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物件4 オーバードーズ

 Y社長に言われ、都内N区、築29年の一戸建て4LDKの物件に中古住宅の下見にきている。

 立地はかねてからの住宅地という感じで、物件は良く言えば落ち着いた雰囲気、裏を返すと時代遅れの空気が漂う一角に埋もれていたが、中外は良く手入されており築年数の割にはそこそこ小奇麗だった。


「覚醒剤ねえ、そんなもんどこで拾ってくるんだか…」


 この家の前の住人は○山家。

 父は部長クラスの公務員、母は専業主婦、一人娘は良い所の大学生。これまでにトラブルなどは特になく、近所でも仲の良い家族と評判だったらしい。


 この絵にかいたような幸せな家族像が壊れたのが半年前。55歳の主婦○山○絵が、自宅内で覚醒剤の過剰摂取オーバードーズで死んだことが切っ掛けだった。

 

 手持ちの資料には、大学から帰宅した娘が台所の椅子で燃え尽きるようにして事切れている母親を発見、通報し、その後の家宅捜索により冷蔵庫から覚醒剤0.3gと複数の注射器や吸引具が押収されたと記されている。


 司法解剖の結果、○山○絵が年単位の長期にわたって少量ずつ覚醒剤を摂取し続けてきたと判明したという一文には驚かされた。


 一見、幸せな○山家はずいぶん前から狂っていたってワケだ。



 ごく普通の専業主婦が覚醒剤に手を出すことは決して珍しいことではないと、資料を一瞥したY社長は語る。


 曰く『昼間は一人になるうえ、電話やメールではなく口コミで顧客が広がる主婦層は、証拠を残したくない売人にとって時に恰好のターゲットになる』…とのこと。


「旦那と娘は気づかなかったもんかねえ。バレねえようにテメエが上手くやってたのか、それとも知ってて黙ってたのか…。まぁどうでもいいわ」


 そうして空き家となって売りに出された○山宅だが、死んだはずの〇絵が家内をさまよう姿が近隣住民に頻繁に目撃される事態が続き、幽霊屋敷として買い手が一向に付かない状況が続ていた。


 そこに目を付けた社長が、先方の相談に乗るふりをして安く買い叩こうと目論んだ。


『何にせよ死んでくれたおかげで足元みれるんだ。こっちとしちゃ感謝しなきゃなガハハハ!』


 ときどき、俺以上に無遠慮な社長に少し呆れる…。

 


「で、だ。テメエはいつまでそうやって土下座してるつもりだ、あ?」


 良妻を思わせる地味なエプロン姿。55歳という年齢を感じさせない髪のハリ。熟女系を好む輩がいかにも喜びそうな美人妻、○山○絵。生前の姿そのままに彼女は地縛霊となっていた。


 その霊が畳の居間で土下座をしている。

 

 家の中に入った瞬間に目が合って、追いかけた先でこの始末。もう30分くらいにはなるだろう。

 ○山○絵は何かに許しを請うようにしてじっと頭を下げ続けていた。


「そんなことしたってなあ…今さらなんだよクソババア!」


 サッカーボールキックで思い切り霊の頭を蹴り上げる。当然、当たることはないが、同情派の除霊師が見たらきっと卒倒することだろう。


「テメエはいつくばってんじゃねえよコラ! とっとと消え失せやがれ!」


 蹴って、踏みつけ、かかと落としまで喰らわせる。

 しかし○山○絵は全く動じる気配がない。それどころか以前の自殺の地縛霊のように見た目が薄くなるようなこともない。まるで不毛だ。


「はぁ…。 一体何に執着してやがる? それさえ分かりゃこっちのもんなんだが」


 霊の自縛の強さは生前の執着に直結している。何かに対して非常に強い執着心を持ったまま死んだ場合は、このように強い存在の地縛霊になってしまいやすい。


 どうやら〇山〇絵はそのパターンの典型で、相当に強い執着心を持っているとみていい。


 対処方は執着を持っているものが何か突き止めて、壊すか奪うか否定するのが最良だと知ってはいるが、肝心の執着対象がまだ分からないのが問題だった。


「ヤク中ババアが悲劇のヒロインぶってんじゃねえっつんだよ。テメエがシャブでくたばったせいで娘は大学辞めてんだぜ? 旦那も公務員でいられなくなって無職だと。死に方も迷惑なら死んでまで人様の迷惑だなテメエは! いい加減にしろめんどくせえ!」


 霊は依然として土下座を続けている。

 俺としては今の言葉で家族に対する執着心を探ったつもりだが、ハズレのようだ。


(意外と薄情だな、家族に愛着はねえってか…。だとしたら何だ? 家か? マメに手入してたみてえだし試してみる価値はありそうだ)


 俺はおもむろにタバコを取り出し火を点ける。


「ちょっと休憩だわ」


 畳の上に灰をお構いなしに落とす。

 夫がローンを組んで建て、一人娘の成長を見守り、主婦として日々清掃していたであろう大切な家を、赤の他人に汚されるのは気分のいいものではないはず。


「テメエの家族は誰もタバコ吸わなかったみてえだな。壁紙ですぐわかる、ヤニがついてねえ。畳にも焦がした跡がねえな。こういう跡がよ」


 火の付いたタバコを畳に押し付けてみる。一気に消さないよう時々離し、少しずつじっくりと焦がしながら。

 

 紫煙に交じって畳が焼ける臭いが漂い始めたとき、霊に反応があった。

 ○山○絵は急に顔をあげて、漂う煙と焦げ跡をじっと見はじめる。


 ビンゴか?

 内心ほくそえみながらもっと大きく動いて反応を見る。


「お、なんだテメエ。なんか文句あんのかコラ。大事な家が傷つけられるのを見たくなきゃとっとと消えろや」


 俺は火の付いたタバコを畳の上に転がし、今度はボールペンで壁紙に大きく×印の落書きをした。


「にしても家具がねえと殺風景だなこのチンケな家は。センスあふれるアートな落書きとか書いてやろうか? それとも穴開けた方がいいか? こんな風にな!」


 ボールペンを壁に突き立てる。

 さして厚くないボード材の板に安物のボールペンが容易く貫通して、手を離しても落ちないくらいに深く刺さった。


「おいおいずいぶん安物だなテメエん家は。ボッタの建てた三流住宅か? こんなもん買っても二束三文にしかならねえぜオイ。…よし、良いこと思いついた。俺様が今すぐリフォームしてやろう。これでちったぁ高く売れるぜ、有難く思えや!」


 板壁に全力の前蹴り。

 乾いた合板の割れる音がして、俺の足が壁にめり込む。


 家に愛着がなくとも、普通ここまでやれば狼狽えるどころではすまないはず。

 ○絵の反応は…。


「…あぁ? んだとテメ…」


 怒りも狼狽えもせず、床に落ちたタバコの前にへたり込む○絵の霊。

 そしてその顔は安堵というか、煙を浴びてどこか恍惚としているようにさえ見える。


(家族の誰もタバコを吸わなかったはず…。おかしい、何してやがるコイツ?)


 広がる焦げ目、立ち込める紫煙。異様な臭い。そしてそれを喜ぶような顔…。

 これらをつなげる物は○絵にとって一つしかなかった。


「テメエ…まさか…。まさか、死んでまでシャブが欲しいってんじゃねえだろうな!?」


 ○山○絵が執着している物に俺は戦慄した。

 コイツは長年連れ添った夫でもなく、成長を見守った娘でもなく、温かく過ごして手入れを欠かさなかった家でもなく、自身を死に追いやってそのすべてを壊した覚醒剤に執着している…!


「このクソが…! マジでテメエ、マジでカスだなこのクソ野郎!!」


 残念ながらこのような輩を蔑むのに適した言葉を俺は知らない。普段考えもしなかったことはとっさのときに出てくるはずがないのだ。

 とにかく俺は心底から○山○絵を見限り、軽蔑した。


「そんなに浴びたきゃ死んでも浴びてろ! テメエはぶっ殺す!」


 …死人相手に殺すとは可笑しな話かもしれない。でも俺は本気だった。

 懐からとあるところの札を取り出し、恍惚としている○絵の霊を中心にして四隅に塩と米を盛る。


「テメエにゃ来世なんかいらねえだろ。二度と生まれてくんな!」


 祝詞を唱えて札を○絵の霊に押し付ける。瞬間、霊が消えた。


「クソが。最低のクソが!」


 この言葉は、○絵の霊だけではなく、できれば使いたくなかった最悪の手を使ってしまった自分にも向けている。

 未熟さを痛感した物件だった。



---



「死んでも欲しがるなんて、覚醒剤って怖いんだねー」


 翌日、事務所でKちゃんが淹れたお茶をすすりながらY社長に事のあらましを説明する。

 覚醒剤で死んだ女の霊が覚醒剤を求める話に、Kちゃんは興味津々だ。

 

「あぁ。あの顔見せてやりたかったわ」


「こんど幽霊の写メ撮って送ってよ。心霊写真見てみたいし」


「やってみるわ。撮れたらLINEで流すよ」


 試したことはないがおそらくダメだろう。本物の心霊写真は俺も見たことがない。

 

「ところでS。畳焦がして壁に穴開けたって本当か?」


 和気あいあいとしかけたところでY社長の一言。

 正直、流しておいてほしかった…。


「マジです。でも何に執着してるか調べるのに必要だったんすよ」


「でもなあお前」


「どうせ少しはリフォームみたいなことするんでしょ? 小綺麗だったけど流石に壁紙とか畳とか古かったし、交換すりゃいいじゃないすか安いやつに」


 腕を組んでしばらくう~んとうなるY社長。そして…。


「よし。ならお前の給料から出せ」


 内心、こう来ると思った。


「お前がダメにしたんだからお前が払え。種類は好きにしていいぞ。今後の勉強のためだと思って壁と畳、替えてこい」


「マジっすか…」


「マジだ」


 ○山○絵め、とことん迷惑な霊だ。


 後日、俺がホームセンターで買った適当な壁紙つきのボード板と、一番安い畳に無事交換された○山家は、ウチの仕切りでまた別の不動産屋の手に渡って買い手がついたそうだ。


 先方が泣きついてこないことろを見ると、怪異のようなものは起こっていないらしい。


「シャブやめますか、人間やめますか、じゃねえなまったく」


 屋上の喫煙所でタバコをふかしながら今回のことを考える。


「キメた時点で人間オワリだわ。大人しく酒とタバコでまとまってりゃいいものを…バカだねえ」


 霊になってまで覚醒剤を求めた○山○絵が手を出したきっかけがなんだったのか、それは今では知る由もない。

 ただ言えることは、中学や高校あたりで映像を見せられて習うより、現実はもっと悲惨で救いようがないって事実だけ。


 俺はゆっくり煙を吐き出して、吸殻が溜まった灰皿に突っ込み屋上を後にした。


 物件4 終


5000字チャレンジ企画 第4弾。


書き散らかしてるのにお気に入り登録どうもありがとう。


気が向いたらまた書くよー。

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