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物件9 生き人形の館

 洋館というのだろうか。D園調布の一角にそびえ立つ映画のセットのような豪邸が今回の物件。


 長らく一人暮らしだった天涯孤独の老家主が亡くなり、管理をしていた不動産会社と弁護士が意気揚々と売り出そうとした途端に幽霊騒動が起こった。


 なんでも家主の趣味で長年集めていた人形が勝手に動いて屋敷中を徘徊するのだという。


 その話のせいで近所では呪いだとか恨みだとかと囁かれているらしく、価格はガタ落ち。しかし気味悪がられて買い手がつかず、噂を聞き付けた社長が飛びついたというワケだ。


 ぶっちゃけた話、この物件は相当美味しい。


 一等地区域のなかでも特に土地と建屋が大きく、築年数から多少の手直しがかかろうと通常なら億は確実な物件。会社的にも一大投資なので、死んだ家主が憑りついていたら文字通りもう一度殺してでも沈静化してこいというのが社長からの至上命令だった。


 電気が止まって日中でも薄暗い洋館をライト片手に進んでいる。その光を向ける先々におびただしい数の人形が飾られているのだからたまらない。

 怪談話によくある日本人形、西洋のアンティークっぽいビクスドール。ぬいぐるみ、木彫りの民芸品から女の子向けの着せ替え人形まで。およそ人形の型をなしているあらゆる物が、壁が見えないほど全体にわたって屹立している。


 霊感のあるなしにかかわらず一目で悪寒が走ることだろう。


「このクソ人形たちが動き出すってワケか。典型的な怪談だなぁA」


「そっすねぇ。で、どうすかここは? 何か感じますか?」


「今のところ分からん。ただ、なんか居るってのは確かだ」


 洋館全体にいきわたる匂いというか、言い知れぬモヤのような感覚というか。とにかくここには霊障をつくるなんらかの力のようなものが充満している。

 それを断つことができればミッション完了なわけだが、正直それが死んだ家主の霊によるものなのか、別の要因のものなのか今のところ判断がつかない。


 資料を見つつ奥へ奥へと進む俺たち。

 ギシギシと革靴で床を鳴らすたび、背後から何かが迫ってきているような気配がして何度も振り返ってしまい、そしてその都度そこかしこに飾られている人形と目が合うのだから、この館の探索は本物の幽霊と対峙するよりよほど精神が削られる。


「見取り図だと3階の次の部屋がどんづまりだな」


「最後の部屋って、ホラゲーだと入ったらフラグが立ってイベントが発生するパターンっすね」


「そうだな。あと映画だと先に入ったやつが死ぬ系のやつ」


「あーマジっすね。というわけで先輩、お先にどうぞ」


「死ねお前マジで」


 緻密な細工が施されたドアノブに手をかけ、そっと部屋に入った。そこには…。


「んん~? ここだけ人形がねえぞ? 普通のベッドルームだ」


「いや先輩、隅のほうに何かありますよ、ホラ」


 Aのライトが部屋の右隅に照らし出したのは、ホコリまみれのベッドの横に佇むロッキングチェアと、それに腰掛けるような姿勢を保つ、シーツが掛けられたマネキンのような形の何か。

 

 俺の視界にそれが入ると同時に、首筋から尾骶骨にかけて悪寒が走った。

 

 ヤバい。これはヤバい。

 

「A、逃げるぞ」


「え?」


「ダッシュだ。振り返ったらダッシュ。絶対止まるな」


 既に背後のほうから音がしている。

 スルッ、スルッっと軽い何かを引きずるようなか細い音が小刻みに同一のテンポを刻んで。


「後ろに何があるんス…う、うわーーー!!!??」


 俺たちの背後。ほんの今しがたまで一体も居なかったはずの人形が、どこからともなく湧き出すように出現して廊下を埋め尽くし、階下へ通じる道を封鎖していた。

 大小含めて数百体。廊下や各部屋で見てきた人形たちが、まるで合図でも送られたかのように一斉に動き始めたのだ。


「ダッシュ! ダァーッシュ!!! 蹴散らして行くぞー!!」


「ま、待って先輩いいぃ!!!」


 強行突破。人形たちを思い切り蹴散らしながら強引に活路を開く。


「マジ怖えええ!! どうなってんすかーー!!」


 気付いたらアリの大群に取り囲まれていた。今の危険性を例えるならそんな表現が似合う。


 無表情で飛びついてくる人形たちと格闘して、階段を転げ落ちるように一目散。上から下に駆け降りるという状況が良かったのだろう。数が居ようと、軽い人形では勢いよく移動する人間を止めることができないようだ。

 

 俺たちは、どうにか屋敷の外に脱出することができた…。


~~~


「…コレとコレと、あとあそこに掛かってるデカいのもください!」


「クッソ怖かったんすけど。マジでまた、しかも今夜行くんすか!?」


「当たり前だ! リベンジは早いほうがいい。チクショウめただですむと思うなよ…!」


 脱出から2時間後。俺たちはいつものドンキにいた。

 囲まれた感覚を思い出しながら落ち着いて分析した結果、やはりあのロッキングチェアの何かが元凶だと断定できる。


 襲ってきた人形たちはそれに従うかたちで、元凶の『何か』を守るように動いているようだ。


 恐らくは、強い地縛霊の中にたまに居る『徘徊してる浮遊霊を引き寄せるタイプ』。思念が強すぎて近くを通った浮遊霊を磁石みたいに引き寄せてしまうのだ。


「人形ってのは魂がこもりやすいって言われてる。引き寄せられた浮遊霊が人形に入ってやがるのさ。今回はその根っこを絶たなきゃ意味ねぇから、重武装で一気に畳むしかねえ」


「それ先輩一人でやってくださいよ~。俺もうマジで行きたくねえっすわ…」


 心の底から帰りたそうな顔のAとサバゲーコーナーで電動エアガンを吟味する。できるだけ連射のきくやつがいい。BB弾はそれこそ大量に要るし、予備のバッテリーやマガジンも必要だ。


「霊にエアガンなんか効くんすか? それに他にも金属バットとかバールとか、完全に武装強盗じゃないすか」


 ど平日の夕方前に異様なものをわんさと揃える二人組。レジの人が引いている。

 しかしそんなことはお構いなしで、領収書をもらうと俺は次の目的地、自宅アパートに向かった。


「…へえ、これが例の粉の元。意外とストック無いんすねっていうか先輩、部屋キレイすね~。毎日掃除してるんですか?」


「例の刀がうるせえんだよ。ストックがねえのは塩と米は普通に食うからだ」


 ユニットバスのなか、神棚に備えた塩米を買ってきたエアガンとBB弾にまぶし、お供え済みの清酒を榊を使って振りかける。西洋でいうところの洗礼や祝福と同じ要領だ。


「バスタブで浄化の儀式…。雰囲気も何もないっすね」


「正直、この手が有効かどうかやってみなけりゃわからねえ。鈍器と服も浄化しとこう。守り刀も一応持っていく。手持ちで一番強い武器だからな」


 装備を整えて出直す。ゲームでも強い敵がいるエリアで失敗したときはそうするだろう。

 日が沈んでますます相手に有利な条件が整ったところで、俺たちは第2ラウンドに向かった。


~~~


 家の周囲に盛塩と立ち入り禁止のコーンを立て、霊と人間の侵入を遮断したらいざ本番。

 

 夜の屋敷は昼とは比べ物にならない異様な空気が漂っており、時折、上階の窓に人形と思しきシルエットがフラフラと動いているのが分かる。


「どうしても俺もついていかなきゃダメっすか!? マジで、マジで帰りたいっす…!」


「お前あのごみ屋敷のときそうやって逃げたろ! 今回は絶対逃がさねえからな! 来い!」


 Aめ、たかが人形が動いたくらいでビビりやがって。怪談好きが聞いてあきれる。


 ゆっくりと玄関の扉を開き、外壁を背にして様子をうかがう。エアガンとはいえアサルトライフルを装備しての突入作戦。気分はさながらホラゲーの主人公。


「居ない。そっちは何か見えるか?」


「暗くて分かりません」


「クリア。よし行くぞ」


「なんすかクリアってそれ…うわ!?」


 戦闘はもう始まっている。暗がりから這いよって来た大ぶりの人形にAが足をつかまれた。


「うぎゃあああ居るうう!!!」


 落ちつけボケナス。うるさく叫ぶと集まってきてしまうだろうに。

 

 浄化した金属バットで一撃。Aの足に絡む人形を吹き飛ばす。


「ボケっとすんな! 服も浄化してある、そう簡単に奴らに破れはしねえ! それより立て! 撃つぞ!」


 悲鳴を聞きつけた人形たちが屋敷の奥からゆっくりと、大量に湧き出してきた。

 暗闇に目が慣れるにつれしっかり視認できてしまうのが逆に恐怖だ。


「おらああああ!!」


 清めたBB弾の連射。当たっても人形の破壊にはあまり至らないが、中に籠っている浮遊霊に対しての霊的なダメージは抜群で、人間に対して実弾が当たるに等しい威力。狙い通り銃口を向ける先からバタバタと面白いように倒れていく。


「こ、こいつは…!」


「先輩、なんか…楽しいっす!」


 へたりこんだままエイムもそこそこに乱射するA。それでもほとんど外れなくどこかの人形に当たるのだから、前方から押し寄せる波の密度は相当なもの。

 

 補充と射撃を交互に繰り返し、着実に数を減らしていく。

 昼間のリベンジどころか、おまけがついて日頃のストレス発散にはもってこい。第一陣を片付ける頃には、俺たちはすっかりこの新しいスポーツに魅了されていた。


「おらもっと出て来いよ!」


「2階行きましょう! ハンドガンで狙うのも面白いっすよ!」


 普段は霊を物理で殴れないが、浄化の効果は素晴らしい。もっと早く気づいていたなら、これまでどんなに楽だったろうか…。


 その後も先々で人形相手のサバゲーを楽しみ、時には清めた金属バットや木刀を用いた乱打戦でさわやかに汗を流しつつ、俺たちは目的の部屋の前にたどり着いた。


「絡みついてくる人形、もうほとんど居ないすね」


「残すはボスだけってか。おっし、いっちょぶっ殺すか!」


 武器もあり相手も分かっている。俺たちは乱雑にドアを開け、暗闇めがけてマガジンが空になるまで滅茶苦茶に撃ちまくった。


「やったか!?」


 シンと静まり返るベッドルーム。湿気を帯びたカビ臭い匂いが充満して、そこにいるだけで気分が悪くなりそうだ。


「Aライトだ! デカいの使え」


 車から持ってきた設置型の作業用ライトを素早く入り口に据えてスイッチをいれるA。とたんに昼間のような閃光が部屋の中をくまなく照らし出す。


「うお! あの野郎、天井に張り付いてやがった!」


 こちらからの攻撃を察知して緊急退避したのだろう。マネキン、いやもっとリアルな全裸の女人形が、振り乱した髪の毛を垂らし、恐ろしい力で天井を掴んで水平に張り付いている。とても人間にできる体制ではない。


「くっそが、A撃て!」


「弾ないっす! こめなきゃ撃てません!」


 マズい。いまリロード動作など見せようものなら即襲ってくる距離。

 そのうえ依代よりしろになっている人形を天井に固着できるほどのパワーを持っている。服と武器の浄化能力に任せて殴り合いをしてもこちらが力負けしかねない。


 手強いボスに対して初手をマズった。


 1秒か2秒、膠着する。

 また引くべきかと考えを逡巡させたとき、不意に胸元の守り刀が振動する。


 自分を使え、ということか。


「その手があったか!」


 懐から勢いよく匕首を引き抜く。

 それを見た人形が一瞬ひるんだ様子になり、天井を離して一気にこちらに向かって飛び込んできた。


 どうも向こうもコレを食らうのはマズいようだ。


「甘いんだよボケが!」


 落下と同時に飛びつく安直で大ぶりな攻撃。そんなものは数歩引いてしまえばあとはカウンターの餌食だ。

 人形がドンッと床を鳴らして着地し、体勢を立て直しているところを素早く、思い切り一突き。胸の中心を抉ってやった。


 カアアアと音を立てて口から空気を漏らし天を仰ぐ人形。刺し口から青白い光とともに霊的な力がほとばしり、抜けていく。


 浮遊霊を引き寄せる力の強い霊だったが、あっけない最期だ。


「や、やりましたね先輩…!」


「ああ。それより見ろよこれ、ダッチワイフだ」


 人間と同じ大きさで下の毛まで精巧に再現されたシリコン製のダッチワイフ。それが依代になっていたようだ。

 思い返すと家主は独り身、広い屋敷に誰もいない寂しさを人形で慰めていたということだろうか。


「浮遊霊ってのは孤独らしい。死んだ家主の孤独感に共感したとすれば、最初に浮遊霊を呼び込んだのは家主自身なのかもしれねえな…」


 現代社会では生涯未婚の人間や、友達と呼べる仲間を持てない者が急激に増えているという。

 俺たちは計らずもその末路の一端を見た気がした。


~~~


 浄化を終えて売り出した洋館にはすぐさま香港からの買い手がついた。

 会社としてはかつてない利益をとれたうえ、屋敷の中にあった人形を片っ端から鑑定したところ、その手の収集家垂涎という逸品が結構あるようで、そちらも俺たちのボーナスに貢献する形となった。


「先輩のおかげで今月の月収三桁越えっす! あざっーす!」


 いつもの屋上の喫煙所、満面の笑みで缶コーヒーを献上してくるA。

 逃がさずにつき合わせたことで、Aにも臨時ボーナスが出る運びになっていた。


「しー、そういうことは大声で言うな。他の奴らには出てないんだから」


 かく言う俺はAの倍以上貰っている。内心は小躍りしたい気持ちでいっぱいだ。


「先輩、次の物件にもぜひご一緒させてくださ~い! 何でもしますから~」


「肩をもむな気持ち悪い! お前も刺すぞ!」


 今回の件で、あの守り刀や浄化した武器が霊に有効と判明したのがデカい。これからは直接的に霊に物理ダメージを与えられるようになる。


「…ちょっと『会合』で話聞いてみるか、出たくねえけど」


「え、先輩、なんて?」


「なんでもねえよ」


 ちょっとしたスタイルの変化を前に、俺は数年ぶりにあるところに顔を出そうと考えていた。


物件9 終わり。

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