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エリダとウェルキンが突入した建物は現在は使われていない企業のものらしく、あちこちに机やら椅子が散乱していた。既に電気は通ってないため朝なのに全体的に暗い。
2人は敵が潜んでいないか慎重に確認しながら建物の中を進んだ。目標は屋上の狙撃手の排除とそこを起点としての戦場の全体把握だ。
建物の外からは依然として断続的な爆発音と銃声が響いていた。
「外から見た時には一階と屋上以外には敵は見当たらなかったけれど油断しないでね。」
「はい。」
女性ではあるが兵士としては先輩のエリダの声に返事をする。エリダは2ヶ月前のレレイクでの事件の際にもラザァやミラと同行している実戦経験豊富な兵士なのだから。
「いないわね。」
一階もそろそろ端に到達しようとしていた時にエリダが小声で呟く。さっきまでウェルキンと銃撃戦を繰り広げていた敵の姿は無く、空の薬莢が散らばっているだけだった。
「上に逃げたのか外に逃げたのかわからないけれどまず第一に屋上の狙撃手の排除ね。行くわよ。」
「はいっ!」
そう言って2人は警戒しつつも足早に階段を登り始めた。
「どうだラザァ?バザロフの親戚にパイリア在住、または所縁のある人間はいたか?」
「ううん、さっきから血縁者や家系図を見てるけどそんな人はいないよ。」
ガレンが極秘裏に収集したイワン バザロフに関する資料の山に囲まれながらラザァは唸り続けていた。
今回の一連の事件に三ヶ月前の首謀者イワン バザロフが関係しているのかどうか、そして関係しているならばその協力者と見られる人物の特定のために始めた作業だが一向に成果は見られなかった。
「血縁者の線はダメか……三ヶ月前のアルバード ヒルブスは牢屋の中だし……手詰まりか……」
ガレンが大きくため息をつく。
「テロリストって住むところとか定まってない事も多いし思いの外人の繋がりを調べるのって難しいんだね。」
一応バザロフの経歴書も手に入っていたのだが全くのデタラメもいいところで何の参考にもならなかった。
「その点寮住まいのラザァはすぐに足がつくな。」
「こんなときに物騒な事言わないでよ……ん?バザロフって昔は軍人だったんだよね?」
三ヶ月前に元大佐だか元軍曹だと聞いた記憶がある。
「ああ、そうだがこの10年以上軍人としての活動がないから経歴なんて記録されていないぞ。」
ガレンがもうとっくの昔に調べたとばかりに答える。
「軍人時代に仲の良かった人がわかるかもしれないしさ、その資料ちょっと見せてよ。」
ガレンが無言で差し出したファイルを受け取ると机の上に広げる。
そこにはバザロフが訓練兵として士官してきた時からシヴァニアがパズームとの戦争に負けるまでの進級や鑑賞などの記録が事細かに記されていた。訓練兵時代の宿舎の同じ部屋の人間を見つけ、巻末にある周辺記録を見る。
「全員……死亡……」
バザロフが訓練兵だった時の同期は皆戦死と記録されていた。
同期だけで無く先輩や後輩まで調べるとなるとここにある資料だけでは不可能だろう。それに膨大な時間が必要になる。
「この線もダメかぁ……」
お手上げと言ったようにのびをする。過去の職場の同期の線もダメとするともう打つ手がない……
'''ん?'''
そう考えてさっき見た資料に違和感を感じた。
ラザァはすぐに先程の資料を再び開くと初めのページ、バザロフの軍人時代の経歴を見つけ、視線を素早く下におろし、違和感の正体に気づいた。
'''軍はバザロフの過去の職場なんかじゃない、今も職場は軍だ。'''
「ガレン!これ見て!バザロフは軍を辞めてなんかいない!書類上まだ軍人だ、シヴァニアの正規の大佐だよ!」
ラザァの頭はフル回転し、1つの恐ろしい可能性を浮かび上がらせていた。三ヶ月前の事件どころではない大きな危険を。
「ん?単に記録のミスじゃないのか?それに大した違いは……」
「大有りだよ!」
あまり気にしてなさそうなガレンを思わず怒鳴りつける。
「いいガレン?三ヶ月前の事件の時はそもそもバザロフのことは公にされていないし、あの時は元軍人の現テロリストって事になってた。でももしバザロフがシヴァニア正規の軍人だったって判明してそのバザロフがパイリアにテロ攻撃、さらに言うと要人殺害をしたってなったら……」
そこまで言ってガレンもその先の結末にたどり着いたらしい。
「国同士の総力を挙げての戦争になるぞ……国際問題どころの騒ぎじゃない……」
過去に起きたパズームとシヴァニアとの戦争は一応パズームの勝利とはいえ一時期は泥沼に陥り双方に甚大な被害を及ぼしたと聞いている。それが再び起こるなど考えたくもない。
ラザァがこれから起こるかもしれない恐ろしい可能性に頭を悩ませていたその時、ラザァの電話が鳴った。
「ウェルキン?」
今オードルト最高議長と共に襲撃を受けていたはずのウェルキンからだった。本来生還の知らせで嬉しいはずなのに、重い心持ちでラザァは電話に出る。
「ラザァさんですか?ボービス護衛官です。お聞きであると思いますが今朝オードルト最高議長を乗せた車列が何者か、恐らく一連の事件の犯人一味に襲撃を受けました。」
「……無事で良かったよ、最高議長は?」
「最高議長も無事です、先程ギスレット少佐と共に敵の狙撃手を追い詰めたのですが……」
そこでウェルキンは言葉を濁す。鼓動が激しくなる。
「狙撃手は追い詰められると抵抗する様子すら見せずにすぐに爆弾で自殺をしたのですが、その死体から……」
「死体から?」
ラザァの心臓はこれでもかと言うくらいに激しく血液を循環させる。
「バッジのようなものが……詳しく調べないとなんとも言えないのですが恐らく……シヴァニア軍大佐のバッジです。それと死体は片手が初めからありませんでした……」




