裏舞台
1人の男が暗がりで電話をかけている。
男は短く刈り込んだ黒髪に筋骨隆々な肉体、そして腰には拳銃。どう見ても平凡な一市民などではない。
「バザロフ大佐、そっちの方は大丈夫そうかな?」
急に背後の暗がりから声がした。
そこには綺麗な白髪を後ろで束ね、縁のないオシャレな眼鏡をかけた細身な老人が立っていた。
老人は細いが決して華奢というわけではなく、昔はスポーツなどで鍛えたことが伺えるスリムな身体付きだ。
上品な服装と佇まいからそれなりの家柄な事が容易に想像できた。
「ふう、年頃の娘を煽るというのはやったことがなかったので上手く出来たか不安ですね。それにその呼び名はもう昔の事ですよ、今はただの一傭兵です。ヒルブス卿。」
バザロフと呼ばれたいかつい大男がうやうやしく老人に言う。力関係では大きく老人が上に立っているのだ。
「そうだったか、どうも歳をとると昔の事は印象に残っているのに最近のことは覚えられなくてな。」
そう言うとパイリアの富豪アルバード ヒルブスは「かかかっ!」と不気味に笑った。その顔は朗らかなのにどこか恐怖を誘う恐ろしさがあった。
「先ほどダニ達から連絡がありました。爆弾の確保に成功した模様です。声明用の首も確保しています。もうそろそろこちらに到着するかと。」
バザロフは腕時計を見ながらヒルブスへ告げる。
「それならば問題無い、さて、大丈夫だとは思うが一応段取りを聞いておこうかの。」
ヒルブスはそう言うとそばのテーブルまで歩いて行き、バザロフに手招きする。そのテーブルにはパイリア市内の地図が広げてあった。
「まずこの家の地下室からパイリア全域に広がる地下水路に入ります。そして目指すはここ、パドラ区中央です。」
バザロフが地図のある地点に銃弾を置いた。
そこはパイリア城のすぐ側、パイリアの重要な省庁の建物が密集している地区だった。
「なぜそこなんじゃ?悪くは無いが他にも大打撃を与えられそうな場所はあるような、、、パイリア軍の燃料倉庫とかなら多大な二次被害を出せると思うのじゃが。」
ヒルブスが納得できないと言ったように首をかしげる。確かにバザロフの示した地点は中央区だが周りの建物は空き家があったり、省庁の中でもそこまで政治的な役割が大きいとは言えない建物が集まっている地区だ。もっと他にも狙う地点はあると思われる。
「いえ、まず第一に空き家の地下室に直接繋がっていて安全に爆弾を運び込めるというのもありますが最大の狙いは、、、」
バザロフは指を滑らせ、すぐ隣の建物を指差す。
「今日はそのすぐ隣の建物にユヤ オードルトがいます。」
そこまで言ってバザロフはニヤリとヒルブスに笑いかける。
ユヤ オードルトはパイリア議会最高議長だ。非常に珍しい獣人と人間のハーフでかつ両方の特徴を受け継いでいる聡明な老人である。
パイリア市民からの人望も厚く、外交術にも長けているパイリアの要とも言える要人なのだ。
「今日のことについてレオン ウィズ警備隊長と会議をしていることがビル リードの証言から掴んでいます。」
「パイリア軍の城の警備隊長とパイリア議会最高議長を同時に消すということか。なるほどな。面白い。」
ヒルブスもバザロフへニヤリと笑い返す。
「この至近距離で起爆すれば生存率はほぼゼロです。警備の軍一個小隊ごと焼き尽くしてやります。」
その時バザロフの携帯が鳴る。
それに出て手短に何か話すと、バザロフはテーブルの上の地図を丸めてヒルブスへ言う。
「ダニ達が帰りました。続きは爆弾でも鑑賞しながらにしましょう。」
ヒルブスが無言で頷く。
ヒルブス邸の車庫に一台のトラックが進入してきていた。荷台には大きな布が被せてある。
運転席と助手席から2人の大きな人影が降りてくる。そして2人とも重装備の獣人だった。
運転席から降りてきたのはバイソンの姿、助手席から降りてきたのは大トカゲの姿をしている。その2人とも腰には大型のナイフと拳銃、背中には軍用の小銃といった身なりである。
また、荷台から次々と武装した兵士が降りてくる。全員重装備で、中には返り血を浴びているものもいる。
「バザロフ大佐、ただ今戻りました。」
バイソンの男がバザロフに敬礼をする。その姿勢の時の無駄のなさから、彼が軍を経験していることは容易に想像できた。
「ダニ、ご苦労。それで声明で送りつけるのはどこだ?」
バザロフは降りてきた兵士を見渡し、バイソンの男に聞く。
「リブが連れてきます。」
ダニと呼ばれたバイソンの男が隣の大トカゲの男に目で合図をする。リブと呼ばれた大トカゲの男は荷台に身軽な動作で飛び乗ると布の下から何やらズルズルと引き出す。
それは人だった。血まみれでわかりにくくなってはいるが、パイリア軍の軍服を着た若い男だ。恐怖で顔を引きつらせ、ガタガタ震えている。
「こっ、こっ、殺さないでくれ!頼む!頼む、、、」
男はほとんど泣きながら目の前のバザロフに懇願する。バザロフは無言で見下ろすだけだった。
「頼む、そろそろ子供が生まれるんだ、だからな、な?頼む、殺さないで、、、ぐっ!」
男の懇願の途中でバザロフが男の頭を思い切り蹴飛ばし、吹き飛ばした。そのまま倒れこむ。
「恨むんなら自分の国の過去にしてきた事を恨むんだな。なあに、お前の死は無駄じゃない。我々の声明の土産にパイリア城の門に飾っておいてやるよ。」
バザロフは男の髪を引っ張りその顔に自分の顔を突きつけると低く、ドスの効いた声で語りかけた。
その声が合図なのか、周りの兵士が男を取り押さえ、うなじをあらわにした。
何をされるのか察したのだろう、男がもうほとんど絶叫のように訴えかける。
「やめろ!やめてくれ!頼む!殺さないで、、、」
男の懇願は最後まで聞き遂げられる事はなかった。
男が言い終わるより先に、巨大な斧で男の頭は胴体を離れていた。
床に落ちた男の頭を兵士が袋に詰め込む。その光景を見届けたバザロフはトラックに寄り、荷台に乗っている布を取り払った。
そこには金属製の樽のような物と。その横にくくりつけられた電線がたくさん伸びている時計のようなものだ。ある程度勘のいい人ならわかるであろう時限爆弾と同じ原理の起爆装置だ。
「素晴らしい。実物を見るのは初めてだがな、言われている威力は十分に発揮してくれるだろうな。」
バザロフがその黒光りする胴体を撫でながらうっとりと言う。
「見たところ設計段階から操作方法は変わっていないと思われます。すぐには使用できるかと。」
ダニがヒルブスとバザロフに向かって言う。
「輸送などは誰がやるとか決まっておるのか?」
ヒルブスがバザロフに不安げに問いかける。
「大丈夫です。万全を期すために手動で起爆できるように自らの命を捧げるという志願兵が2人います。彼らに最後の詰めはやらせるつもりです。攻撃地点までの輸送経路については私が自ら護衛を努める覚悟です。」
バザロフが自信満々といった様子で答える。その背後にべったりとダニとリブが付き添う。2人も同じつもりなのだろう。
「なら問題ないかの、実行はバザロフ達に任せるとして、わしはその後の逃走計画でも練るとしようかのう。」
そう言ってヒルブスは自分の部屋に戻ろうと歩き出す。
ヒルブスが見えなくなるとバザロフは再び爆弾を撫でる。
「やっとだ、やっとこの時が来た。俺の祖国の仇パイリアめ、、、」
その目には深い深い憎しみの色が浮かんでいた。決して褪せることのない憎しみの色が。
初めて敵サイド視点のお話です。




