アンドロイドとデカ盛り
メガフロート中層 AM11:30 金龍
「メガフロートが太平洋上に建造されてから約半世紀の節目になる今年、アンドロイドの個体数が年内にフロートの総人口の2割を占めるとのデータがCAD(中央管理局)から発表されました。近年では欧州やアジア諸国にも技研製のアンドロイドが普及しつつあり……」
メガフロートの中層に位置するマーケット。その一角にある少し寂れた中華料理店"金龍"の店内に置かれたモニターからは、MNNのニュース番組が流れていた。
アンドロイドの変遷とその浸透を伝える内容を、本国から来た僕、斎藤龍太郎は、好奇の目でその内容を追っていた。
メガフロートの州立大学に通うことになった僕は、下宿先の借家を探すために、ここ数日の間を中層郊外にある安モーテルで過ごしていた。
そんな中ようやく見つけた下宿先というのがこの金龍という中華料理店である。
金龍は四階建ての雑居ビルの一階に店を構えていて、上の階はアパートになっているという少々珍しい作りになっている。
僕は店に着くや否や、大柄な店主に食券を買えと言われ、自己紹介をする間もなくカウンター席に座らされてしまった。
下手をしたら、僕の事を店主はただの一見さんだと思われているかもしれない。
とりあえず僕はラーメンと書かれた七百円の食券を買い、そして周囲の客に合わせてカウンターの上にそれを乗せ今に至る。
モニターでは相変わらずニュースが流れている。
「ー私達の住むメガフロートは、現在アンドロイドを含む総人口が五百万人に達しようとしています。もはや東京の特別区と大差ない人口にまで膨れあがってきましたね」
「私が子どもの頃からしたら考えられません。当初はこのメガフロートも、資源開発のための小さな島だったんですよ。それが今では拡張工事の結果、特別区の半分ほどの面積にまで広がってしまった。もはや1つの国みたいですよハッハッハ」
モニターには、女性司会者と中年の男性コメンテーターが会話する様子が映し出されている。番組のテロップには"完成から半世紀、メガフロートの今"という表記がされていた。
「それで伊東さん、伊東さんはアンドロイドの増加についてはどうお考えですか。近年、かなりの数の高性能アンドロイドが世界的に活躍しています。IAL(国際機人法)によって、彼らの職域は制限されていますが、今後労働者の仕事を彼らが奪ってしまう事などはないのでしょうか」
女性司会者が、番組の核となる質問を伊東と呼ばれた男性コメンテーターに投げかける。確かにアンドロイドの増加を懸念する声が世界各国であがっているのは事実である。
そして、特定の宗教を信仰する国家においては、人類の創生は神の為すことであり、擬似人間であるアンドロイドを作る事は、神への冒涜だという世論が台頭していると聞いたこともある。
非常に世間にとって敏感な話題であったが、コメンテーターは臆する事なく女性司会者へと向き直り、その質問に回答する。
「確かに、アンドロイドの性能がこのまま向上を続ければ、いずれは我々人間より優れた存在となってしまうやもしれません。ですが、合理的過ぎるアンドロイドのAIでは、柔軟な対応が出来ないといった問題もあります。」
「というと?」
女性司会者はより噛み砕いた意見を伊東に求めた。
「そうですね、では教育現場に例えてみましょう。仮にアンドロイドの教員がいたとします。彼の受け持つクラスではイジメが起きていて、ある日いじめっ子を彼は見つけ出すことに成功しました。さて、この場合にアンドロイドの彼はイジメを無くそうと行動するわけですが、一体どのような行動を取るでしょうか」
コメンテーターは例え話の解答を司会者に尋ねた。モニターを見る僕も同じ気持ちになって考えてみる。
小学校なら、自分が見つけたいじめっ子を叱るのではないかという安易な発想が第一に浮かんだ。実際はそんなに上手く見つからないし、見つかったとしても、口頭の注意のみでは効果は薄いだろうが。
すると司会者も僕と同じ事を考えたようで
「そうですね……やはり現実の教師と同じ様にいじめた子を叱るのではないでしょうか。ロボット工学三原則もありますし、体罰などは不可能でしょうから」
司会者は、アンドロイドにも当てはめられる三原則を根拠に挙げて回答した。
しかし、コメンテーターの意見は予想の斜め上を行くもので
「確かにあなたの言う通りです。ロボット工学三原則がある限り、アンドロイドが子供たちに対して体罰などの危害を加えることはありません。ですが場合によっては、そもそも体罰が合理的ではない事もあり、アンドロイドはその選択をしないのではないかと思われます。例えば、極端な話ではありますが、いじめっ子を授業妨害の対象と申告する事で退学にする、あるいは出席停止などの措置を取ることの方が、クラスにとって有益ではないでしょうか。しかもその方が、長期的な目で見た際に、クラス運営を行うならば最適な処置なように私は思います。あくまで、クラス内のいじめを無くすという処理についてですけれどね。仮にクラス内のカースト上位がいじめっ子だろうと、全体の調和が乱れる事によって発生するデメリットが大きすぎれば、必然的にそれを排斥するのは合理的な選択なのです。ですが、根本的にもっと合理的な行動も予期されます。」
「といいますと?」
女性司会者は恐々とした様子で伊東に対して疑問を投げかける。
「一番恐ろしいのは、いじめっ子を排除するよりも、被害者の子を見捨てる事です。つまりはいじめられっ子を転校や退学するように誘導することでクラス内のいじめを無くすのです。つまりは根源を絶つのではなく、対象を消してしまえばいいという発想に至るやもしれません。無論、一時的にいじめが無くなるだけですので、根本的な解決にはなっていません。ですが、アンドロイドとしては、いじめを無くすという職務を全うしている事に他なりません。そこに長期的な戦略や他のクラスメイトに対するケアをアンドロイドが実行可能なのかという確証は今のところありません。ですので、例え話ではありますが、人間目線から言えばアンドロイドを教育現場に投入する事は全く合理的ではないのです」
モニター越しの伊東の説明は、フロートに来たばかりの世間知らずの僕にもわかりやすいものであった。
人間の考える合理的と思われる思考は、機械からすれば全く合理的で無いのであると伊東は言いたいのだ。
「……それが今の人工知能というものです。現在のメガフロートで、アンドロイドが複雑な思考処理を必要としない肉体労働などの職業に従事しているのはそのためです。IAL(国際機人法)によって制約があるのはもちろんですが、私は人工知能の技術が発達していないという側面から補論する立場を取ります。先ほど紹介したように、教育現場やそれに準ずる職業においては、人間のようなケースバイケースの判断や思考力が求められます。常に合理的な事が、我々にとってベストかと言われれば、決してそうではないはずです」
伊東の意見は非常にわかりやすく、臨席している客たちの中には、食事をする手を休めてモニターを見ている者もいる。
僕も伊東の意見には概ね同意であったし、本国の東京から来た僕からすれば、アンドロイドだらけのここは、まるで異世界のようである。しかし伊東の言っていた通り、この店に来るまでに多くの人間やロボット、はたまたアンドロイドとすれ違ったが、販売店ではレジ打ちや品出し、あるいは清掃をしており、接客をしているのは人間であった。ぱっと見たところ、流暢に話したり、人間らしい振る舞いをしているような姿も見受けられなかったので、やはりコミュニケーション能力に長けたアンドロイドはまだ少ないのかもしれない。
あるいは、まだメガフロートに来て日の浅い僕には、人間と彼らの見分けがつかないだけなのかもしれないが。
マーケットの事を思い出していると、先ほど道端でぶつかってしまった女の子のことを思い出す。
(そういえば、愛莉と言っていたな、さっきの子……)
親切にも金龍までの道のりを教えてくれた歳の近そうな女の子。少し言葉遣いが変だったが、サイドテールにまとめた髪が目立つ可愛い女の子であった。黒い瞳であったし、多分日本人だろうから、また会ったら故郷の話でもしたいなと僕は思っていた。
「おい……」
僕は誰かから呼びかけられていることに気づかず、先のアンドロイドのニュースや、愛莉の事で完全に頭が一杯になっていた。
すると隣の客に肘で小突かれる。
「おい、アンタ……」
隣に座っていた清掃員風の男は、前だ前といった様相で顔を動かしている。
一体何だと思い前を向くと、大柄で強面の坊主頭の店主が、先刻よりさらに恐ろしい顔で僕の前に立っていた。
「さっきからニンニクを入れるかって聞いてるだろ!なーにすっとぼけた顔でいっちょ前にシカトこいてんだ坊主!」
店主のキツい態度に僕はビクッとなって萎縮してしまう。確かに先ほどのニュースや、ぶつかった女の子の事で、ラーメンを注文したことなどすっかり忘れていた。
「お前ウチの店は初めてか?ウチはな、ニンニクを入れるかと聞かれたら、野菜と脂と濃い目とニンニクの四つの無料トッピングをから欲しいものをコールするんだ。もちろん食いきれるなら"全部"とコールしても構わん。ただし、残したらもう二度と俺の店には来るな!」
店主からの怒涛の応酬に、思わずひええと言いたくなってしまう。一体何なんだこの店は、客と店員の立場が逆じゃないか!
僕はとっさにトッピングを選ぶことが出来ずオロオロしてしまう。しかし、このままでは極悪面の店主に何をされるかわかったものではない。しかも僕はここの上の階に下宿するんだぞ!初対面から関係悪化なんて……
僕が困り果てていると、厨房の奥からよく通る声が聞こえてくる。
「お父さん!そのお客さん一見さんでしよ!いつも初めてのお客さんには丁寧にって言ってるじゃない!第一わかるわけ無いでしょ張り紙もしないで……私が代わるから、お父さんは他のお客さんに早くラーメン出してあげて。」
極悪店主は、おそらく娘さんであろう女性の声にやや不機嫌そうに頷いて、僕の前から去っていった。
ふぅ……助かったと僕はとりあえず一息つく。
「ごめんなさい、普段からうちのお父さんあんな調子で」
娘さんは先ほどとは違う優しい口調で僕に話しかける。娘さんは僕より少し歳上かなといった物腰の柔らかい雰囲気を漂わせており、短めの黒髪を三角巾で覆っている。
「いえ、僕の方こそ何も調べないで来てしまってすみません。実は僕今日からここの二階に住むことになってて……それで挨拶がてら、お昼もまだだったので、ここで食べようかなと……」
少し歯切れが悪い感じになってしまったが、僕は一番伝えなくてはならない事を彼女に伝える。極悪店主の顔にビビってしまい、重要な事を言い出せなかった僕が情けない。
「あぁー!あなたが新しく入る住人さんなのね。わかったわ、今ラーメン出すからちょっと待っててね!」
娘さんは笑顔でそういうとラーメンを取りに行ってしまった。そういえばまだトッピングを言ってなかった。すると、厨房の奥から娘さんの声が聞こえてきた。
「お父さーん!さっきの子が新しく入る人だってよ!」
娘さんは意気揚々といった元気な声で話しているようだ。しかし、どうやったらあの極悪非道そうな顔から、あんなに綺麗な娘さんが作られるのだろうか。きっと、よほど奥さんが美人に違いない。
僕は非常に失礼なことを考えていると、厨房から娘さんが、なみなみと盛られたラーメンを運んできた。
「お待たせ!ラーメン大盛り全増しです。熱いから気をつけてね!後、こぼしたらカウンターの上にある布巾で拭くように。水はセルフだから、飲みたくなったらいつでもご自由にサーバーから取ってきて大丈夫よ。」
僕は娘さんの心遣いを話半分に、まず目の前に置かれたラーメンに唖然としてしまった。
厚切りに切られたチャーシューに山のように盛られたモヤシとキャベツ。そして脇にはスプーン一杯ほどはあろうかというニンニクに、トロトロになった背脂も添えられていた。
「それと、自己紹介が遅れたけれど、私は東條皐月、よろしくね!。この店をたまに手伝ってるの。さっきの怖い人は私のお父さん。ちょっと頑固だけど許してあげて……ってあれ、どうしたの?」
皐月さんは不思議といった様子で僕を見ていたので、たまらず僕は質問する。
「僕は斎藤龍太郎です。同じく自己紹介が遅れてすみません。ですが……皐月さんの紹介を聞く前に、このラーメンの紹介をしてください!何なんですかこの量は!食べきれるわけ無いでしょうこんなの!」
皐月さんはキョトンとして、さも当然のように言った。
「ウチはデカ盛りで有名な店だからね。大体食べに来るお客さんも、学生や食べ盛りの人が多いのよ。龍太郎君も見た目はモヤシっ子みたいだけど、きっと私と歳もそんなに変わらないでしょう?だったらきっと食べきれるわよ!」
皐月さんは僕をモヤシっ子と表現しつつも、ラーメンの量を減らすつもりは無いらしい。
優しそうな見た目とは裏腹に、この人はドSなのかもしれない。あるいは天然か……
「とりあえず、ちゃんとした自己紹介はまた後でするから、今は冷めないうちにラーメンを食べちゃって!食べ終わったら店の裏口に来てくれれば、私が部屋まで案内するから。」
「わかりました。もし残したらごめんなさい……」
僕は食べきれる自信がなかったので、弱気に答えた。
(ギロリ)
「……ハッ!」
皐月さんの後ろから、見えない極悪非道なプレッシャーが感じられる気がした。
「別に食べきれなかったら無理しなくてもいいわ、でも私はよく食べる男の子の方が好きかな〜」
皐月さんはそういってニヤニヤしていた。これは男として頑張らなくてはまずい場面なのだろうか。
「食べます!食べ切りますから!」
僕は意を決して割り箸を手に、氷山の一角を切り崩しにかかる。食べきれなかったら、皐月さんの期待はもちろんだが、あの店主に何を言われるかわかったものではない。しかし、このデカ盛りラーメンとの戦いは、まるで先の見えない、泥沼化した戦場のようである。
「うんうん。男の子はそうでなくっちゃ!」
皐月さんは男を焚きつける無責任な台詞を残して厨房の奥へと去って行ってしまった。
もはやアンドロイドの話など、僕の頭の中にない。僕が今成すべきことは、目の前のラーメンに勝利することなのだ。