2人のパイリア探索 その3
ラザァ達は市場から少し離れた地区へ来ていた。人通りはぐっと少なくなり、快適に歩くことが出来た。
なぜここに来たかというと古道具屋の爺さんに顔でも出そうとラザァが言い出したからだ。ミラは店には入らないという条件付きで同行している。どれほどあの変人が嫌なのか。
「前に来た時はバザロフの手先に尾行されてたんだよね、ミラのおかげであの時は助かったよ。」
あれはミラと出会った当日の夕方のことだったか。一週間ほど前のことなのに随分と昔な気がする。ちなみにだがこの世界でも一週間は7日という事で通っていた。もっとも時間の流れが異なると言われてもいるのでラザァの世界と完全に同じように時間が流れている保証はないが。
「そんなこともあったわね。随分と昔な気がするわ。」
ミラも同じ事を考えていたらしい。
「ねえ、ミラ、あれって…」
ラザァは目の前の小物屋さんの店先に見覚えのある人影を見つけるとミラに確認を取る。彼女も知っている人間だからだ。
「やあ、ヘレナ。」
ミラの返事を待たずにその店先の人影に話しかける。
ヘレナ ユスティア
つい先日逮捕されたエリーの父親のお手伝いさんからラザァのお手伝いさんになった少女だ。ラザァが医務室に泊まってる間に随分とお世話になった。
「あっ!ラザァさんにミラさん!こんにちは。」
ヘレナは軽くウェーブのかかった髪を揺らしながらこちらを向くとペコリとお辞儀をする。
初めはラザァをフラナガンさんと呼んでいたのだがラザァが名前の呼び捨てでもいいと言うと間をとってラザァさんという呼び方に落ち着いた。ラザァのお見舞いに来ていたミラと鉢合わせした際はいい噂を聞かないミラにも臆さずに接しており名字がないなら仕方ないと言いながらミラさんと呼んでいた。ミラは終始無言だったためどう感じているのかわからなかった。
「ちょっと変な人に会いにね、ヘレナは買い物?」
「変な人…??、私はこれからに備えて小物を揃えておこうかと。前の職場はウィズさんの家の私物をお借りしていましたし。」
ヘレナはそう言うと手にしていた買い物袋を掲げる。中には雑巾やちりとり、タワシなどが入っていた。どうやらこれからの職場のための買い物らしい。というかラザァの職場ではないか。
ラザァの職場。まだ名前すら決まっていない新設の機関だ。ラザァのような異民に関すること全般を担当するというところまではわかるのだが具体的なことは何も決まっていない。今その場所をオードルトが見繕っている最中でそろそろ決まるらしい。
「僕も手伝おうか?」
「ダメです!私の仕事がなくなっちゃいます!」
申し出を秒ではねのけられた。後ろでミラが笑いをこらえている。
「それじゃあ仕方ないか、ヘレナもこれからよろしくね。まだまだ至らない点も多いと思うし迷惑かけるかもしれない。」
実際のところラザァはこの世界についてもパイリアについても知らない事が多過ぎる。ガレンが今度専属の先生をつけてやると豪語していたが頼りっきりというわけにもいくまい。ラザァ自身努力が必要なのだ。
「いえ、そんな。こちらこそ身寄りのない私を雇っていただいてありがとうございました。」
ヘレナが慌ててお辞儀をする。
「身寄りの無いって…」
ヘレナの聞き捨てのならない言葉に少し迷ったが聞き返す。
「はい、私は実は孤児なんですよ。物心ついた時から孤児院で育ったので親の名前も顔も知りません。ウィズさんのご厚意で居候する代わりに働かせてもらっていたという訳です。」
ヘレナからさらっと大事を聞かされる。ラザァの周りには家族がいない人が集まる法則でもあるのか。ミラがピクリと動き、ヘレナを見る目が変わる。
「そうだったんですか、お二人も…」
気がつくと3人は道の脇のベンチに座ってそれぞれの生い立ちについて話していた。意外なのはミラが自分の事について恐る恐るだが話した事だった。ヘレナも時々頷きながら聞いていた。
「奇遇よね。というかラザァのこういう話ちゃんとするの初めてよね。ちらほらとは入院中にしたけれど。」
「入院言わないで。確かにそうだね。随分と長い間一緒にいる気がするから話してたと勘違いしてたよ。」
ラザァも指摘されて頭をかく。何度も勘違いしそうになるがミラとはまだ出会って一週間から10日ほどなのだ。しかも初めは思いっきり拒絶されたにも関わらず今のような関係を築けてるのには我ながら驚く。こう言うと不謹慎なのかもしれないがバザロフのおかげなのかもしれない。
「そうでしたね、なんだかお二人の息がぴったりなので私も騙されそうになりました。」
ヘレナはそう言うと上品に笑った。
「ぴったりって、初めて会った時なんか僕殺されそうになったんだけどね。」
「それは忘れてって言ってるでしょ!」
ミラの中ではあれは黒歴史らしい。ヘレナはあーだこーだ言い合ってる2人をニコニコしながら眺めていた。
「それでは私は帰りますね。お二人は変な人に会いに行かれるんでしたよね?お気をつけて。」
すっかり話し込んでしまったので辺りは夕焼けに包まれている。ヘレナの指摘がなければすっかり忘れるところだった。
「別に私は会いに行くつもりじゃないけどね。それじゃあまたね、ヘレナ!」
それなりに距離を縮めたミラが手を振る。ヘレナも女性用の独身寮に住むと知ってお互いの部屋番号を確認していた。
ヘレナに家族がいないという共通点を見つけたのもあるだろうがミラも確実に一歩を踏み出している。ラザァは嬉しそうに手を振り合っている2人の女の子を眺めながらそんな事をぼんやりと考えていた。
「すっかり暗くなっちゃったね、早く顔出したら戻ろうか。」
「別に私は会わないんだけど…」
ヘレナと別れた後ラザァとミラは古道具屋へ向かって歩いていた。
「まあまあ、あのお爺さんも僕らのせいで危険な目にあったんだから、挨拶くらいはしておかないと。」
事実古道具屋の店主の変人爺さんはバザロフの部下の襲撃を受けている。変な発明品で撃退したらしいがラザァ達が立ち寄らなければ巻き込まれる事もなかった。ラザァとしても負い目を感じていたのだ。
「確かにそう言われると…仕方ないわね、顔見せるだけよ。」
ミラも土台優しい性格なのでラザァの言葉にあっさり説得された。
そうこうしている内に2人はどこか不気味な店の前にたどり着いた。ラザァのパイリア滞在資金を捻出した思い出の場所だ。
「ごめんくださーい。いますかー?」
鍵もかかっていなかったのでとりあえず上がりこむ。店内は静かだが前回のような事も想定し警戒態勢バッチリで潜入する。
「ねえラザァ、なんか変な匂いしない?」
後ろから鼻をつまんだミラの声がする、確かにそう言われると変な匂いがするような…
「って爺さん!?」
なんと例の変人爺さんが奥で倒れていた。手には茶色の瓶を持っている。
「もしかしてこの匂い睡眠薬?」
ミラの声を背後にラザァは爺さんに駆け寄ると脈があるか確認した。ばっちりあって安心した。
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
ラザァは頬をペシペシ叩きながら呼びかける。老人は案外早く目を開いた。
「おお、お主か…元気か?」
「それはこっちの台詞ですよ!何があったんですか!?」
「ちょっと暇つぶしに薬を混ぜていたらどうやら睡眠効果のあるガスができたらしくての、この有様じゃ。だが凄い効果じゃから何かに使え…」
そう言うと再び瞼を閉じようとする爺さん。
暇つぶしで催眠ガス作られちゃあ近所の人はたまったものじゃない。
「あー、寝ないで寝ないで!!」
ラザァは再びペシペシ叩き始めた。後ろからミラのため息が聞こえた。
「なるほどな、これからはずっとパイリアにおるのじゃな。」
パイリアにとどまることになった事を話して聞かせると思っていたよりも普通の反応が返ってきた。もっと気違い染みた質問でもされるかと思っていたのだが。
「お主の路は険しいと思うがの。迷ったらいつでも相談せえ、わしでよければ話くらいは聞こう。」
この言葉だけでこの老人が普通に見えてくるから不思議だ。
「ええ、そうさせてもらいます。」
ラザァも真面目に返す。思わぬところにもラザァの味方はいたのだ。それだけでも今日の外出には価値があった。
「ところでわしからぬしにこないだ話を聞かせてくれたお礼の品を送ったのじゃが受け取ったかの?今日届くらしいと言われたのじゃが。」
「いえ、受け取ってませんが…」
「なら急ぐが良い!はよ戻らんか!新鮮なうちに食べんとだめじゃぞ!寿命が短いんじゃから!!」
突如雰囲気が普段通りに戻った爺さんが見た目に似合わない力でラザァを回れ右させて店から出そうとする。
「寿命ってもしかして生き物ですか!?何送ったんですか!?ちょっと!?」
「いいからはよ行けい!逃げ出しとるかも知れん!」
そう言って爺さんはラザァとミラを店から追い出すとドアを閉め。なんと鍵までかけた。
「なんというか、いつも通りだったね…」
「そうね。」
「結局あまり観光できなかったわね。」
帰り道ミラが呟いた。確かにラザァが今までに既に行ったことのある場所にしか行っていないので観光感ゼロだ。
「確かに観光ではなかったけど楽しかったよ。ありがとう。」
「礼を言われるような事は何1つしてない気がするけれど…ありがたく受け取っておくわ。どういたしまして。」
隣ではミラが穏やかに微笑んでいた。願わくばこういう平和な日常が続きますように。
ラザァはこれから自分のするべきことを考えながらささやかな願いを夜空に向けて思い浮かべた。
この少し後、ラザァは部屋の前に置かれた時々動いている木箱に相対することになるのだった。
第1.5幕「2人のパイリア探索」 Fin
第1.5幕最終話です。
日常とか言ってテキトーに始めたせいで終わってみたら補完みたいな話になりました。
第二幕の準備中ですのでしばらくお待ちください。




