銀と茶のすれ違い
「ちょっと待ってよミラ!」
パイリア城の一室でのラザァの持論を述べる会の後、現場の衛兵たちにカラスに注意をするよう呼びかけたあとは現状維持と結論付けられ各自解散した後の事だ。会議が終わるか終わらないかのうちに1人でさっさと部屋を出て行ったミラを追いかけてやっと廊下の端で追いついてかけた言葉だ。
「僕なにかした!?」
「別に……しつこいわね。」
そう言いつつ振り返ったミラを見る限りどう考えても嘘だ。目の色こそ青のままであるが怒りのような悲しみのような複雑な負の感情がありありと浮かんでいる。そもそもいつもならラザァの仕事の邪魔になるくらい絡んでくるミラがむしろラザァを避けてる時点でおかしい。
「だってミラが僕にそんな態度取ったことなんて無いからさ……」
「出会った頃だってこんな感じだったじゃない?」
ミラは変わらず冷たく言い放つ。
「いやいや、でもあの頃と今じゃあ……」
「何も変わってないじゃない!!!」
ラザァの言葉をかき消すように、パイリア城の廊下にミラの声が響き渡った。
ひとまずラザァとは距離を置きたくて、一度距離を置いて1人になれば何か解決するんじゃないかと思って私は会議が終わるとすぐに廊下に飛び出して早歩きを始めた。元々ずっと1人で生きていたようなものだ、何か悩みがあれば1人になるのが正しいとばかりに。
普通の人間に比べればずっと早いはずなのに、私の耳には後ろから誰かが走って追いかけてくる音が響いて来た。
「ちょっと待ってよミラ!」
聞き間違えるはずのないこの3ヶ月ほどずっと一緒にいる声。そして今の悩みの原因の声。
'''そうだった、この人はあんな態度取ったくらいじゃあ諦めたりしないんだった。'''
わかっていたはずなのに、いや、もしかしたらこうして追いかけて欲しくて無意識のうちに走れば人が追いつける速度で歩いていたのかも知れないが。
「僕なにかした?」
案の定、彼はそっけない態度を取った私を責めるではなく自分の非を探し始めた。どこまでお人好しなのか。
「別に……しつこいわね。」
そんな歩み寄る努力を見せた彼に私は変わらずそっけない、さらに攻撃的な返事を浴びせていた。
'''あんたが私に秘密でエリーと会ってたのが悪いんじゃない!'''
そう言えればどんなに気が楽か、きっとこの人は私が納得できる理由をしっかりと述べた上でこちらが申し訳なくなるくらいに謝ってくるだろう。埋め合わせなんかも提案してくるかもしれない。彼のそんな性格に甘えるのも1つの選択だろう。
でも……
'''できないわよ……'''
単なる意地で、話し相手を取られたヤキモチに違いない感情が私にその言葉を口にさせない。
「だってミラが僕にそんな態度取ったことなんて無いからさ……」
何か察したのか知らないが、さっきよりさらに大人しくなった口調でラザァだ。
確かにこの3ヶ月なんかは喧嘩することもなく仲良くやっていたがそれを認めるほど私は素直ではなかったようだ。
「出会った頃だってこんな感じだったじゃない?」
かるい意地のようなつもりだったのだが、言った瞬間に私は言ってはいけない事を言ってしまった事に気がついた。その言葉がどれだけ人を傷つけるのかを。
当然目の前のラザァは微妙な顔付きだ、ストレートに悲しげじゃないのは私が冗談で言ったと思っているのか。そのままの意味で汲み取るとこの3ヶ月積み上げた信頼関係を全て無かったことのように扱われたというのに。私が逆の立場なら、ラザァやエラーから共に過ごした時間を全て否定されたならきっと……
「いやいや、でもあの頃と今じゃあ…」
嬉しいはずなのに、その声を聞いた時、さっきまで頭の中に巣食っていたモヤモヤが一気に爆発し、自分でも驚くほどヒステリーな声を発した。
「何も変わってないじゃない!!!」
「何も……変わってないわよ……あの時からずっと……」
そんな私の声は震えていた。気がついていないだけで泣いていたのかも知れない。
「あんたは勝手にこの世界に来て受け入れられて、どんどん大きくなってる。どんどん前に進んでる。でも私はそれを横から眺めてるだけなのよ……別にあんたに大した協力もしてないし……あんたにとって私なんて……」
「ミラ?どうしたの?今日なんか変だよ?」
「うるさい!」
ラザァの心配してくれてる声も考えもせずにはねのける。嫌われたらどうしようとか考えもしなかった。
「あんたと私の関係なんて出会った頃から大して変わってないのよ!ただの他人じゃない!」
'''どうして?'''
こんな事言いたかったはずじゃないのに、どうして口から出るのか自分でもよくわからない。
「ねえ……」
'''あなたにとって私って何なの?あなたにとって私はどんな存在なの?そもそも私ってあなたの中に存在してるの?'''
そんな言葉を喉まで出しかけて呑み込む。
'''私にとってのラザァ'''が何なのかも自分でもわかっていないのにこの質問をするのはどこか卑怯な気がしたからだ。
「ミラ……?」
ラザァが怪訝そうな顔をしてこちらに一歩踏み出そうとする。そんな普段通りの優しさですら私は素直に受け取れなかった。
「……ごめん……」
そう言うが早いか、私の足はUターンをしてラザァから遠ざかっていった。
今度は後ろから足音は聞こえてこなかった。




