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物件3 殺人

 その日の昼のニュースでやっていたのは、都内T区の一軒家で25歳の母親が1歳半の長男の首を絞めて殺したというなんとも飯がマズくなる話だった。


「最近こういうの多いっすよね社長」


「まぁ世知辛い世の中なからな。近所付き合いとかしなくなって荒んでるんだろうよ色々と」


 店屋物のカツ丼を口に運びながら事務所で過ごすいつもの時間。


 ここで遅まきながら紹介しておこう。俺が務めている不動産屋の名前は (株)Y島不動産商会 という。

 人数は社長を含めて7人。決して大きくはないが、現金決済と事故物件の扱いに長けるという特徴があるおかげで、困った物件があるととりあえず話がかかるというその筋では大手からも一目置かれる存在だ。


「Kちゃんもこうならないように気をつけなよぉ」


「なに言ってんですか社長。こんなこと私は絶対しませんよーだ」


 Kちゃんと呼ばれたこの女性は会社の紅一点の事務員。28歳の結婚適齢期で、顔もスタイルも悪い方ではないが、残念ながらそういう話は聞いたことがない。


「Kちゃん悪い物件じゃないんだけどなぁ。どう思うS?」


「なんで俺に振るんすか」


「いやほら年は近い方がいいだろう? お前らデートでもして来いよ、経費は出すからさぁ」


「あー社長それセクハラです! 訴えますよ!」


「ガハハ、近頃のやつは冗談も通じない…やれやれだ」


 俺以外の営業が出払っているせいで事務所には3人しかいないが、それでも結構賑やかに過ごせるここを俺は気に入っている。 


 折を見て全員で参加できるイベントなんかを企画しても面白いんじゃないか。談笑の合間にそんなことを思いながら再びTVに目をやると、先ほどのニュースはすでに終わっていた。



 電話が鳴ったのはそれから二週間後、同じように3人で詰めていた昼時だった。


「…可能であればウチでとって欲しいそうです。金額は相当折れるからと」 


 ニュースになった殺人の事故物件。

 電話対応をしたKちゃんの話によるとまさにあの日、TVで観た一軒家らしい。


「俺、午後イチで見てきますわ」


「S、戸建ては慎重にな」


「心得てますよ」


 同じ金額でもマンションと違って、戸建ては隣人がある分売りにくい場合がある。特に今回のような報道をされた場合はなおのことだ。

 

 それにまた何かいるかもしれない。俺は二重の意味で気合を入れて現地に向かった。



---



 警察の捜査が終わった直後の物件というのは、何とも言えない物々しさがある。

 封鎖テープの切れ端が絡まっていたり、あちこちに指紋採取のアルミ粉末が付着していたりして、自分が刑事ドラマの登場人物になったような気分にさえなる。


 先方はそんな雰囲気のある場所に立ち入りたくないのか、俺に鍵だけ渡して自由に見るように言ってきた。


 物件は築2年の真新しい建売住宅。新規造成された住宅街の一戸で、間取りは35坪2階建て3LDK。一階にバス・トイレと広々とした18畳のリビングダイニングキッチンを置き、二階は6畳の洋間3室という結構なものだ。


 目の前の物件と渡された資料を交互に見つつ、生活感の残る家を先ずは外からチェックしていく。


「子供用の遊具か。1歳半ならもう歩くんだな」  


 建屋脇にある植え込みの陰に持ち主を失ったベビー用歩行器がポツンと放置されている。そのカラフルな色合いと事件とのギャップが痛々しい。


「この立地でこの戸建て、上物うわものは最低4500万? 土地付きなら億? う~んまだよく分かんねえや」


 査定は未だ勉強中だ。会社に入って不動産関係の資格は幾つか取ったが、それでもまだまだ青二才ということは自覚している。故に俺は先方に対して金額的な口出しはしない。最終的な交渉は今のところ社長任せなのだ。


「俺は俺の仕事をしますわ。お邪魔しますっと」


 預かった鍵でドアを開けて入ってみる。

 先方の話では、現場となったのは一階のソファの上らしい。


 それは運び出されるでもなくその場所に放置されていた。

 ガッチリと締め切られたカーテンを開けて目を凝らしてソファを見てみる。


「居ねえな。別に何てことはねえ」


 乳幼児の地縛霊。そんなものは見たことはないし、見たくもない。

 どこにも何も居ないことを祈りつつ、家財道具の残る家をくまなくチェックする。


「荒んでたんだな結構。丸分かりだぜこれ」


 溜まったまま置かれた洗濯物。洗われていない食器類とカビの生えたインスタント食品の食べ残し。空気も淀んで、外から差し込む光に当てられたホコリが不規則に舞っている。育児をするにはあまりにも不衛生すぎる。


「父親はどうしてたんだ? この家買えるくらいの稼ぎがあるんだからほったらかしってことはないだろうに」


 先方の話にも父親のことは登場していない。25歳のシングルマザーがいきなり戸建を買えるとは考えにくいが、変に勘ぐってもおそらく無意味だろう。


 知る必要のないこともある。そう思って2階に上がるべく階段に差し掛かったときだった。


(…マ)


「ん?」


(…マ………マ……)


「あ、居る。ヤベ、居るわここ」


 聞こえてしまったのは明らかに子供の声。母親を探してさ迷い歩く、か細い、不安いっぱいの嘆きだった。


「あっちゃー、マジかよ。準備してねえよ。どうする?」


 前回使ったは今日、用意していない。現状は素手で何とかするしかないが、出来れば手荒なこともしたくない。


(ママ…ママ…)


「分かってるようっせーな。どうすりゃいいよホントに…」


(ママ…ママ…ママ…ママ…ママ…)


「うっせバカやめろよホラ。これだからガキは嫌いだ。ママはな、いま裁判中なの。それが終わったら刑務所よ。もう戻ってこないの」


(マ…マママ…ママ…マ、ママママ…マママ、マ、マ、…マママ)


「あーもう泣くなよほらあ! 泣きてーのはこっちなんだっつーの。そんなにママが欲しけりゃな、さっさと生まれ変わってこいや!」


 愚痴を交えつつ、声を頼りに探し回る。1階に居るのは確かだ。それもすぐ近い。

 

 同じところを何度も探し、隅々まで目を凝らしてよーく観察してようやく見つけたとき、俺は心底ビックリした。


「うわぁ! て、天井かよ…! ビビらせやがって」


 殺されたと思しき幼児は、ホラー映画さながらにハイハイの姿勢のまま天井を動き回っていた。


「そんなとこに居たのかよ、ホラーだなこりゃ…。おいお前、楽にしてやっから降りて来い」


 こちらの存在には気が付いているはずだ。

 霊であっても意思疎通ができればある程度言うことをきかせることができるが、しかし相手は乳幼児。予想通り全く無視されてしまった。


「通じねえかやっぱり。言葉を覚えるのっていくつだよ。あーどうしようもねえわこれ。電話しよ」


 ヘタに刺激して妙なことになったら物件が売れなくなる。俺はひとまず社長に相談することにした。



---



「…というワケですわ」


 住宅街付近のコンビニでアイスを齧りつつ事情を説明する。乳幼児の地縛霊の対処法はいまのところ無いと付け加えて。


『物件は問題ないんだろ? 清掃と家財の処分はもう手配しちまったし、お前何とかしろよ』


「だから出来ないんですよ対処が。ママ、ママって言うばっかりで意思も通じねえんっすわ」


『塩と米は?』


「持ってねえっす。でもあの手は出来れば強引じゃなくて、円満に片づけたいっすね」


『ん? お前らしくないな。同情したか?』


「ちょっと…」


 力の弱い自縛霊を強制的に追い払うというとそのまま消滅してしまうことが多い。身勝手に生きてきた大人の霊なら自己責任の範疇で同情は出来ないが、今回の場合は事情が違う。相手はまだ言葉もロクに知らない子供で、しかも被害者。これに情をかけられないようでは人間をやめた方が良いだろう。


『…ママを探してるんだったな。Kちゃんとかどうだ?』


「え?」


『Kちゃん連れてってママのふりしてもらえばどうなる?』


「お…。や…ってみる価値はあるかもしれませんね」


『だろ? 行かせるから待ってろ』


 なかなか冴える案だと思った。

 Kちゃんなら母親との年も近いし、対処できるかもしれない。


 嫌がるKちゃんの説得を社長に任せて、俺は物件で待つことにした。

 


---



 説得に時間がかかったせいか、Kちゃんが到着したのは夕方になってからだった。

 荒みきった空虚な生活感の名残りを西日が照らす室内は、それだけでどこか嫌な感じがする。


「どこにも居ないよ?」


「居ますよすぐ上に。見えたらKさんもコッチの人間ですわ」


 相変わらずリビングの天井を這い回りながらママ、ママと連呼を繰り返す乳幼児の地縛霊。

 Kちゃんが室内に入ってきてからも様子が変わらないが、対処はやるだけやってみる。


「私はどうすればいいの。なんか気味が悪いから早く出たいんだけど」


「あぁー、とりあえずやってみますわ。Kさんこれイッキしてください」


「なにコレ?」


「水です、ただの」


 赤ん坊の霊を女性に憑りつかせると子宮に害が出ることがあると聞いている。それを防ぐために今回は胃を子宮に見立ててそこに入れる、というのが俺の作戦だった。


 準備として食塩を溶いたミネラルウォーターを1リットル飲ませる。無理やりにでも。


「ちょ、ちょっと。多い! しょっぱい! 飲めないって!」


「飲むんですよホラ! これも仕事です! あとでケアしますから!」


 半ば強引に飲ませ終えた後、肝心の語り掛けに移ってもらう。

 これで通じなければお手上げだ。


「うう~。苦しい…」


「すんませんけどセリフ通りお願いします」


「分かったわよ…。えーっと、ママはここよ、降りてきて」


「もっと大きな声で、感情こめて何回も」


「うーわ鬼だ。うぅん! …ママはここよ、降りてきて。ママはここよ、降りてきて…」


 反応があった。速攻だ。

 霊は振り向いたと思った瞬間、Kちゃんのお腹に抱き付くようにして降りてくる。


「丹田いきます! セクハラとか言わないように!」


「え!? なに、ちょっと!?」


 俺はKちゃんの下腹部、丹田と呼ばれる辺りに手を当てた。子宮に入らないように霊を止めるのだ。


「あ…なんか、胃がおかしい…ていうかスゴイ胃が張ってる。なにこれ?」


 成功したらしい。狙い通り胃におさまっている。


「上手くいった。ちょっと寺に行きましょう。多分、あんまり持たないんで急ぐよ」


 待ち時間のあいだにスマホで調べておいた無縁仏供養がある寺に急ぐ。

 道中、Kちゃんが吐きそうになってきたためタクシーを拾って一直線に向かってもらった。


 

「ヴ、うげぇええぇえッ…!」


 供養塔の前に付いた瞬間Kちゃんが吐きだした。

 出てくる物はすべて水。それが石畳の割れ目を伝って塔の下へと吸い込まれてゆく。


「ここで供養してもらいな。そんでさっさと生まれ変わって新しいママに会いな」


 Kちゃんの背中をさすりながら上を見ると、消え入りそうな夕日の光の中にあの乳児の霊が見える。

 しばらくは留まるだろうが、現世の経験が乏しい分、すぐに未練も切れるはずだ。


「ちょ…とお。聞いてないんですけど、こんなことさせるなんて…」


「あぁすんません。でも上手くいきましたわ。飯でも食い行きましょ。奢りますよ」


「…アンタって、ほんと酷い男ね」


「よく言われますわ、はっはっは」


 

 後日、ウチでの契約と清掃を終えたあの一軒家を訪れたところ、雰囲気はすっかり明るく様変わりしており、新しい入居希望者がチラチラと様子を伺っているという感じだった。


 願わくば幸せな家族に住んでもらいたいと思う。


 もう乳幼児の地縛霊なんか見たくない。

  

 面倒くさいからな…。


 物件3 終

 5000字チャレンジ企画 第3回目。


 コマゴマとやってくつもり。

 気に入ってもらえたらウレシイ。


 気が向いたらまた書くよ。

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