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物件6 ゴミ屋敷

 中で人が亡くなったり、何かの良くない云われ等で居住に抵抗がある物件を表すワードとして、実は『事故物件』という言葉は正確ではない。

 正しくは『心理的瑕疵物件しんりてきかしぶっけん』と言い一般的な認識で住みたくないと思われる物件全般を表している。


 基準が人間の感情なので当然、気にしない人は気にしないし、また経済的な理由から済まざるを得ない場合も出てくるだろうが、今回のケースのように瑕疵の原因が物理的な問題だった場合はどうだろうか…?



 周りをすっかりビルで囲まれた都内S区の裏通りにその物件はあった。


 昭和23年に建てられた純日本風の平屋は、まるでサザエさんに出てくるような昔ながらの造り。

 これは大工の腕が下がった今ではかなりのお宝物件で、解体して梁を売っても良し、移築して年寄りの金持ちを呼ぶも良し。どう料理しても利益を見込める素晴らしいものだった。

 …そう、『だった』のだ。


 先方がこのお宝物件に見切りをつけたのにはワケがある。

 中からミイラ化した地権者が発見されたからだけではない。最大の理由はこの物件はいわゆるゴミ屋敷と成り果てていたことだ。


 玄関から文字通りあふれ返るゴミやガラクタの山。すっかり荒れた庭は古タイヤと錆びた自転車に占拠され、縁側と思しき付近は白黒のビニール袋がオセロよろしく天井まで器用に積み重なって、中への光を完全に遮断している。室中の様子は恐らく言うまでもないだろう。


「…どうしますS先輩」

「…どうしようA後輩」


 見たこともない虫が足元を這い回る敷地内で、俺たちは途方に暮れていた。


 この物件を書面と価格だけで紹介されたY社長は、確認もすることなくポンと判子をついてしまっている。


「ミイラがなんぼのもんじゃ。変なの居たらいつも通りケツに蹴り入れて追い出してくれやS。ガッハッハ!」


 俺はこの物件ほど社長を恨んだことはない。


「と、とにかく見てみる」

「え!? 入るんすか!?」

「お前も入るんだよ! と、その前にドンキ行って作業着と懐中電灯買うぞ」


 ゴミ処理を業者に任せてからでも内見はできるが、このときはの俺はゴミ屋敷の内部というものにいささかの興味を持っていた。


 加えて先ほどから背に渡るピリピリとした感覚。このゴミ屋敷の中には恐らく人ならざる何かが居る。

 コレを何とかしなければゴミだけ処理しても多分問題が起こるはずだ。


 買ってきた適当なツナギに着替えた俺たちは、簡易マスクを着けて玄関…からはみ出したゴミの上部をよじ登り、身をねじ込ませた。


「うわ、くっさ! 暗っ! Sさんマジ無理っすよ~!」

「わかってるようっせーな! 何か居ないか分かったらすぐ出るぞ、予定変更だ!」


 天井まで積み上げられたゴミの上を四つん這いになって進むにつれて、弁当の食べかす、腐ったペットボトルのお茶、ダニの湧いた衣類、いつの物と知れないカビた段ボールなんかがあらゆる方向から襲い掛かってくる。

 俺は興味本位でゴミ屋敷の中に入ったことを激しく後悔した。


「Sさんマジもう俺ダメっす! もう、もう限界っすから逃げていいすか!? てかもう逃げます!」

「あっ! Aてめえ! 待てコラ!?」

「すんません! お先!」


 Aはあたふたしながら周りのゴミを崩して脱出してしまった。そのせいで俺の退路はすっかり断たれ、俺は身動きできないごく小さなスペースに取り残された。


「何してんだAー!! 覚えてろよコラー!!」


 怒声もゴミに吸収されて反響すらしない。そして焦れば焦るほどゴミを崩して動ける範囲が狭まってゆく。

 霊に対して危機を感じたことはあまりないが、このとき俺は生命の危険というやつを身を持って味わった。


「くっそ! ヤベエんじゃねコレ? 参ったな…」


 懐中電灯で周囲を照らしても見えるのは天井とゴミ。

 あぐらをかいている俺の膝付近に蛍光灯のカサが埋もれている時点で、この平屋の中が全てゴミで詰まっていることが理解できるだろう。


「…電気のカサがそんなに古い感じじゃねえな。お、蛍光灯がLED? て、ことはこうなったのはそんなに前じゃないのか? 何かあるな…原因が」


 堀おこした蛍光灯とその傘は、ごく近年まで屋敷がちゃんと管理されていたことを示している。

 俺は神経を澄まして、ゴミに埋もれた家の中にカンを走らせてみた。


(…い…お…い…)


 反応があった。5mくらい先だ。


(お…い…おも…い…おもい…)


「なんだぁ? もうちょっとはっきり言え」


(…おもい…重い…どけてくれ…出してくれ…重い)


 キタなと思った。やっぱりここには何か居る。それがゴミ屋敷の原因となる何かが。


 俺はゴミの中を潜るようにして反応のあった5mほど先を目指す。

 そうして数十分かけて、汗だくになりながら掻き進んだ先の空間にたどり着いた。


「はぁ、はぁ。ここかぁ~…」


 そこは仏間だった。

 観音開きの仏壇がすっかりゴミに埋もれて、用具も位牌もゴミの下敷きになっている。


「重い重いってコレか。そりゃこんだけゴミに埋もれてりゃ息もできなくなるわな」


 位牌を引っ張り出して仏壇に立てかけ、確認のため再びカンを走らせる。


(…ちがう…それじゃない…ここだ…出してくれ…こっちだ…)


 虚を突かれた。苦労して仏間にたどり着いたもののどうやら違うらしい。

 目の前の位牌は『からっぽ』でただ形があるだけのようだ。


 もう一度、今度はさらに強く正確に周囲をカン繰ってみる。


「…上か! 天井裏!? 何だよそれ」


 和風建築では仏壇スペースの天袋から天井裏に入れる造りが多い。そこからどうも反応がある。

 ゴミを動かし、中身を空けて、天袋の板を持ち上げて俺は天井裏へと侵入する。


「来たぞー。どこだ?」


 ゴミも流石に天井裏までは及んでいないとみえて、懐中電灯で照らし出された風景には、立派な造りの骨組みと、積もり積もった埃があるのみ。


 この屋根裏のどこかに何かがあるはずだ。


「どこだー?」

(こっちだ。助けてくれ)

「だからどこだよ!?」

(鬼門の方角だ)


 鬼門とは、陰陽道における北東を表す。

 建築では鬼門の方角に風呂・トイレ・台所などの水場は良くないとされ、現代でも縁起を担ぐ施主は結構こだわっていたりもするし、御所や城などでは、わざわざ北東の塀の角を削って突き出しが無いようにするほど念を入れている。


 そこにこの何かが居るという。


 マスクをきつくかけ直し、今度は埃を払いながら中腰で屋根裏を歩き北東の端まで来たとき、俺はあるものを見つけた。


「…小刀。あーなるほどねぇ」


 天井裏、鬼門の屋根の角には崩れた埃まみれの小さな神棚が祀られていて、その残骸の下敷きになる形で一振りの小刀があった。

 朽ちた神棚の残骸をどけて語りかけてみる。


「呼んだのはおま…いや、あなたっすか?」

(そうだ)

「あなたは守り刀っすね?」

(如何にも)


 天井裏の鬼門に守り刀とは珍しい。このゴミ屋敷を建てた人間はよほど迷信深かったのだろうか。


「建てられた時からここに?」

(うむ。だがもう守る気はない)

「なぜ?」

(今の家主が気に入らない)


 ここをゴミ屋敷にした主、現在の地権者はもともと屋敷を建てた一族とは縁もゆかりもない者だという。

 彼は高度成長の時代に一族から詐欺的な方法でここを奪い取ったあげく、コロコロと違う人間を住まわせて暴利を得ていた悪漢だったらしい。


 そんな状態では当然、一族がそれまで毎年欠かさず行っていた神棚替えの習慣もなくなり、いつしか存在さえ忘れ去られて現在に至ったとのこと。


「その男はこのあいだ死にましたよ」

(知っている)

「あなたが殺したんすか?」

(老いた悪漢を閉じ込めるなど造作もない。この芥の山はそのために奴自身に準備させたのだ)

「エグイっすねそれ」


 復讐、ということなのだろうか。

 ともかくこの刀も本懐は遂げただろうし、朽ちた神棚もどけた。本人(?)がもう守る気はないというのなら、ここに用はないはずだ。


「これからどうするんすか?」

(…どうしたらいいと思う?)


 なんなのだこの刀は? こんな奴は初めてだ。

 屋敷の惨状に自暴自棄になり、自分の行く末を考えずに行動を起こしたのだろうか?

 ともかくこのまま放っておいてもロクなことにはならないだろう。しばらく思案して、俺は刀にある提案をしてみることにした。


「あんた、ウチ来る?」

(えっ?)

「ウチの守り刀になる?」

(……)

「嫌ならここに置いてく。なに大丈夫、売っぱらったりはしねえよ。どうだ?」


 刀はカタカタと細かく震えて、やがて声が聞こえた。


(分かった。これも縁だ、お前の所に厄介になろう)


 かかった、と思った。窮地に漬け込んで拒否できない選択を迫るのは交渉の常套手段。やがて振り返って気づいたとしてももう遅い。社長が良く使う手を打ったのが功を奏した形だ。

 コイツを引き込んでおけば何か役に立つ時が来るかもしれない。

 

 懐に刀を忍ばせ、俺は下のゴミを強引にかき分けながら何とか出口へと向かった。



~ ~ ~



 Aに2、3発蹴りを入れた後、帰りの車で事の次第を説明する。

 刀のことは社長には黙っておけとAにキツク念押しして。


「やぶったらお前んところもゴミ屋敷になるからな、覚えとけよ」

「あの中で死にたくないっすね~。分かりました」


 その後、社長にはゴミ屋敷になっていたとだけ説明し、専門の清掃業者を入れてもらった。

 見違えるほどきれいになった物件は、別の所に転売されて家屋は移築、土地にはビルが建つことになったらしい。


 刀はどうなったかと言うと…。


(お前のところいつまでたっても汚いなぁ)

「うっせーよ!」


(もっと腰を入れて雑巾がけせんと汚れは落ちんぞ)

「黙ってろよお前!」


 アパートの神棚にあげて祀ったはいいが、上からだと部屋中が見えるらしく、いちいち清掃や汚れに口出しするようになった。

 この1週間で何度売っ払おうと思ったか分からない。


(お前には借りがある。今に力を授けてやるから、修行だと思って少しはナリを綺麗にせい)

「ホントだろうなその話? マジじゃなかったらグラインダーで削ってやるからな」

(お前には見どころがある。それに…この神棚に一緒に祀ってある者、只者ではない。それに魅入られてなおシャンとしておるお前は驚嘆に値するぞ)

「あーそうですかはいはいよかったね」


 雑巾を絞る背中にかけられた言葉。

 胸の内が少し疼いたが、別に意に介することはないと、俺はせっせとまた部屋の掃除を繰り返すことにした。


 物件6 終

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