奪還作戦
呆然としていたミラは背後に気配を感じ音もなく振り返り腰からナイフを引き抜いて向けた。
「声を上げてみなさい、すぐにその喉を掻っ切るわよ。」
「俺だ、昨日会っただろ、敵じゃない。それにあの男の子から話は聞いていないのか?」
そこにいたのは昨日門で出会い、ラザァに好意的だった金髪短髪で額が少し広く、顔に傷のある大柄な中年男性だった。名前はガレン レスフォードとか言ったか。
「あんたね、元はと言えばあんたが変な時に電話してくるからあいつが連れて行かれたんじゃない!」
無音モードとかあるのだがあいにくミラには使い方がよくわからなかった。
「なんのことだ?状況を教えろ、それにあの子は、、、」
レスフォードがミラの隣にしゃがみ込む。
ため息をつきながらミラは状況の説明を始めた。
車庫の中に連れてこられたラザァは背後から蹴り飛ばされてエリーの丁度足元にも転がった。
エリーがラザァの姿を見て驚きの表情をする。
「なにやらこっちを伺っていたので、なんで今も生きているのか色々聞きたいこともあるので連れてきました。」
背後で裏切り者の兵士リードが金髪の男に向かって言った。どうやらこの机に向かっている金髪の男がボスらしい。
見た目は30代前半くらい、見た目だけなら普通のエリートビジネスマンと言われても疑わない程裏稼業とは縁のなさそうな見た目だ。
「ご苦労様、見張りに戻っていいぞ。」
「はっ!」
金髪の男はラザァをその場に座らせると手で拳銃をクルクル回しながら冷たい目で見つめてきた。さっきの印象はやっぱり訂正だ、この目は何人か殺してる。
ラザァは不自然にならない程度に周りの様子を伺う。どうやら敵はラザァが1人だと思っていたらしくミラの存在には気がついていないらしい。
エリーとラザァの近くの机には椅子に座っている金髪のボス風の男と後ろで軍用の小銃を構えた男が1人。ラザァ達の後ろにリード。
そしてさっきは死角になっていてわからなかったが人間用出入り口のそばにもう1人。そして車用のシャッターの下りた出入りに1人いる。全員門の衛兵なんか目じゃないくらいの重装備だ。
「で、あんたはこの娘のお友達?異民って聞いていたけどなんでここにいるの?というか僕の部下が5人くらい会いに来なかった?」
ボス風の男がなんでもないような口調で、だがとても冷たい声で聞いてきた。
ラザァが答えないのを見ると興味を失ったようにため息をつく。
「まあいいや、こうして娘さんは手に入ったし、それに1番やばいのは家から出てないらしいし。」
1番やばいの?あの男の話だと襲われたのはラザァ、ミラ、レスフォード、古道具屋の爺さんのはずだ。
ということは消去法で爺さんのことか?
実は強いのか?現役の衛兵や、獣人の血が入っているらしいミラよりも。
やはりこの世界の人間は見た目によらないなとラザァは内心で感心していた。
「何かあった時に逃げるための人質になりそうだし殺さないでおこうかな。さあ、次は交渉のお時間だ。」
そう言うと電話を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「君の命は君のお父さんにかかっているんだよ。」
そう言うと男は電話を耳に当てながら少し離れた車の陰まで行った。聞かれたくない話をするらしい。
エリーの父親?何をしている人だったか、ラザァは懸命に記憶を辿る。
そしてぞっとした、脳裏でミラの言葉が蘇る。
エリーの父親は城の警備の兵士の指揮官だ。それに今日は軍事的な何か大きなイベントがあると聞いている。
ただ単に金銭目的の誘拐ならば警備の兵士の一人娘などという難しそうな相手を選ばないはずだ。普通のお金持ちのボンボンでも狙う方が確実だ。
そこまでしてエリーを誘拐した理由。そしてエリーの父親の立場とこのタイミング。
異世界の都市パイリアに来て2日目のなんの事情も知らないラザァでも嫌な想像を掻き立てるのに十分な条件だ。
何をエリーの父親に要求するつもりだ?
それに父親がどうでるかも気になる。娘と自分の立場を天秤にかけた時、どちらに傾くかなんてラザァには予想もできなかった。
ミラは上手くレスフォード達と協力してこの状況をなんとかしてくれるだろうか?
誘拐犯、というかもうテロリストと呼ぶべきな気がするが、こいつらはエリーを誘拐してその父親に何らかの要求をする以上エリーの父親が使いそうな解決策はあらかじめ対策しているだろう。
しかしさっきの金髪ボス風男の様子を見る限り、エリーの関係者への襲撃がラザァの他にはミラ、レスフォードに関しては失敗している事実を知らないらしい。爺さんは知らないが。
この事件を解決する今のところ1番の切り札はこれだ。テロリスト達の頭の中ではミラとレスフォードは消されているはず、まさかその2人が今にもこの車庫を見張っているなど夢にも思わないはずなのだ。
奇襲をかけるには絶好の条件だ、あとはミラ達の視界では2人の兵士の存在には気がつけない、なんとかそれをミラ達に知らせなければ、、、
どうやってミラ達に兵士の存在を知らせ、突入のきっかけを作るかラザァは頭を悩ませていると、隣のエリーがかすかに震えているのに気がついた。
無理もないだろう、知ってるかはわからないが護衛を殺され、父親の部下のような兵士に誘拐され、そして自分の命を交渉の材料にされているのだ。
父親とテロリストの交渉によっては今まさに殺されてもおかしくない状況なのだ。
「大丈夫、きっとパイリアの衛兵が助けにきてくれる。お父さんの部下なんだろ?」
その兵士に裏切り者がいたのでイマイチ説得力がない気がするが他にうまい言葉が思いつかなかったためこのセリフになった。
それに迂闊にミラ達の名前を出して奇襲に気付かれる訳にはいかない。
「おい!何勝手に喋ってんだよ!!」
背後からリードの怒鳴る声が聞こえた。
これはレスフォード達が生きていることを知っているのか確かめるチャンスかもしれない。
ラザァはリードを殺意を抱かせる程度までは刺激しないように話を振る。
「昨日から僕達を監視していたんだな?あの門の他の衛兵もグルだったのか?」
「ああ、グルじゃあねえよ、それにあの場にいた奴は今頃仏になってるよ。」
「そこまで、、、」
「俺らのボスは慎重なんだよ、少しでも関わりのあった奴の口は封じておくのは鉄則なのさ。」
リードのこの勝ち誇った態度で確信した、奴らは襲撃が失敗した事実を知らない。
手下の行動をしっかり把握できていない時点で慎重が聞いてあきれる。
「あんた衛兵なんだろ?何でこんなことに手を貸しているんだ?」
ラザァの演技ではない本心からの憤りにリードは鬱陶しそうに手を振る。
「より条件のいい雇い主が現れれば乗り換えるのが普通だろ?誠意を示さないと乗り換え先にも受け入れてもらえない。大人の常識だぜ。」
「こんなことをしてまで、、、元の主人に噛み付いてまで乗り換える価値のある奴なのかよ!そいつは!」
リードの言葉で怒りに我を忘れて言ったセリフだが結果的には何気なく黒幕の正体を探る感じになっていたあたり幸運だ。
「あーもう、うるせえな!てめえ自分の置かれている状況わかってんのか!?わかってんなら大人しくしていろ!」
もっとも教えてくれる事とは別問題なのだが。
これ以上リードからは何も引きだせなさそうだ。やはりあの金髪ボス風男が何かペラペラ話してくれるのを待つしかないのか。
ため息をついたラザァは急に目の前が眩しくなり、目を思わず閉じた。
眩しくなったと言っても大々的に明るくなったとかではない。ラザァの目だけを狙って光が差し込んできたような感じだ。
ラザァはリードに悟られないように注意して光の来た方向を見る。
そこはさっきラザァが見つかって割れた窓だ。
窓枠付近で何やらチカチカと輝いているものがある。
割れた鏡のようなものだ、それが夕日を反射して光っているのだ、それもラザァだけに反射光が当たるように。
ミラだ。
ラザァはミラ達が鏡で車庫の中を探っていること、その事をラザァに伝えてきたのだと瞬時に理解して、こちらから情報を伝える事はできないかと考え出した。
時間は少し遡る。
ミラはレスフォードに状況の説明を終え、車庫に聞き耳を立てていたところだ。レスフォードを無視してるようなものでチームワークもあったものじゃない。
「おい!」
「何よ、それにあんたが連れてくるって言ってた仲間は?」
ここまでレスフォードに対して敵意むき出しなのが彼にとって誤算だった。
「なあ、俺はお前の話もちらほら聞いている。だがな、だからといってそれをこの事件の解決の障害にするつもりは毛頭無いぞ。今は協力するべきだと思うんだが。」
この少女がパイリアで好奇の目で見られているのは割と有名だ。人間関係に疎い節のあるレスフォードでも知っている。それにあまり関わりを持ちたい相手ではない。
だが彼も子供ではないのだ、ラザァから電話を受けて状況を聞いた時にこの得体の知れない少女と協力することになっても普通に接して事件解決にあたると決意した。
だがレスフォードがいくら覚悟しようともミラの方が全くと言っていいほど協力する気がないのがどうしようもない。
彼女はまるで人と関わること全てを遠ざけているようにも見える。あの1人の少女以外と話しているところを見たこともない、いや、正確には昨日今日はあのラザァという異民の少年と話しているか。
「協力?きいて呆れるわ、あんた達衛兵はいつもそう。みんな協力しろとか、助け合えとか口ばかり!裁くべき悪を見逃し、助けるべき弱者を見捨てて口だけは正義の味方みたいな事言って!」
「なっ!」
何かが彼女の逆鱗に触れたのかミラは突如怒りを露わに、小声だが確実な敵意をむき出しにして突っかかってきた。
「私はそんなあんた達衛兵が大嫌いなのよ、関わりたくない、だから協力なんて馬鹿なこと言わないで、私は1人でもエリーを助け出す。」
ガレンが彼女について知っていることは噂の域を出ない。
パイリアの家を構える外国の金持ちに引き取られた孤児だと。そしてその金持ちは他にも孤児を受け入れていてはたから見ると慈善団体のようだがその実態は獣人やその他異形の生き物と人間の混血の子供ばかりを集めてフリークショーのようなことを影でやっているとか。中でもミラは1番危険な見世物に使われているなどの血生臭い噂も多い。もちろん噂だが。
街の治安を守る衛兵の身としてもそのフリークショーオーナーの疑いのある資産家 アルバード ヒルブスには目を付けていたのだが、子供達が何も被害を訴えていないことと、外国の貴族の出らしいヒルブスを簡単には調査することができないため尻尾を掴めないでいたのだ。
もしガレンの勘が当たっていればミラは被害者にあたるのだろうが、その周りへの異様な敵対行動と全身から漂う「人間でなさそうな感じ」のため関わることを避けてきたのだ。
「頼む、俺たちの事が嫌いなら構わない、いくらでもなじってくれ。だが今はお前の友達を無事に助けるのが最優先だろ?協力してくれ。」
ここは下手に出るべきだと判断した。
「、、、勝手にして。」
彼女なりの精一杯の譲歩なのだろう。
「信頼できる仲間がそろそろ来るはずだ、とりあえず中の様子を伺い突入に最適な出入り口を探る。」
「突入って、窓でもぶち破るつもり?開いてるのは今の所ここだけよ。」
そう言ってミラは先ほどラザァが見つかった際に破られた頭上の窓を指差す。
「ぶち破るのは何も窓だけじゃない、まあ見てろ。」
そう言うとガレンはポケットからあらかじめ用意しておいた鏡の欠片を取り出し、そろそろと窓枠へと近づけていった。




