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Schneiden Welt  作者: たる
第一幕
26/109

ユヤ オードルト


ラザァ達がヒルブス邸へ向けて出発した頃、パドラ区中央のとある建物の中は騒然としていた。


せわしなく足音と怒鳴り声が響き、あちこちで電話をかけているのもわかる。


それもそのはずだ。外部から運び込まれた凶悪な戦略兵器の大型焼夷爆弾が輸送途中に何者かに襲われ、奪われたのだ。輸送していた兵士は皆殺しにされ、それだけでも衝撃が大きい。


そしてつい先ほど、パイリア城の西門前に輸送していた兵士の生首と共に手紙が置かれていた。手紙の内容によると今回のテロの首謀者はパイリアを憎むシヴァニアのテロリスト集団で、要求はユヤ オードルトの自殺とパイリアからの全パズーム国民の全面撤退。当然飲むことなど出来る内容ではない。


要求を飲まなければ間違いなくテロリスト達は爆弾をパイリアへ使ってくる。そしてこちらからテロリスト達へ連絡を取る事が出来ない以上テロ攻撃を防ぐためには爆弾を使われる前に奪いかえすしかないのだ。


それで今全パイリア軍と警察は浮き足立っているのだ。


その中で1人異彩を放っている人物がいる。一眼では何歳なのかわからない白髪の老人だ。


綺麗な長い白髪に丸淵の眼鏡、そしてゆったりとしたパズーム伝統の服装。皺だらけの顔には人懐っこそうな目をつけている。そして何より目を引くのはそのこめかみだ。


明らかに人間のそれではない大きな垂れた耳。大型の牛、ヤクなどに見られるような側頭部を覆うような耳だ。


そう、彼ユヤ オードルトは珍しい獣人と人間の両方の形質を受け継いだハーフなのだ。今年で100歳くらいと言われるパイリア議会最高議長だ。


王のような存在がなく、議会が都市の最高決定機関であるパイリアにおいてオードルトの存在感は絶大だった。それにオードルト自身もその人柄と卓越した外交能力、判断力、話術でパイリア市民から多大な指示を得ている。


そのオードルトは1人でじっくりと考え込んでいた。


今日の昼過ぎから始まったシヴァニアのテロリストによる爆弾強奪と犯行予告。それにはオードルトには見逃すことのできない違和感があったからだ。


まず第一に、なぜテロリスト達は爆弾の輸送ルートと時間や警備の概要を知っていたのか。


今回の爆弾の輸送についてはパイリア軍もかなり前から計画を立て、綿密な警備体制を整えていた。輸送車は装甲を一目にはわからないように厚く改造した一般車両に乗せ、私服の警備兵が載っていた。前後にはこれまた私服の警備兵が改造した一般車両に乗って警備していた。


輸送ルートや輸送時間についてはもちろん部外者には一切漏らしていないはずだ。輸送車が渋滞等に巻き込まれ進行が遅れないように事前に警察に交通誘導を怪しまれない程度にさせていた。万全の警備体制と思われた。


だがテロリスト達は的確に襲撃ポイントを選んでいた。付近の建物の都合上最も警備が薄くなり、人目につかない地点で待ち構えていたのだ。まるで事前に何もかも知っていたかのように。


2つ目の違和感はシヴァニアテロリスト達の装備だ。


襲撃地点に残されていた武器や弾薬を調べたら詳しく見るまでもなく最上級と言っても良い品質のものだった。パイリア軍の装備でも一般兵士なら持てないような、幹部クラスの装備のものだった。


シヴァニアは昔自分からしかけた戦争に敗れ、多額の賠償金により実質破産した国だ。今はシヴァニア内部は貧困により無秩序な無法地帯と化していると聞く。


そんなシヴァニアからのテロリストが割と裕福なパズーム国の大都市パイリア軍トップレベルの装備を揃えている事自体おかしいのだ。


1つ目の違和感は恐らく内部の内通者、つまりパイリアに裏切り者がいた。そして2つ目の違和感はシヴァニアテロリスト達の背後に何らかの巨大な力が働いていることを指しているのだろう。


だがその程度の予想なら誰でも出来る。問題はさらにその先だ。


裏切り者が誰で、シヴァニアのテロリストに援助をしている奴が誰かということだ。


オードルトを先ほどから悩ませているのはその2つの疑問だった。いや、2つが同一人物によるものだというら可能性もある。


「オードルト最高議長、少しよろしいですか?」


オードルトが顔を上げるとそこには少し白髪が混じり始めているが歳の割に綺麗な金髪を丁寧に撫でつけた中年男性が立っていた。


レオン ウィズ


長年パイリア軍に勤め、現在パイリア城の警備主任で今は臨時で爆弾輸送の警備責任者も兼任している。


パイリア軍の中ではかなりの穏健派として知られ、警備系統を一任されているのもその性格が影響しているのかもしれない。数年前に起きた東方の原住民によるパイリア要人襲撃事件のときにその敏腕をふるい、死亡者を0人に抑え、勲章を貰っている。


もちろんオードルト自身もパイリア最高議長として、1人の友人として多大な信頼を寄せている人物である。


「なんじゃレオン?その口ぶりは?」


さっきの言い方だと周りで全力を尽くしテロ攻撃を阻止しようと働いている部下達ではなく、テロ専門でもなんでもないオードルトだけに話そうとしているようだ。


「かないませんね、確証があるわけではないのであまり大きな声では言えないのですよ。」


レオンは苦笑するとオードルトの耳元に顔を近づけてきた。


「以前からマークしていたパイリアへ恨みを持っているシヴァニア人の中である程度の軍事的な行動を取ることが出来る人物をリストアップしてみました、それで、、、」


そう言うと机の上に複数の名前が書かれた紙と顔写真を広げる。どれも古い物で顔がはっきりとは見えないものも多い。


「この中でほんの数日前にパイリア市内で似た人物が目撃されています。それがこいつです。」


レオンは写真の中から一枚取り出す。それは以前公の書類がなんかで使われていたと思われる顔を真正面から撮ったものだ。


そこには短い黒髪で傷跡の目立つ中年軍人の典型的な顔があった。


「イワン バザロフ、元シヴァニア軍の大佐で敗戦後は反パズームの過激派として暗躍していました。それが現在パイリアに潜入している可能性があります。今回のテロに関係していると見ていいかと。」


レオンはそこまで言い終わりオードルトの顔色を伺う。確かに確たる証拠がなく、作戦会議等公の場で発言するには弱い情報だろう。


だがオードルトはこのレオンの言い分自体にも違和感を感じていた。


なぜそんなに都合よくバザロフの目撃談が入っているのか?犯行声明で犯人がシヴァニア人だとわかってからまだ1時間やそこらだ。そこから聞き込みをするなり、過去の警察等に寄せられた情報を探すにしても早過ぎる。


まさか


オードルトの頭の中にふと嫌な考えが浮かんだ。できるなら考えたくないような可能性だ。だがそう考えると辻褄が合う。でもなぜ?


「確かに証拠としては弱いが、、、手がかりがない以上この線で進めるしかあるまい。」


そう言うとオードルトは立ち上がり、その老体からは信じられないような声量で慌ただしい室内から動くものをいなくした。


「皆の者!よく聞け!確かな証拠はない!だがそれにすがりつくしかないのも事実じゃ!とある目撃談から今回のテロの黒幕はイワン バザロフ!シヴァニアに元軍人じゃ!その線から奴らの行動を読み、対策を講じようぞ!」


オードルトはバザロフの顔写真を見せながら鼓舞するように語りかける。手がかりが全く無い状況から黒幕と思われる人物の顔までわかったのだ、室内はやる気に満ちる。


「すみません、私の見当違いかもしれないのに、、、」


再び座ったオードルトにレオンが頭を下げる。


「そんなことを言ってる場合じゃなかろう、さあ、もう一踏ん張りじゃ。」


そしてテーブルの上のバザロフの情報の書かれた書類を眺める。自分の机に戻っていくレオンを見届けるとオードルトは斜め前にいた女性に来るように黙って手招きした。


「なんでしょう?」


寄ってきた女性はまだ若く20代半ばか後半にさしかかるくらいだと思われる。肩までの金髪に、日焼けした肌。女性としては背が高くスタイルがかなり良い。キリッとした目つきと合わさり可愛いとかよりはかっこいいという褒め言葉が似合いそうだ。


「うむエリダ、個人的な頼みなんじゃが他言無用でお願いできるかの?」


「それは頼みの内容にもよりますね、、、」


エリダと呼ばれな女性はオードルトにも臆さずに言う。


「相変わらず厳しいのう、だから男が出来ないんじゃ、ってすまぬ冗談じゃ!冗談!」


エリダの目つきがさらに厳しくなったのを見て慌てて前言撤回する。気を取り直したようにごほんと咳払いをして


「レオンなんじゃが、1人娘がおったよの?」


「えっ!?まあ、確かエリシャちゃんみたいな名前で、、、結構な溺愛ぶりでしたよ。それがどうしたんですか?」


エリダがきょとんとする。


「その子の最近、昨日から今日にかけて何をしていたかを調べてくれぬかの?もちろん内密にじゃ。わしの杞憂だといいのじゃが、、、」


オードルトの勘が、当たって欲しく無いが当たっていた場合。さっきのバザロフの目撃談についても合理的に説明がつくのだ。


「わかりました、すぐに調べてみます。」


エリダもオードルトの真剣な様子からいつもの冗談とかではないと悟ったらしくすぐに自分の机に戻っていった。


もしこの仮説が正しい場合、第一の違和感、パイリア内部の裏切り者の件は一応解決するだろう。


あとは2つ目の違和感、イワン バザロフの背後にいて金銭的、そしてパイリア潜入を支援している存在だ。そいつの正体がわからない限りバザロフを止めてもパイリアから危機が完全に去ったとは言えないだろう。


オードルトは再び思考の海に沈んでいった。

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