたヘレナが顔を赤くして俯く。
「そういえばミラって料理とかするの?ここにいる3人とも一人暮らしだけどさ。」
ラザァは気になっていたことをついでに聞いてみる。ミラはどこか生活感の無い雰囲気を出しているためこの手の疑問が絶えないのだ。それに加えてかなり特殊な生い立ちと経歴ときている。
「今までも自分の家事とかは自分でしてたし一人暮らしになっても大して変わらないわね、一応できるわよ、クオリティは保証しかねるけれど。」
ミラはヘレナの弁当をつつきながらなんて事の無い様子で返事をする。
「そういうラザァはどうなの?」
ようやく食べる物を決めてフォークで荒っぽく刺すとこちらを見ながら聞いてきた。
「うーん、ミラと似たような理由で一通りできるかな?あんまり上手く無いけどね。」
ラザァの返事にミラはふーんと言いながら次の獲物を弁当箱から探していた。自分から聞いておきながらあんまりな態度である。
「相変わらず仲がよろしいですね。そういえば今日はエリーと、えーと…レスフォードさんはいらっしゃらないんですか?」
ラザァとミラの長い付き合いの幼馴染のようなやり取りをニコニコしながら眺めていたヘレナが口を開く。どうやらヘレナの脳内ではラザァとミラにはエリーかガレンが付属品かなにかのようにインプットされているらしい。
「エリーは試験勉強が忙しいって言ってたわ。あの男は知らないわ、ラザァ、何か聞いてる?」
ミラが投げやりに質問を投げかける。依然としてミラとガレンは仲が良いとは言い難い。ガレンはミラに対してあまりいい印象を持っていなかったのに加えミラの正体を完全に知ってすらいないかもしれない。ミラはミラで衛兵自体を嫌いな節がありはなから人を寄せ付けないような態度をしている。
ラザァの周りの人間関係はこの2人をなんとかしない限り永遠に整う事は無さそうである。
「ガレンは調査だからパイリアにいないって言ってたよ。西の方にある森を調査だって。なんて名前だったかな、ええっと、レレ、レレク…」
「レレイクですか?」
「そうそれ!そこの調査で泊まり込みだって愚痴言ってたよ。」
ラザァが数日前にパイリア城の中をウロウロしていたらガレンに捕まり喫茶店で延々と愚痴を聞かされるはめになったのだ。
「レレイクねえ…」
ミラが反応したように顔を上げる。
「何か知ってるの?」
「一応古龍としてわかる事なんだけどね、最近レレイクの生態系に異常が起きてるのよ。大型の龍クラスの生き物が突如現れたみたいな、周りの生態系にも影響が出ているわ。」
ミラが不安そうに話し出す。
「ラザァと森で出会った日あるじゃない?あの日もレレイクから逃げてきた小型の魔獣がたくさんいたのよね。今の時期はあまり見かけないラプトドラまでいたし。」
ミラの言葉でこの世界に来た初日の出来事を思い出す。龍とそれを狙うハンターの一団に遭遇し、逃げようとしてミラに出会ったのだ。一ヶ月ほど前の事なのにもう何年も前の出来事のような気がする。
「確かに一昨日話した行商人の方もレレイク付近で魔獣の群れの移動を見たと言ってました。なんでもレレイクから怯えて逃げているような雰囲気だったとか。」
ヘレナも思い出したように話し出す。
2人の話を要約するとこうだ。パイリア西の森レレイクに何らかの強大な生物が突如出現し生態系に影響を与え、今まで住んでいた生き物が逃げ出している。それをガレンが調査に行ったというわけだ。
「でもそんなことってこっちの世界だとしょっちゅうあるんじゃないの?わざわざ軍隊差し向けて調査とかするものなの?」
ラザァなんてこちらにきて3日で3匹の別の龍に遭遇しているのだ、ちなみにそのうち1匹は今ラザァの目の前でおにぎりを頬張っている。
「うーん、確かによくあることなんだけどさ。今回はなんか変なのよね。」
おにぎりを飲み込んだミラが行儀悪く指を舐めながら話し出す。こういう仕草を見ていると確かに人間以外の血が入っているらしい。
「変?」
「ええ、よくある場合だとやっぱ龍なのよ。それなりの移動能力を持ってて生態系に影響を与えるレベルの生き物なんて龍以外にはあまりいないから。でももし龍なら同族である私が接近に気がつかないはずがないのよ。今のところパイリア付近に突如強大な龍が現れた気配は無いわ。」
「それじゃあ龍以外の生き物が原因ってことかな?」
「それも考えられないことじゃないんだけど…突然始まったレレイクの異常を考えると例の生き物は飛んできたと考えるのが自然なんだけれども、今のところどこにもそんな巨大生物の目撃情報は出てないし…それにそんな生き物に心当たりないのよね。大きな森1つの生態系に影響を及ぼせるほど強大で龍以外の生き物なんて。」
「確かにレレイクには小さな村がありますものね、大きな生き物が現れたら誰か気がつくでしょうし、目撃談がないのは不自然ですね。」
龍クラスの危険度の生き物が空を飛んでいたらそれは目立つだろうしパイリア付近は行商人などの人通りも多い。もし飛んでレレイクに来たなら目撃情報がないのは不自然だろう。
「突然現れたってことなら飛んできた他に地面から出てきたってことはないですか?」
うなり続けているミラとラザァにヘレナが恐る恐る口を挟む。
「あー、確かに私も地面に潜ってる龍の気配を感じたことはないからその線もなくはないかもね。地底を掘り進む龍はよく知らないから今度城の図書館で調べてみようかしら、ラザァ!明日でも城行きましょうよ!」
そう言うとミラがラザァの方へ目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「明日までに掃除が終わったらね。」
「えー、終わるわけないじゃない!休憩だと思ってさ!行きましょうよ!」
「ミラは休憩してばっかじゃないか!」
突如ギャーギャー言い合いを始めた2人をヘレナがクスクス笑いながら眺めていた。その時ドアがノックされるが早いか金髪の好青年といった風貌の衛兵がひどく慌てたように入ってきた。そのすぐ後ろにはパイリアの女兵士 エリダ ギスレットもいる。
「フフフフッ、フラナガン様!おおおおお客様がいらしてますっ!」
ガチガチに緊張したウェルキン ホービス護衛官はそう言うとドアの向こうから入りやすいように脇に退ける。
「「お客さん??」」
言い合いを一時中断しウェルキンを見つめたラザァとミラの目に白髪に白い立派な髭の眼鏡をかけた老人が姿を現した。
「ラザァ、少しいいかの?」
パイリア議会最高議長ユヤ オードルトが微笑みながら手招きをしていた。




