嵐の前の静けさ
「ねえ、本当にやるの?」
無駄とはわかっているのだがラザァは今一度ガレンに尋ねた。ついさっき決まった作戦の概要についてだ。
「文句言うな、今のところこれが1番成功率が高そうなんだよ。俺だってもっと時間があれば他の手段を考えたんだがいかんせん今回は急を要するんだ、我慢しろ。」
ガレンは拳銃に弾が詰まっているか確認しつつ答える。
「それにこの作戦ならお前とあの女の2人は確実かつ安全に潜入出来るんだ、上手くいけば俺もな。もし俺が弾かれてもその時は強行手段に出る。そうすれば注意は俺に向き、お前らはより安全に探索できるだろう。どっちにしても悪くはないと思うが?」
ガレンの言い分はもっともだ。ヒルブスの家の内部を知っているのも1番戦闘能力が高いのもミラだ。そのミラを安全に潜入させられるこの作戦ははっきりいって即席にしてはかなり優秀だと思われる。
だがそれはそれ、これはこれだ。ラザァは戦闘なんて今までほとんどしたことはないし、何よりテロリストのアジトに忍び込んだ事なんてあるはずがない。というか今後もあって欲しくない。
「でも僕は殺し合いなんてしたことないし、、、潜入なんてできるかどうか、、、」
「あの女がいるだろ、あいつ相当強いからあいつの陰に隠れて足を引っ張らないようにしておけば大丈夫だろ。」
「でもミラでも敵わないような敵が出たら?」
「あいつで敵わないようなやつならどうあがいても俺らでは勝てない、運がなかったと諦めるんだな。」
「それ確実に僕死んでるよね!?」
ちなみに噂のミラはアズノフがエリーを町病院に連れて行くのをお見送りとして1度車庫の外に出ている。
アズノフはエリーを町病院に連れて行った後、信頼出来る少数の仲間と共にヒルブス邸を監視して、ガレン達が出てこない場合のとき、強制的にでも突入すると言っていた。
なんやかんやでガレンの事が心配なのだろう。普段から言い合いしているが喧嘩するほどなんとやらというやつだ。
「ねえ、ガレン。」
「ん、なんだ?」
ラザァはこのガレン レスフォードという衛兵と2人きりという今までになかった状況に気が付き、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「どうしてガレンは昨日あったばかりの僕を助けてくれたの?結果的に命のやり取りまで発展した訳だし。」
なにやらついさっき銀髪青眼の身体能力が異様に高い美少女に言われたようなセリフを目の前の中年に言う。
「まあ、簡単に言ってしまえばベタな話だよ。俺にお前みたいな異民の恩人がいたからだ。特に他意はない。異民には等しく親切に当たるってのが俺ガレン レスフォードの信念だ。」
ガレンは何気無いように言っているが手の拳銃の手入れが止まっている。真剣に答えてくれている証なのだろう。
全くお人好しとはこういう人のことを言うのか。これまたついさっきミラに言われたような考えが頭に浮かぶ。
恩人のくだりとか同じ異民と呼ばれる立場の人間としては気にはなるが話せば長そうなのでやめておく。
「ふーん、それとむしろこっちが本当に聞きたいことなんだけど、、、」
「なんだ?アズノフの弱点なら俺も知らないぞ、むしろ俺が聞きたい。」
「そんなこと聞かないよ、、、」
「じゃあなんだ?」
ガレンがわざとなのか知らないが急に興味を失ったような口調になる、どれだけアズノフの弱点に興味深々だったのだろうか。バッファローっぽい見た目だし赤い布とかなのだろうか?
頭の中で何か凄まじい脱線劇を繰り広げていたことに気が付き、気をとりなおしてもう一度口を開く。
「ミラのことなんだけど、ミラに気をつけるように言ってたけどあれってあの強さのこと?それなら獣人の血が入ってるからって自分で言ってたよ。」
ガレンに初めて出会った時にラザァはミラを警戒するように言われている。そのことについてミラがいない今聞いておきたかったのだ。
「そのことか、獣人の血が入ってるからねえ、、、お前はここにきたばかりだから知らないだろうがその時点で少し異常な事なんだぞ?」
ガレンが拳銃を床に置き、こちらに向き合う。
「どういうこと?獣人なんてたくさんいるんだよね?それくらいはエリーに教えてもらったしなんとなく察してたけれど、、、」
ラザァは事実昨日と今日だけでも色々な獣人を見ている。それに慣れている自分が我ながら恐ろしいが人殺しやらテロやら非日常的な事が多過ぎて感覚が麻痺しているのだろう。
「あいつが帰ってくるまで手短に教えとくか、、、ラザァ!この世には人間とただの人間じゃない奴。具体的には獣人、悪魔、魚人、虫人などなどがいる。ここまで大丈夫か?」
ガレンが心なしか早口で講義を開始した。魚人に続く虫人なる想像するだけで背中とか痒くなる単語が気になるが時間もないことだしとりあえず「大丈夫」と答えておく。
「もし人間とそうでない奴が愛し合い、子を成したらどうなると思う?」
「子供?」
確かに聞かれてみるとどうなるのか気になる。半分獣で半分人間?伝説のケンタウロスや人魚みたいになるのだろうか?だがパイリアを歩いて色々な人種を見たがそのようなハーフのような人種は1人もいなかった。どれも完全な人間の姿もしくはアズノフのように思いっきり獣が二足歩行して服を着ている獣人だった。
「答えは異種同士の子供はどちらかの形質しか受け継がないんだ。人間と獣人の子供が人間なのか獣人なのかはフィフティーフィフティーって事なんだよ。ごく稀にどちらの形質も引き継いだハーフがいるがな。そういう奴らは過剰に祭り上げられるか、虐げられるかのどちらかだ。いずれにしてもそんな扱いに嫌気がさして表に出てこない事が多い。」
「ってことはミラの獣人の血が入ってるってのは、、、」
「ああ、極端に珍しいハーフか、もしくは、なんでか知らんが嘘をついてるってことだ。俺としては後者だと思ってる。それがお前に警告した理由だ。」
ガレンの目は真剣そのものだ。決して個人的な感情からではなく、理性的に判断して警告してきたのだろう。
ミラが嘘をついている?何を隠すため?
「一応嘘だって思う根拠を聞いてもいいかな?それに嘘だとしたら何を隠しているんだろう?」
「まあ、あの身体能力以外に獣人要素がない、見た目が完全に人間ってのが怪しいってが一つだな。それになによりあの、、、」
そこまで言ってガレンはハッとしたように口を閉じる。ラザァに静かにするように目で合図をすると車庫の入り口の方を向く。
しばらくしてミラが帰ってきた。エリーを見送り、顔が完全に戦闘モードになっている。顔の作りがいい分余計に怖い。
「早かったな、見送りはもういいのか?」
ガレンがさっきの会話を聞かれていないか不安な様子は微塵も感じさせない口調で話しかける。
「ええ、さあ、ヒルブス邸へ向かうわよ、すべて終わらせましょう。」
ミラがブスっとした口調で言う。正直なところかなり怖い。
というかなんでこんなに不機嫌なのだろうか?ラザァの疑問はミラの次の言葉で解消されることとなった。
「ほら!良さそうな袋持ってきたわよ!袋!」
忘れていた、このヒルブス邸潜入作戦のミラの潜入方法について。
ミラはラザァやガレンと違いバザロフに顔が割れているため普通では潜入できない。
そこで今回の作戦でのミラの立ち位置はこうだ。
外国からやってきた身寄りのない少年ラザァの全財産が詰まったリュック兼用ずだ袋の中身。
それが今回のミラの立場である。
不機嫌の理由を思い出したところでラザァとガレンは腰をあげる。
これからパイリアを脅かすテロ攻撃の首謀者の屋敷に潜入するのだ。
もう日は暮れていて月が見え始めている。ラザァがこの世界、そしてパイリアという都市に来て2度目の夜が来ていた。
恐らく人生で1番長い1日になるんだろうな。
ラザァはそんなことをぼんやりと考えながら腰に慣れないナイフと拳銃をさした。出来れば使う機会が来ないことを祈りながら。




