物件7 不幸を呼ぶ店舗
何をやっても上手くいかない店舗というのは昔からよく聞く話だと思う。短いサイクルで次々とテナントが変わって、今何の店がはいっているのか良く分からないことすらある。
今回はそんな物件の事例。
先方の女性担当者T・Oさんから電話が入ったのは、暑かった夏も終わろうとしている頃。
話を聞くY社長はなぜかとても淡白な調子で「へえ」とか「ふぅん」と簡単に答えていた。
「…おいS、パン屋開くって去年お前が物件を都合してもらったあの夫婦。借金で首吊ったんだと」
電話を置いて開口一番の衝撃発言。これには流石にビックリした。
話は1年半ほど前にさかのぼる。
45歳で会社をリタイヤし、退職金で夢だったパン屋を開きたいという夫婦がウチに相談を持ち掛けてきたため、条件と予算に合う物件をもつ不動産屋を仲介したのだ。
その時一緒に内見に回ったのが俺で、夫婦の希望にあふれた顔からは今の社長の言葉はとても信じられないものだった。
「借金って…退職金でやるんじゃなかったんすか?」
「足りなかったんだろ。まぁやっちまったもんはしょうがねえ。でな、先方が出来れば首つった物件ウチでとって欲しいって言うから、お前ちょっと話聞いて来いや」
俺は訳も分からないまま車を走らせ、千葉県I市にある店舗に向かった。
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先方の女性担当T・Oさんと再会し、前年と同じように店舗の内見に向かう。
築20年の建屋は延べ床面積35坪。外観は赤い屋根に白い壁という目立つ物で、駐車場を含む敷地は約120坪と広く、栄えている大型商業地域に向かう幹線道路に面していて出入りもしやすいという好立地。
加えてここは、元入っていた飲食店が置いていった器具をそのまま利用できた『居抜物件』という店舗。先の自殺した夫婦にはまさに理想的だったといえる。
「あの梁に縄をかけて二人並んで首を吊ったの。お盆の前くらいに」
彼女が指さす太い梁にくっきりと残されたそれらしき二つの跡。
パン屋になる前の喫茶店の内装をそのままイートインスペースとして流用していたようだが、新設したパン棚とテーブルに使用感がないところから流行っていなかったことが見て取れた。
「退職金じゃ足りなかったんですかねぇ?」
「開店しても回らなかったのよ。よくある話」
夫婦は退職金の大半を開店資金に充てたせいでその後の運転が当初から上手くいかなかったという。
さらにそれまで勤めていた会社と同じサラリーマンの時間感覚で店を開け閉めし、土日は完全休業という飲食にあるまじき営業形態をとっていたせいで、売上が全くない日もザラだった。と、電話口の社長に輪をかけた口調で淡白にT・Oさんは語る。
「中古が嫌だって言って冷蔵庫もシンクも全部新品を入れたの。それもローンじゃなくて一括で。居抜の意味ないわよねそれ。あと知ってる? パン屋って飲食で一番開店資金がかかるって」
「喫茶で700、ラーメン屋で1000万。そしてパン屋が1500万から…でしたね」
「貯金も含めて3000万あったらしいけど、変にこだわってちゃそんな金あっと言う間に飛んじゃうわよ。営業時間も飲食なめてるわよねアハハハ!」
この人は正気だろうか? 仮にも自分が担当した顧客、それが命を絶った場所であっけらかんと笑ってみせる。社長が言うにはT・Oさんの所は店舗専門の不動産屋で、そのなかでも彼女はかなりのやり手らしいが、俺にはどういう神経をしているのか理解できなかった。
「あぁ、でねSさん。ここ今度はそっちで回してみない?」
「回す?」
「そう。ここね『必ず失敗する物件』なの。立地は良いのに入れ替わりが激しい店舗ってよくあるでしょ? それの凄いのがここなのよ。私が担当しただけで8回、累計だともう15回くらい店が変ってるけど、それでも絶対に店子が切れない不思議な店舗。正直、抱いておきたいんだけど今回、中で死んじゃったでしょ? 流石に曰くがついちゃうから事故物件の得意なそちらでどうかなと思って呼んだのよ」
築20年で15回の店替わり。どこも競争が激しいとはいえあまりに異常。しかしそれを逆手にとって業績としていたのがこのT・Oさんということだろうか。
なるほど、これはやり手だ。
「お話は分かりました。俺じゃ即決できないんで一旦戻って会社と相談させてください」
「まぁこっちも無理にとは言わないから考えてちょうだい」
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帰社後、事のあらましとT・Oさんの提案を社長に説明する。
モノがただの自殺物件ではなく妙な経緯のある店舗なだけに慎重な判断が必要だが、俺はこれについていくつか仮説を立てていた。
「霊とかは居ないのか?」
「居なかったすね。自殺したやつが必ずしも地縛霊になるワケじゃないんでその点はラッキーですわ」
「じゃあ何が原因なんだ?」
「判断材料が乏しいんすけど一つは多分、風水すね。悪いもんが出ていきにくいのか、それとも土地自体が悪いのか分かりませんが」
俺は正直、風水に関しては明るくないが、霊が居ないことからこの可能性がまず浮かんだ。
土地の方位、建屋の方角、窓や入り口の向き…。それらが複合的に絡み合い、何か人の流れに悪影響を及ぼす相になっているのではないか。あるいは店舗になる前に何かがあったような土地ではないのか、と。
「ほぉん。で、まだ何かあるのか?」
「地鎮祭の不手際っす。いい加減だったか、そもそもやってないとか」
20年も後を引く問題となるとのっけから躓いている恐れがある。
店舗建築時の地鎮祭に問題アリだとすれば、このような現象が起き得るのかもしれない。
「社長、商談に乗るふりしてT・Oさんから店舗建築時のデータとか引っ張れないすかね? あと付近も含めた過去の地図も見たいっす」
「分かった。俺から聞いてみといてやる。地図はお前、AかKちゃんに手伝ってもらえ。仕事として許可するぞ」
「あざっす。あたってみますわ」
表立った交渉事を社長に任せ、俺は後輩のAとつるんでKちゃんに過去地図の面倒をみてもらうことにした。
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必ずしくじるという物件の原因を探るべく、資料をまとめ始めて一週間。
この日、社長が持ってきてくれた先方からの書類が揃い、ようやくそれらしい問題点が浮かんできた。
「やっぱり地鎮祭やってねえな。玉串料がコストに入ってねえ」
「土地も酷いみたいっすよ先輩。以前あそこには何かの化学工場が建ってたみたいで、そこを埋め立てて店が建ってる感じです」
「道からの出入りも問題ありね。車線がまたがってるから入れるけど出にくいってパターンの立地よ。図面を見る限り、駐車場と店舗の位置もアンバランスで交通の流れの邪魔になるわよこれ」
土地、建屋そして地鎮祭。すべてがNG。
一見すると感じの良い店舗だが、そこから一歩引いて見るとかなり杜撰な建築実態が明らかとなった。
「流れも悪いし土地もダメ。おまけに土地神さんも通してないときた。これじゃ何やっても失敗するわけだな」
「先輩ちょっと気づいたんすけど、ここ施工したのゼネコンみたいっす。なんでこんな小さな店を大手が・・・?」
資料には、施工主の欄になぜか某大手ゼネコンの名前が記載されている。
公共事業でもないし、タワーマンションでもないこんな小さな店舗を大企業が手掛けるのは、確かにいささか疑問だ。
「その線については俺から説明する」
「うわ、社長!」
背後からのそっと顔を見せたのはY社長。
社長はT・Oさんからの資料を先に精査して、何か思うところがあるようだ。
「俺も資料を貰ってから分かったんだがな、あそこは元ガチガチの工業専用地だったみたいだ。本来なら家とか店舗とかは建てられねえし、飲食なんかもっての外って場所さ」
不動産の基礎的な知識として、用途地域というものがある。
簡単に言うと、全ての土地は『住居系』『商業系』『工業系』に区分けされていて、その用途に合った建屋しか建築できないという基準だ。
「でもちょうどあの店を建てる際に用途が変わってな、一帯がいきなり商業地になりやがってる。どういうことか分かるかお前ら?」
「サッパリ分かりませんわ。Aは?」
「同じくっす」
「少しは勉強しろお前ら。いいか、古い地図と新しい地図を見比べるとよくわかる。新しい地図に載ってるこの幹線国道を通すために行政の方で土地の用途変更がなされたわけだが、そこにゼネコンが介入してたんだよ。先に安く買い叩いた工業地の用途を、行政使って後から商業地に変更すりゃ施設は建て放題。ついでに自分らで脇に国道も通して価値も跳ね上げる。美味しいことこの上ねえ、大手ゼネコンならではのやり方だ」
ブラックなどというものではない。法律はどうあれ完全にアウトな由縁を持つ土地。それがあの建屋の正体。
土地を区画で切り刻んで勝手に用途を決めたかと思うと、それをさらに利用して何もかもを欲のままにコロコロ変える。
そこには自然に対する畏怖もないし、もとからいた土地神への敬意も一切はらわない。
「Aが調べた通りあの土地はもともと化学工場跡地だ。ああいうところはな、ほじくり返すと必ずヤバいもんが出てくる仕組みになってる。工場に残った薬品だけじゃなくて、道路整備で出た廃材や壊れた機材、他の現場からの見られたくない産廃類。そういうもんを全部ぶち込んで舗装して、上に適当な店を建てる。営業中の店を置いときゃ、やたらと調べることはできねえ」
「社長の説明で失敗する理由が分かった気がしますわ。それはマジだとするなら何やってももう遅いです。マイナスの要素が多すぎて、どんな強い人間でも取り込まれますね。で、どうするんすかあの店?」
「スルーだな。名変した途端、調査が入りそうな気がしてならねえ。時期的に上物の建替えが近いと思うから多分、ウチに建替えさせた後、調査を入れて二束三文で手放させる。多分そこまで読んでるシナリオだぞ。T・Oのところは内情を把握してないはずないからな」
T・Oさんの会社は店舗専門の不動産屋。この手の物件の性質を見抜く力や利用する能力に長けているようだが、今回は社長の方が一枚上手だった。
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後日、断る旨の話を社長が電話し、この件は流れとなった。
幽霊でもない生きた人間たちが引き起こす負の連鎖。そちらの方がよほど恐ろしいと感じた一件だった。
「…にしても先輩、そのT・Oさんて女の営業ヒドイっすね。ウチに厄介事の始末を押し付ける気満々だったんじゃないすか?」
屋上の喫煙場所で缶コーヒーをすすりながらAは憤る。
確かに振り返ってみると実に酷い話だ。
「どうだかな。あの話は社長の憶測だし、確証めいたことは何もないぜ」
そうであって欲しいというのが本音。
もし社長の話の通りだったとすれば、今後このような物件にはかなり警戒して当たらなければならない。
「また新しい経営者を入れるんでしょうかね、その店に」
「多分な」
「マジ勘弁して欲しいっすそれ。しくじると分かってて案内するのキツイっすよ」
俺は何も言えなかった。知らなかったとはいえ、自殺したパン屋の夫婦を紹介したのは俺だからだ。
あのとき、違う物件を案内していれば、あの夫婦にはまた違った未来が訪れていたのかもしれない。そう考えると自責の念というか、責任というか、とにかく胸中が詰まる思いがしてタバコがマズくなる。
「もう手切れさ。話が来てもあそこには絶対に案内しない。それでいいじゃん」
自分にそう言い聞かせるようにして、灰皿の中で燻る灰と、立ち昇る紫煙に目を落とし続けた。
物件7 終