真夜中の少女
特に悪夢を見たとかではないが少女ミラは夜中に目を覚ました。まだ午前3時くらいだろうか、あたりは真っ暗で月明かりしか光源はない。もっともミラの青い目は月のない夜でも何不自由ないのだが。
昔、といっても一ヶ月ほど前まで、つまりアルバード ヒルブスの家で暮らしていた頃は夜中に突然不安になり目が醒めるなど日常茶飯事だった。ここ最近はぐっすり寝れる事の方が多かったのだが。
ミラは起きると自分の部屋ではないことに気がつく、寝ているベッドのシーツが明らかに違う。
すぐ隣、正確には斜め下向きの横から静かな寝息を聞いてミラは現状を理解する。
ベッドより下の床では歳はミラと大して変わらなそうな少年が丸くなって静かに寝息を立てていた。寝息だけ聞くと女の子で通じそうなもの静かな雰囲気の男の子だ。
少年のすぐ近くのテーブルには近くの商店で買った安いお菓子の袋やらコップやらが散らばっている。
ミラとラザァは昨日ここパイリア独身寮のラザァの部屋でささやかなパーティーをしていた。ミラは初めは適当な時間にでも女性用独身寮の自分の部屋に戻るつもりだったのだがあまりにも居心地がよく、楽しかったためそのままラザァのベッドを占領して眠りこけていたのだ。それで家主のラザァが泣く泣く床で寝ているのだろう。
ちなみにだがパーティーはついにラザァのサインなどの手続きが全て終了し、週末にでも職場となる建物を自由に使えるようになると決まったことに対するパーティーだ。エリーは学校の試験が忙しいため来れず、あの衛兵ガレン レスフォードは調査とかでパイリアを離れていたため2人きりのささやかなパーティーになった。
ミラのような年頃の女の子が同年代の少年の部屋に行き、そのまま眠りこけるなんて世間的にはかなり危ない事なのかもしれない。
ミラはベッドの縁に腰掛けると足元で丸くなっているラザァを見下ろす。
まあ腕っ節ならただの異民であるラザァより古龍と人間のハーフであるミラの方が数段強いのでいざとなっても問題ない。
それにラザァは優しい。頼まれてもミラが嫌がる事などしないと断言できる。ミラはラザァと出会ってのこの一ヶ月足らずの間に学んでいた。以前のミラならそんな無償の優しさなど信じなかっただろうがこの一ヶ月ほどで変わったのだろう。
そもそもラザァがミラの事をそんな目で見ていないような感がある。ミラ自身人間関係にはかなり疎いのでわからないがラザァはそういう異性に対して積極的なタイプではない気がするのだ。よくエリーが同年代の男の子は彼女欲しいとか言ってがっついてる奴ばかりだと嘆いていたがラザァは例外なのだろうか。ミラには生憎と同年代の男の子の知り合いがラザァしかいないためわからない。一応衛兵のウェルキン ホービスとは顔見知りだが互いによそよそしいため知り合いと言えるか微妙だ。
それにしても
ミラは窓の外の月を見上げながらしみじみとする。
''''''私がこんな事で考え込むなんてね''''''
心の中で呟く。
ヒルブスの家で暮らしていた頃は考えられもしなかった現在の生活。人間関係で悩むというのも新鮮で自分がどこか大人になった気がしてくる。
ラザァは、目の前の無防備に眠っている少年はミラにとって今の居場所そのものだ。
ラザァはミラの真の姿、赤い目を持つ銀色の古龍の姿とその戦闘力を見てもなお手を差し伸べてきた。
ミラの持ってる全て、生い立ち、固く閉ざした心、そして龍としての姿。
それを全て見た上でラザァは受け入れてくれた。必要としてくれた。無意識のうちなのだろうが居場所をくれた。
そんな底抜けにお人好しなのか単に馬鹿なのかわからない少年がミラを変えたのだ。
ミラはずっと大切な存在を作る事を恐れていた。大切な存在など本人を弱くすると思っていたからだ。そして失う辛さを知っていたからだ。
それでも
それでもミラは今の変化が嫌いではなかった、自分の世界が広がっていくような、かかっていた霧が晴れるようなそんな感覚。
そしてそんな気持ちにしてくれた1人の異民。
これが最近ミラの心の中を占領している全てだ。
昔はなんとなく不安だったこういう夜中の時間も今は何も怖くはない。
こんな時間が、ミラを受け入れてくれる居場所があって平和な時間がいつまでもいつまでも続けばいいのに。
ミラは月にお祈りをしながら再びベッドの上に寝転び、瞼を閉じた。
明日はラザァと新しい職場、ラザァが責任者の異民関係の大使館みたいなところの大掃除をするらしい。
よくわからないなりにワクワクしつつ意識を手放していった。
いよいよ第二幕の始まりです。
今後もよろしくお願いします!




