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ザ・フロート  作者: 積鯨
2/8

開発局


メガフロート AM9:30 


着替えを済ませた後、開発課から連絡を受けていた俺は、同期である小林のいる開発局のビルへと向かうことにした。

家を出る前に、愛莉に留守番と家事を頼んだのだのだが、バッテリーを交換したばかりのせいか、二つ返事でオーケーしてくれた。

全く単純な奴である。

「まぁ愛莉のオイルの事も一応伝えておくか。」

先刻の話を回想しつつ、俺はホバーバイクに跨る。

愛莉の言った通り、雪がさんさんと降っていたが、地面に接することのないこのマシンに雪は関係無かった。

カウルとスクリーンがあるとはいえ、身体がほぼ剥き出しの状態というのが難点だが、本国では使えないこの代物を俺は気に入っていた。

開発局へは20分もあれば着く。

俺は意気揚々とスロットルを回すのだった。


ホバーバイクで中層へと向かった俺は、開発課のビル前に辿り着いていた。

ビルの周囲は人混みで溢れていたが、警備ロボの立つ技研の系列ビルに近づくものは少なかった。

俺はバイクから降りると、門に立つロボに話しかけ社章とIDカードを示した。

「監査課の青木だ、開発課の小林に用があって来た。」

「少々お待ちください、アオキ様ですね。」

警備ロボの顔に付いたモニターは検索中の文字を画面に映す。警備ロボたちは、行動を周囲にわかりやすくするために、自らの作業内容を顔に表示するように設定されているのだ。

全時代的ではあるが、見ている側としては、機械の行動内容を視覚的に認知できることで一定の安心感を得られるのは確かだ。最も、最近では低グレードのアンドロイドに仕事を奪われつつあるのも確かなようで、いずれ目の前のロボも、一般業者に払い下げられるのだろう。聞くところによると、技研製のロボは海外でも壊れにくいと評判が良いらしい。

「アオキ様、確認が取れましたのでどうぞお入りください。そちらの乗り物はこちらの方で駐車場の方に移動させましょうか。」

機械的な合成音声で警備ロボはそう言った。

「じゃあ任せるよ。くれぐれも丁寧にな。」

俺は門を抜け、ビルの正面ゲートに入る。一瞬バイクが気になり振り向いたが、既にバイクも警備ロボの姿も無かった。


中層 開発局ビル 10;00


小林の研究室は煙草と何かよくわからない臭いに包まれていた。ここは開発課のビルの地下3階。換気用のダクトがあるとはいえ、どこか閉塞感に包まれている。

小林はヘビースモーカーなため、部屋に入るだけでヤニの臭いが鼻に付く。

「いるかー小林?」

俺は周囲を見渡すが小林の姿はない。代わりに大型の機材と少女型と思しきアンドロイドの入ったカプセルが目につくのみである。

「こんなカプセルあったか?」

以前小林の研究室を訪ねた際には、このようなカプセルなどはなかったはずだ。

俺は疑問に思い、カプセルの小窓を覗いてみた。中には合成皮膚を装着済みのアンドロイドが一体入っており、一糸纏わぬ姿で静かに眠りについていた。

「小林の好きそうな娘だな……」

俺は半ば呆れながら、彼女をまじまじと眺めていた。

外観は人間でいうところの中等科くらいの体格で、愛莉と比較するとかなり子供っぽい。

以前小林に愛莉のスペックを聞いたことがあったが、愛莉は高等科の女生徒を模して作られ、年齢は17歳ほどをイメージしたのだという。

しかし今回に至っては、さらに幼い容姿である。いくら研究室を与えられている小林とはいえ、本社のお偉方にどのようなプレゼンをして予算を獲得したのだろうか。俺が疑問に思っていると、耳元からゾッとするような声が唐突に聞こえてきた。

「青木くーーん、君は人の研究室で何をしているのかなぁー。」

俺は不気味な声の主へ、挨拶代わりと言わんばかりに、腕を捻り背後に回る。

「痛い、痛いよ青木君!ボクだよボクボク!」

不気味な声の主は小林であった。相変わらず気持ち悪いやつである。

「ボクボクなんて奴は知らん。今度同じ事をやったら、お前の給料で俺のホバーバイクを買い換えてもらうぞ。」

「痛い痛ぃぃぃ!わかった!わかったから!」

どうやら反省したようなので、俺は小林の手を放してやる。

こいつは小林悟。出身も俺と同じ日本で、技研には同期で入社した。とある事件がきっかけでこいつと接点を持つようになり、今では腐れ縁になっている。

小林は俺の身の回りの世話をしている愛莉の開発に関わっており、以前愛莉の初期設定を依頼したこともあった。優秀であるのは認めるが、愛莉のプログラムにも表れているように、極度のオタク気質である。初期設定をこいつに任せたのは未だに後悔している。

「酷いじゃないか!少し驚かそうとしただけなのに。」

小林は俺を糾弾したが、同期の、しかもいい歳した男にそんな事をされても全く嬉しくもなんともない。

「用があると連絡を受けて来たんだ。何もないなら俺は帰るぞ。」

「冗談だってば……。ホント青木はカタブツでどうしようもない奴だな。」

お前にだけは言われたくないと思ったが、漫才をしに来たわけではない。これではらちが明かないと踏んだ俺は、本題に入ることにした。

「で、用件は何だ。上からの依頼か、それとも開発課から直接か。」

俺は単刀直入に聞いてみた。

「今回はその両方だよ。僕には上から新型AIを搭載するアンドロイドの作製要請があってね。君が覗き見してた彼女がその試作機さ。」

どうやら俺が先ほど見ていた少女がその実験に使われるアンドロイドらしい。

「それで、俺の役目は?」

単刀直入に聞いてみる。

「監視だよ。彼女の監視する適任者を選ぶようにと上から仰せつかっている。」

「わかった。いつも通り監視を怠らずに評価試験をするんだな。」

俺は監査課として何度も似たような経験があったが、念を押して小林に尋ねた。

「もちろんだ。ただし、今回からは項目が若干増えるようだな。」

小林が少し含む言い方をした。彼の顔は喜喜とした表情で、まるで研究者としては楽しくてたまらないといった様子であった。

「何だその顔は気持ち悪い。用件は手短にと言っているだろう。」

俺は小林に対する若干の苛立ちからか、懐から煙草をとりだし、小林の許可なく火をつけた。

「すまん僕にも一本くれ。丁度切らしててさ。」

小林はそういうと俺のボックスから煙草を抜き取ろうとした。俺は彼の手を払い、先に用件を言えと目で促した。

すると、小林はムスッとしながらも、実験の詳細を淡々と語り始めた。

「今回実験するAIなんだけど、ロボット工学三原則を完全に無視して作られているんだ。つまり、人の命令に背く場合もあるし、場合によっては人間を"殺害"する可能性もあるかもしれないんだよ。それを踏まえた上で感情面の変化を記録してほしい。」

小林はニヤけながらそう言った。

「ちょっと待て……、殺人の機能は国際機人法(IAL)で禁止されているはずだ。いくら技研が支配しているこの島とはいえ、完全に情報を漏洩させないなんて無理だ。」

俺は驚きと戸惑いの入り混じった声で質問していた。確かに愛莉も、命令を渋ったりする事があるが、基本的には俺に忠実である。小林のプログラム改変が無ければさらに忠実であったはずだ。

「落ち着いてよ青木。何も人殺しをさせようっていうわけじゃないんだ。僕はあくまでそういう結果になる可能性もあるよって言いたかっただけだよ。」

「じゃあ何をさせろというんだ。人間の命令に忠実でないアンドロイドなんて作ってどうする。上は何が目的でそんな実験をするんだ。」

俺は小林の勿体ぶる言い方が、今日ばかりは癪に障った。冗談を言い合うような話題ではないからだ。軍事目的の一環か、それともあるいは……。

様々な考えが俺の中で交錯したが、小林の告げた結論は呆れる内容であった。

「上はどうやら、現行よりもさらに低い年齢をベースにしたアンドロイドを秘密裏に開発したいみたいなんだよね。だから僕が研究主任に選ばれた。」

なるほどなと思いたかったが、いくつか俺の中で引っかかる事があった。

なぜ作製するアンドロイドに、命令を無視する可能性のあるAIを搭載するのかというのがまず一点。そして仮に主人に刃向かうようになり、殺傷などに至った場合は技研はどう責任をとるのかという点である。

「お前が研究主任に選ばれる事に関しては疑問はない。なんせこんな中等科のような見た目のアンドロイドを既に完成させているしな。」

俺は皮肉混じりにそう言った。

「だけどな、フロート内とはいえ、出荷先で何かしらの傷害やら事件を起こしたらどうする。IALを破ってまでこんな事をする意味はあるのか?」

至極当然な質問を俺は投げかけた。

しかし、俺の質問に反して小林は

「僕は研究者だからねぇ……。やれと言われたらやりたくなっちゃう性分なんだよね。それに上層部でない僕らがいくら歯向かったところで意味がないでしょ。」

小林はさも当たり前だと言わんばかりにそう言った。

「とりあえず軍事目的では無いみたいだし、実験段階ではフロートの外には出さないしね。仮に人を殺したとしても、それは技研の特務課に任せて処理できるからね。当面は問題無いと思うのだけど、ダメかな?」

確かにフロート内なら事件が起きてもいくらでも揉み消すことが出来る。市政を担当している中央管理局(CAD)に嗅ぎつかれなければ問題はないはずである。

「それにさ、青木のところにも愛莉がいるじゃない。そう考えると、この実験もそこまで危険なものでは無いと思えて来ない?」

「何よりさ、僕の腕を少しは信頼して欲しいものだよね。僕だって自分の作った娘たちに人殺しなんて汚名を着せたくなんてないしさ。」

先程まで喜々としていた小林の表情は、いつになく真面目なものへと変化していた。

確かに愛莉を想像すると、小林がプログラムしたアンドロイドか簡単に人殺しをするとは思えない。

「もちろん初期設定と道徳教育はしっかり施してから出荷するよ。それに、青木にならこの監視役が務まると信じてるよ。そのくらいの信頼関係はあるつもりさ。」

小林は何かを内包した顔で俺を見た。

俺はハッとして

「つまり、いざとなったら試作機を止めろと?」

「別にそこまでは言ってないけどね。」

「相変わらず卑怯なやつだよお前は。」

面倒な役目を押し付けられたものだなと俺は思ったが、監査の役目上断る事も出来ない。

それに、この秘密を知った以上、技研上層部に対して直接的に楯突くことも得策ではないように思われた。

「そういえば、早く煙草ちょうだいよ」

小林はしびれを切らしたのか、無理やりに煙草を奪おうとする。

俺は上着のコートから一箱取り出すと

「愛莉の交換用オイルを一缶くれ、そいつで手を打とう。」

俺は破格の交渉を持ち出したが、小林は二缶のオイルにバッテリースティックまでサービスしてくれた。

「これで一つ貸しね。」

少し不服な感じもしたが、おうわかったよと伝えると、俺は小林の研究室を出た。

「さて、かなりの厄介事を請け負ってしまったわけだが……。」

実験の開始日は追って連絡すると小林は言っていた。それまでは猶予期間というわけだ。俺なりに心の整理が必要だと思うが、まず目先の課題として、帰ったら愛莉のオイル交換が待っている。

「はぁ……寒い。」

開発局から出ると、冬の寒さが骨身に染みた。



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