接触
「何?そいつがか??」
場所はヒルブス邸正面入り口。会話の相手は門番のような男だ。警察のような服を着ているところから警備員のようなようなものなのだろう。
「ええ。こちらとしても不本意なんですが、もううちには引き受けるだけの余裕がないのですよ。ヒルブスさんの話は伺っておりますのでどうか、、、」
隣のガレンが必死にぺこぺこと頭を下げながら頼み込んでいる。そんな声も出せるのかと感心しっぱなしだ。
「うーん、これくらいの歳は初めてだなあ、今確認するから少し待て。」
警備員はラザァをしげしげと眺めると電話を取り出しどこかにかける。屋敷内部に確認しているのだろう。その電話の向こうにヒルブスかバザロフがいるかもしれないと考えるとなかなか怖いものがある。
その時ラザァが両手にかかえている大きな布袋がもぞもぞと動いた。中のミラが姿勢を変えたのだろうか。
「ダメじゃないか、これからはついに屋敷の中に入るんだから動いたらダメだよ。」
ラザァはミラだけに聞こえるように顔を近づけて囁く。
「だってこの体勢つらいんだもの!」
中からミラの不機嫌そうな声が聞こえる。確かにこの状況は同情ものだ。
ラザァは小さく「ごめん、でもお願いだからこれからは動かないでね。」というと顔を離し、警備員の方に向き直る。
警備員も丁度話を終えたのか電話を切り、こちらに向き直っていた。
「あー、今なんか忙しいらしいから1度中に入って待っててくれだと。」
そう言うと警備員は門を開け、ラザァ達一行をヒルブス邸の庭へと招き入れた。
この庭には一応入ったことがあるのだがあの時は暴漢に追われていたので正直庭の風景など気にとめる余裕がなかったがなるほど金持ちだけあり中々整備の行き届いた綺麗な庭だ。
実はあれからまだ半日も経っていないのだが、その間にミラが暴漢を全員倒すところに遭遇したり、誘拐されたエリーを廃棄された軍の車庫から助け出したりと色々ありすぎてもう何日も前の出来事のような気がする。
ちなみにだがガレンは身寄りのない子供を引き取る慈善団体の職員で、もう引き取れないのでヒルブスの噂を聞いて押し付けに来た、、、という設定である。
「まあ、真っ直ぐだから道に迷わねえと思うがな、庭の変なとこ入ったら迷子になるかもしれねえし、歩道は外れるなよー」
後ろから警備員の親切な忠告。ラザァ自身ごく普通の家庭の生まれのため、こんな庭は初めてだがさも当然のように庭で迷子になるとか言われるのは中々感動ものだ。
自然の中の動物や植物を見るのが割と好きなラザァとしてはこの庭は中々興味をそそるものがあるが今は爆弾とヨランダの奪還が第一だ。溢れ出す好奇心をぐっと抑え、ラザァはまっすぐ進んだ。
目の前の屋敷の入り口の前にメイドのような服装の女性が立っているのが見えた。
「身寄りの無い子供とはあなたの事ですか?子供という歳なのかは置いておいて。」
メイドはラザァとその横に保護者よろしく立っているガレンをしげしげと眺めると迷惑に思っていることを全く隠す気なく言い放った。
まあ、17歳のラザァの見てくれで言われたらラザァでも嫌な顔をする自信がある。とにかく今はどんなに図々しかろうがヒルブスの屋敷に潜入するのが先決なのだ。体裁など知ったことではない。
「はい、こちらとしても押し付けるような形になるのは不本意なのですが、しかれど、、、」
ラザァ自身も詳しくはないが、ガレンって実は敬語とかの知識が相当あやふやなのではないか?ラザァは色々と間違ってる気がするガレンの話し方に脳内でツッコミを入れまくっていた。
「そうですか、今当主様は多忙ですので、1度中に入って待ってていただけるでしょうか?できるだけ早くするようこちらとしても努力しますので。」
メイドはどうやらガレンとまともに会話するのは諦めたらしく、さっさと会話を切り上げたいという感じでドアを開け、ラザァ達に中に入るように促した。
ラザァはミラの入った袋を抱えながらゆっくりとヒルブスの屋敷の中に入った。
そこは玄関と呼ぶにはあまりにも広い、広過ぎる空間だった。
玄関だけでさっきまでいた軍の車庫くらいある。上からはシャンデリアのような、だがラザァのいた世界のシャンデリアとは確実に違う(明らかにラザァが知っている生き物のものではない骨で作られている。)ものがぶら下がっていてあたりを照らしていた。
壁際には中世風の鎧や、巨大な鹿のような、だが明らかに大きすぎる生き物の剥製がある。ラザァの抱く典型的な金持ちの豪邸の内装だった。
「どうなさいました?」
見るとまだドアをくぐっていないガレンにメイドが声をかけていたところだった。
ガレンはまさか自分も通されるとは思っていなかったのか驚いたように慌てて屋敷の中へ入ってきた。
「それではこちらへ」
メイドに案内されるままラザァ達は屋敷を奥へ、奥へと進んでいった。
これは探索にも手間取りそうだな、ミラがいて良かったと内心で安心していた時、メイドが歩いているところのすぐ横のドアが開き、巨大な人影が出てきた。
「失敬!お客様かな?」
短く刈り込んだ黒髪に傷が目立ついかつい顔付きの大男だった。
男はラザァ達を見ると威厳を感じさせるような低音でメイドに聞く。
「ええ、今年に入ってからは初めてなのですが、、、身寄りのない子供だとか、、、」
メイドは意図的に子供にアクセントを置いて言う。
男はメイドのそんな嫌味風なセリフ自体には特に反応しないでラザァ達を改めて見る。男の目がラザァの腕の中の袋に行った時、心拍数が跳ね上がったのがわかった。
もし途中でミラがばれてしまった場合、その時はミラが袋から飛び出し直ちに戦闘開始というのが事前に決めた作戦だ。
ほとんどやけくそのようで作戦と言っていいのか微妙なラインではある。
そうなると隠密に探索するというのが出来なくなるのだが、それ以上にミラがまたしても多数の犠牲者を出すことになるのがラザァの不満と言えば不満な点だ。
今は感覚が麻痺してしまっている感があるが、ミラが人をいとも簡単に殺す場面は出来ればもう見たくない。
それに
もしすべてが終わり、ミラもラザァも無事だった時。日常に戻った時。その時ラザァはミラに普通に接することができるのだろうか?
敵とはいえ、命を狙われたとはいえ、人を殺したミラを。怒ると目の色が赤く変わるどこか怪物めいたミラを。なにかをラザァ達に隠しているらしいミラを。
今まで通り、普通に見ることができるのだろうか?
ラザァはせっかく出会えた命の恩人ともいうべき、右も左も分からないこの世界で出会えたミラとエリーを失うのが怖いのだ。
ラザァの腕の中のミラはそんなラザァの頭の中を知ってか、知らないでかピクリとも動かない。その方が好都合だから良いのだが。
「なるほど、それでは今の時間ならあちらの応接間にお通しした方がいいでしょう。」
そう言うと男は廊下の別れ道の一方を指差し、メイドに微笑みかけた。笑うことで傷跡がぐにゃりと曲がり、どこか不気味な雰囲気を出していた。
「それでは仰せの通りに。」
メイドは男の指示に従うと、ラザァ達を言われた方向へと連れて行く。
「それではこちらでお待ち下さい。後ほど茶菓子等持ってきますので。」
ラザァ達が通された部屋はこの屋敷にしては小さい方なのであろう部屋で中央にはテーブルと向かい合うように椅子が置いてある。家具などはあまりなく、壁際の机の上に花瓶や壺が置いてある程度だ。窓も1つしかない。
本当に応接間としてしか使っていないのだろう。部屋の1つをそのまま応接間以外の用途で使用しないとはどれだけ部屋が余っているのかと金持ちの底知れない余裕を半ば感心、半ば呆れていた。
そんな金持ちの余裕にあてられてあっけにとられているラザァとガレンを見てメイドは「それではごゆっくり。」と言うと部屋を出て行った。
ガチャリ
ドアの閉まる音と、遠ざかる足音を確認しラザァは袋をゆっくりと床に降ろした。




