ミラ
ラザァは垣根にぶつかったにはぶつかったが予想よりもはるかに垣根が薄く、というよりも何かを覆うように無理やり小枝を重ねていただけのようで崖から転がり落ちて勢いのついた体は容易に小枝の壁を突き破りそのまま地面に背中から叩きつけられた。
「〜〜っ」
なんかこの短時間に色々な事がありすぎて背中から地面にダイブくらいだと何も感じないかなとか思ってたけど違った、痛いものは痛い。
不幸中の幸いというか下は地面が剥き出しとか砂利が敷き詰められているとかではなく少し長めの芝生くらいの長さの草に覆われていたので怪我を負わずに済んだ。
木の下で感じていた頭がぼんやりする感じはとっくに吹き飛んでいたのでしっかりと考えられる。
改めて周りを見渡すと木の枝を組んでその上に草木を被せてテントのようになっていた。
ラザァはその丁度真上から飛び込んで天井部分を突き破って突入したらしい。
子供が秘密基地を作るような空間なのだろうと思ったが、龍でないにしてもよくわからない生き物の巣でこのまま餌になるって可能性もありそうなので早いところ出た方が良さそうだ。
ラザァは立ち上がるため脱かかっていた靴を履き直そうとして首筋に冷たい感触を感じて固まった。
「動かないで、あんた何者?」
背後から冷たい声が聞こえた、聞く限り若い女の声、それもラザァとそれほど歳が離れていないような気がする。
「この通りだよ、何もしない。」
ラザァは両手を挙げたまま刺激しないようにゆっくりと振り返った。
そこにナイフを構えて立っていた姿が思いの外幻想めいていたのでこんな状況なのに思わず見惚れてしまった。
それは恐らくラザァと同い年か少し年下くらいの少女だった。しかし長く真っ直ぐな髪の毛は目を見張るように透き通って綺麗な銀色だった。片目は前髪に隠れて見えないが見えてる方の目は深い蒼色、肌は病弱に見えなくもないほどの白くシミひとつ無かった。身につけている服が髪の毛の銀色に近い色なのと相まって神々しい雰囲気を放っていた。
ラザァが勝手に見惚れていると少女はナイフを構えたまま睨みつけてラザァに特に敵意が無さそうだと悟ると幾分声色を柔らかくしてきた、ナイフは構えたままだが。
「人の個人的なスペースに断りもなく入ってきて図々しいわね、まあいいわ、さっさと出て行って、そして2度と目の前に現れないで!」
少女はナイフをこれ見よがしにラザァの目の前に突きつけて言い放った。
正直な感想を言うと目の前の少女に敵意を感じないと言うかナイフを振り回したり出て行けとか言ってるわりにこちらを傷つける気がないような気がするのだ、ナイフの持ち方もどことなくぎこちない。
出て行くにしてもその前に少しくらいはこの世界の情報を引き出させてもらうことにした。
「ああわかった、わかったからとりあえずそのナイフを下げてくれ。」
ラザァは手を挙げたまま後ずさりしつつお願いしてみる。
少女は少しナイフを下げて強張った表情をほぐしたように見えたが直ぐに考え直したようにナイフを向け睨みつけてきた。
「いいからさっさと、、、さっさと出て行って!私に関わらないで!!」
急にヒステリックになった原因が全くもってわからないのだが相手が刃物を持っている以上従う方が賢そうだ、ラザァは少女の方を向いたまま後ろの出入り口になっているであろう穴から外へ出た。
さっきのバイソン男とかよりは話をしやすそうな気がしたんだけどなー、女の子の考えてる事はさっぱりわからん、とか独り言を呟きながらラザァは大人しく退散しようとして鞄を忘れてきた事に気がついた。
中身は結局確認しないままここまで来たので何が入ってるのかわからないしあまり期待出来ないがこの状況では唯一と言っていい生命線だ、あの少女にまた会うのは怖いが忘れ物と言えば返してはくれるだろう。
ラザァは回れ右して先ほどの少女の秘密基地(勝手に命名した。)に引き返そうとした。
その時、横の茂みが揺れたと思うと小さな影がラザァに飛びかかってきてラザァは押し倒される形になった。
取っ組み合いになってよく見ると犬のようだが異様に長い牙や爪を見る限りもっと危険な存在らしい、ハイエナとかそのへんか。
傍目から見たら少年と大きな飼い犬がじゃれてるように見えるだろうが、この怪物は明確にラザァの喉を噛み切ろうとしているあたり命のやり取りをしているわけでそんなご機嫌な光景ではない。
力ではラザァも怪物も大して差がないのかもしれないが怪物には牙と爪があるのに対してラザァは丸腰だ、ナイフは鞄と一緒に秘密基地に落としたままのはずだ。いくら殴りつけても怪物はビクともしない。
持久戦になって仲間でも呼ばれたらおしまいだ、恐ろしい考えが頭に浮かんだところであたりに澄んだ音が響き渡った、笛の音色だろうか。
その音を聴くと怪物は途端に怯えたようにラザァから離れてそのまま茂みの中に逃げ帰っていった。
何が起こったのかよくわからないラザァに1人の人影が駆け寄ってきた。
「ねえ君大丈夫!?怪我はない??」
その人影は1人の少女だった、先程の銀髪の少女と同い年くらいに見える。ショートカットの金髪にシンプルだがおしゃれにシャツとタイトなズボンを着こなしているいかにも今時の女の子といった装いだ。
「ありがとう、さっきの笛は君が?」
少女の手に小さなオカリナが握られてるのを見てラザァが聞いた。
「うん、おじいちゃんに貰ったの、魔獣除けになるって。」
少女は少し誇らしげにオカリナを見せてラザァに手を貸して立たせた。
「それよりも本当に怪我はない?」
「うん、おかげさまでなんとか。」
「よかった〜最近龍がうろついていたりして森の生き物も気が立ってて物騒だからね、次からはこんな格好で森の中に入ったらダメだよ!」
初めて親切にしてくれる人に出会えた嬉しさと、平然と魔獣とか龍とか言っててそれが遠い世界の人なんだと実感させて少し寂しくもなった。
「それにしてもあなたどこの生まれ?見たことない服装だけど。」
少女もラザァへの違和感を感じたらしく首をかしげ聞いてきた。
正直に話していいものかと迷ったが話さなければ何も進まない気がしたので一から説明しようと口を開きかけた、その時背後から軽く頭から忘れてた声がした。
「これ、どういうことよ?、、、ってエリー!?どうしてここに!?」
後ろを見るとラザァの鞄を持ってる銀髪青眼の少女が立っていた。
「あ、ミラ!やっぱりここにいたのね!というかこの人と知り合い?」
エリーと呼ばれた金髪ショートカットの少女がミラと呼ばれた銀髪青眼の少女に軽く手を振りながら問いかけた。
なんだか面倒なことになりそうな予感がラザァには確かにした。
3話目です、いよいよヒロインのミラ登場のお話です。
何気に主人公が会話するのは今回が初な気がします。
主人公とヒロイン、そしてヒロインの親友が登場して少しずつお話を動かせるようになってきました。
拙い文章ですが今後もよろしくお願いします。