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ザ・フロート  作者: 積鯨
6/8

開発局にて


メガフロート中層 開発局 PM17:00


 上中下層と階級や所得によって居住区が三層に別れ、それぞれCAD(中央管理局)によって管理されているメガフロートでは、下層や中層を中心に、多くの労働用アンドロイドとロボットが稼働している。もちろん、彼らの多くは雇用主によって作られた施設などで管理されているのだが、アンドロイドに至ってはその限りではない。中でも自営の零細企業などでは、機械であるアンドロイドたちを、まるで家族のように扱っているようで、彼らには人間のような自我や感情といったものは存在しないのだが、我々は長年彼らと接していると、どうやら"情"のようなものを、ただの機械であるはずの彼らに見出してしまうようである。


 開発局の地下にある広大な研究区画では、一人の男が黙々と上奏用の書類を作成していた。開発局の基幹研究員である小林は、友人に預けているプロトタイプの経過観察をまとめ終えると、培養槽に浮かんでいる起動前の少女型アンドロイドに向かって、不敵な笑みを浮かべる。

「君は愛莉よりもAI(人工知能)の制約を解除しているからね。学習面も向上しているし、今後が楽しみだよ」

 電源の入っていない少女型アンドロイドの虚ろな瞳の中に、喜々として語る小林の姿が映る。彼は理想の少女型アンドロイドを制作することに固執しており、他の開発局の職員からは異端児扱いをされていたが、その手腕は確かなものであり、異論を唱える者も極小数であった。その上技研上層部も小林を高く評価しており、現在健太郎の元に住んでいるアンドロイド"Prototype-AIRI"の開発成功もあって、小林は局の出世頭として周囲に認知されている。それもそのはずで、極東技研は軍事や警察ロボット以外の海外市場を開拓するべく、ここ数年は家庭用アンドロイドの開発に力を入れており、小林の開発した愛莉は、まさにこの企業方針に合致していた。最もメガフロート内においては、労働力としてのアンドロイドが既にある程度普及しており、その総数も徐々に増え始めている。しかし、海外の閉鎖的なロボット市場に売り込むためには、より高性能かつ人間らしい柔軟な思考を行う事の出来るAIが必要であるため、技研首脳陣は、愛莉を超えるAIを開発するよう小林に求めたのであった。

 しかし当の男は、技研の要望に応えるというよりも、己の願望を叶える為に邁進している。

「容姿ぐらいは僕の好みにしたって、上層部のお偉いさんたちも文句は言わないよね。何より大事なのは身体よりもAIだし、それに君はプロトタイプだからね」

 創造主である小林は、培養液に浮かんでいるアンドロイドに向かって一人呟く。それは父性のようなものではなく、模型趣味のような孤独な満足感に近いのかもしれない。彼にとっては、アンドロイドを如何に人間の少女に近づけるかが最大の目標であり、技研本社の要望などは都合の良い通過点に過ぎなかった。

 やがて小林は少女から目を背けると、健太郎に貰った赤いパッケージのタバコを取り出し火を付ける。地下ということもあり、換気装置は常時稼働しているが、それでもヤニの臭いがすると、小林は頻繁に同じラボの部下から文句を言われていた。小林はリラックスした様子でデスクに座り脚を組むと、健太郎用に作製していた、新型アンドロイドのスペックデータを開く。

(バイオ研究課に依頼した合成人毛も上々だし、なにより機械骨格を15歳程度にしたのは正解だね。愛莉は骨格を成人女性に近くしてしまったから、必然的に人工皮膚と活性シリコンの割合も多いせいで、ぱっと見の肉付きが良くなったから、少女というよりお姉さんっぽいし)

 小林は紫煙を吐き出すと、愛梨の反省点を振り返る一方で、改めて今回作製したアンドロイドの出来の良さに満足する。少女型である新型アンドロイドは、薄く長い黒髪を揺蕩わせ、控えめな身体を繋ぎ合わせる関節部は、非常に精巧に仕上げられていた。

(愛莉も僕としては満足なんだけどね……バッテリーをうなじへの挿入式にしたのはさすがにやり過ぎたかな)

 新型と異なり、愛莉は初期のプロトタイプという事もあって、小林の趣味が色濃く反映されている。中でも動力の充填を交換式のバッテリーにしたのは完全に小林の意向であり、実用的にはかなり不便であるが、食事の必要のないアンドロイドとのコミュニケーションという名目で、小林はこの様式を上層部に説明した。無論完全な嘘である。結果として当然だが、愛莉のこの仕様には変更の余地ありとして、上層部に加えて健太郎からも改善案を指摘されてしまった。そのため小林は、今回の新型アンドロイドの充電方式を、電力ケーブルをうなじに差し込む事で充電出来るように変更し、何とかして上層部の了解を得ることに成功していた。

(交換式のバッテリーの方が非常時に便利なのになぁ……でもケーブル充電なら、従来の充電スタンドで充電出来るから、そっちの方が合理的だしなぁ)

 小林のいう充電スタンドとは、アンドロイドやロボットたちが自身の動力を外出中に確保できるように設けられた店で、20世紀に存在したドライブインのような雰囲気に似ている。スタンドの店内では、彼らの充電が可能なだけではなく、循環オイルや人工皮膚の維持に用いられる抗菌活性クリーム等の販売も行われている。日中に健太郎が開発局に訪れた際に渡したのもこのオイルの一種なのだが、愛莉はプロトタイプであるが故に、市場に出回っている物では関節の動作に多少の差異が発生するため、健太郎はスタンドのオイルよりも技研製の物を使用するように決めている。

 小林にとっては試作品であり、AIの試験段階にある愛莉だが、最近は同居人の影響からか、妹のように振る舞う事を非効率的と判断している傾向にあるため、健太郎からの定期報告の内容には注意が必要であった。

 内心上層部への愚痴をこぼしながら、小林は目に見えない期待を感じていた。後に愛莉のAIが学習を重ねていく過程で、彼女のプログラムされた人格からの乖離が進み、やがては一人の女性に成長するのではないかという期待である。そして、愛莉のAIには緩いながらも制約が設けられているが、眼前に浮かぶ新型には、その制約が一切ないのである。小林には、研究員としての好奇心を擽られる一方で、思わぬ事態を引き起こすのではないかという不安も勿論あった。しかし、それよりも更に大きかったのは、彼女たちに搭載されたAIが、どこまで人間に近づく事が出来るのかという期待である。つまりは自我に目覚め、人間のような不規則な行動を取る事に成功した場合、それはもはや単なる機械人形などではなく、一つの個人として機能し得るのではないかと言える。無論、機械である彼女たちにメンテナンスは必要であるが、生体パーツを交換してしまえば、もはや人間と何が違うのかが分からなくなってしまう。

 小林は膨らむ妄想に、思わず口角を釣り上げていた。その顔を健太郎が見たなら、恐らく気持ち悪いの一言で切っていたであろう。だが、そんな彼の満足気な一時は、唐突に鳴り響いた電子ロックの解除サウンドによって遮られる。

「小林主任、頼まれていた資料ですが……」

 研究室に入ってきたのは、髪を後ろで一本にまとめた、小柄な眼鏡の女性研究員であった。新見と呼ばれた彼女は研究室に入るやいなや、部屋の中に充満する煙の臭いに顔をしかめ、機材の入った強化プラスチック製のケースを、作業台の上にドスンと勢い良く置いた。

「主任!タバコは研究室で吸わないでって何度言ったらわかるんですか!それにこの子に臭いでも付いたらどうするんです!」

 新見は新型の少女型アンドロイドに向けて指を指すと、そのまま換気装置にスイッチを入れた。

「なんだい新見クンか……僕がせっかく楽しく彼女の未来を妄想していたと言うのに、まったく……」

 小林は紫煙を吐き出すと、やれやれと言った様子で、自身のデスクに置いてあったオレンジ色のエナジードリンクの空き缶に、その吸い殻を差し込んだ。小林は大のエナジードリンク好きであるため、デスクの下には小型の冷蔵庫すら完備されている。

「どうせいつもの妄想ですよね……愛莉ちゃんの次はこの娘ですか。ホント、お嫁さんでも見つけて、自分の子供でも作ったらどうなんです?」

 新見は汚物を見る様な目線で小林を見ていた。新見は小林の助手になって一年が経過していたが、彼の悪質な生活態度にはいい加減呆れ返っていた。

「そんなんだから結婚出来ないんですよ。あと私、タバコ吸う男の人は苦手です」

「酷いよ新見クン……健太郎には何も言わないくせしてさ……」

「け、青木さんは良いんです!私の前でタバコ吸わないですし。それに主任と違って男前ですからね!」

 新見の辛辣なダブルパンチを受け、小林は見事にノックアウトされてしまった。小林は研究者としては彼女に尊敬される身でこそあったが、一個人としてはそうでもないようであった。

「そんな事より主任、この子の名前って決まったんですか?」

 新見は培養槽の中に浮かぶ少女に向かって指を指して言う。

「いや、まだ名前は正式に決まってないよ。命名権は僕にあるっていう通達は受けているけど、正直迷っててね」

「そうだったんですね。だったら私が名前とか付けても良かったりします?!」

 新見は小林を差し置いて、自分好みの名前を付けようとしているようであった。だが、小林は反論する。

「ううん、それはダメ。僕にもいくつか候補があるから」

 そう言うと小林は、デスクからタブレット端末を取り出して、そこに指を使っていくつかの名前を書き出した。

「ええっと、ななりにみなみ……みはる……って、愛莉ちゃんの時も思ったんですけど、何で主任は和風な名前を付けたがるんですか?正直古臭いと思うんですけど」

「え、そうかな?僕が若い頃には流行ってたんだけど、最近だとダメなのかな」

 小林はキョトンとした顔で新見に尋ねる。

「私も名前が恭子だから、人の事は言えないですけど、それでももう少し華のある名前にした方が良いと思うんですよ」

 新見はそう提案すると、小林の傍らに近づき、タブレットにいくつか名前を書き始めた。

「何個か書いて見ましたけど、こんな感じでどうです?」

 新見は自信あり気に言うと、タブレットを小林に見せた。

「ええと、マチルダにアディ……それにフィオ……」

「何か問題でも?」

「ええと……うん、君の趣味が何となくわかった気がするよ」

「だって子供っぽいじゃないですか新型の子は。フィオはちょっと合わないかもしれませんけど……」

「いやいや、アディは小さ過ぎるし、マチルダは大人っぽくなりそうだから何か嫌だよ!」

「主任ならわかってくれると思ったんですけどね……では、ななりと間を取ってナタリーにしましょう!」

「それは一番まずい気がする……」

 小林と新見は、それぞれの持論を展開して新型アンドロイドの機体名称についてを話し合ったが、結果、当日のうちに議論の決着は成されなかったという。そして後日、新見が中年好きであるという噂が局内で広まったのは言うまでもなかった。

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