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物件2 孤独死

 案内された物件は都内M市にある鉄筋2階建てアパート。

 築8年、若者・単身向きの小洒落た物件で部屋数は8畳ワンルームが上下3部屋の計6。駅からさほど遠くなく、閑静な環境ということで家賃もあたりの相場より若干高めというものだった。


「これを丸売マルで出してるんですか」


 外観と各部屋をチェックしつつ流れ話をするなかで、資料を片手にしたM・Mという先方の担当が相当参っている様子を受け取る俺。


「はい。いい物件なんですけどねぇ。実際引き合いもあったんですが、やっぱり契約には至らなくて」


「子(入居者)はゼロなんですよね」


「ええ。もう1年以上誰も入っていません」


「募集は?」


「随時かけてます。でもチェック段階でみんな入らないって言うんですよ…。親(大家)もどうしていいか分からなくなっちゃって」


 都心まで電車1本で行ける立地。毎年、住みたい街ランキングNo1というK祥寺も自転車県内で、周囲も騒がしくない。田舎から出てきたばかりの学生あたりにこの条件はうってつけだ。ちょっと家賃を下げればすぐにでも飛びついてくる若者がわんさと集まることだろう。


「建て替えるには新しいし、親(大家)にその体力カネもないからマルで売り出すことにしたんです」


「なるほど。で、例の問題部屋ですけど、最後に見させてください」


「分かりました」


 一階の中央102号室。ここがこの好物件唯一にして最大の問題点。

 入居者全員が出て行ってしまい、後に来る者を拒む原因がこの部屋らしい。


 担当のM・M氏と中に入る。構造はどの部屋も同じで、入口から続く廊下の左手にユニットバス、右側に小ぶりなキッチン。奥にフローリングの8畳間というオーソドックスなワンルームアパートだ。


「床は全部張り替えたんですか?」


「ええ。発見されたときはもう染みちゃってましたから。壁紙と併せて全部交換済みです」


「聞いてた臭いみたいなのもですね。2年前でしたっけ?」


「はい、そのくらいです」


 〇田〇明という30歳の男がこの部屋で腐乱死体となって発見されたのが2年前の夏。


 ウチの資料によると、〇田は都内の某声優専門学校を出てからフリーターとして生活していたらしい。ここに入居した当時はパチンコ屋のバイトで働いていたが、欠勤や遅刻が多かったせいで稼ぎは少なかったという話だ。


 また人間関係にリセット癖があったようで、友人もなく親とも疎遠。

 夢にしていた声優にしても、オーディションを受けるでもなく、劇団に入って地道に進むでもなくという状態で、未練があるのか無いのか、ただただ無為に新作アニメやゲームを食いつぶすというような感じだったらしい。


「あのときは大変でしたよ。なんせ田舎の家族が引取拒否なんかしちゃうもんだから、そりゃもうアレで…」


「あ~。お察ししますわ」


 話しを聞き流しつつ各所をチェックしていく。廊下、バスルーム、リビング…ここに問題はなさそうだ。

 となると、残る個所はクローゼット。百葉箱のようなフルルーバータイプの白い引き戸が2枚ある典型的な単身用クローゼット。ここしかない。


 迷わず、そして勢いをつけて一気に開けた。


「…うん。なるほど」


「どうしました?」


「いやなに。綺麗になってますね」


「ええ。清掃とリフォーム費用は向こうに全額負担させましたから全部変えてあります。相当渋りましたけどね」


 使われていないせいでまだ新しい匂いがするクローゼットの隅に体育座りをして屈みこむボヤけた黒い影。

 おそらくコイツが〇田〇明…。


「うん。悪くないんでちょっと社長に電話します。上手くいったら決まるんで、申し訳ないすけど外してもらえますかね?」


「ええいいですよ。車で待ってるので終わったら来てください」


 相手の電話を聞かないというビジネス上の暗黙の了解を利用するは、この場で片付けられると判断した場合にのみ使う手だ。

 今回も動かすことは容易いだろうと思い、電話を片手に俺は段取りを整え始めた。




―――




「あぁY社長。これ大丈夫です。すぐどかせます」

 

『そうか。物件の方はどうだ? 臭いは?』


「全部綺麗になってますわ。臭いも本体どかせば消えますね。募集かけりゃすぐ埋まると思いますよ、ただマルの値段がちょっと高いと思うんで、そこら辺の交渉は頼みますわ」


『間違いなさそうか?』


「大丈夫ですね。これだけ綺麗なら女子大生の巣にでもなりそうです」


『ガハハ! そりゃあいい。じゃ後で行くから、任せたぞS』


 話をすぐ横で聞く地縛霊の心境など知ったことではない。いつまでも未練たらしくしがみついている方が悪いのだ。


 電話を終えた俺はポケットからジップロックのビニール小袋を一つ取り出した。


「さーてと。ちゃっちゃとやりますかね」


 事のあらましは、つまるところ孤独死。


 2年前の夏、昼間から深酒をして寝たせいで部屋の中で熱中症になって死んだ○田○明。

 仕事も休みがち、そのうえ親しい友人もいなかったせいか○田○明が消えたことを誰一人として疑問に思う者はいなかったという。


 コイツが発見されたのは死後20日以上経ってからのことで、複数の住人が日に日に強くなる異臭と大量発生したハエの事を大家に苦情したことがきっかけだった。


 大家が警察同伴で踏み込んだところ、腐乱してドロドロに溶けた○田○明がクローゼットから雪崩落ちるほどのアニメ雑誌やゲーム、アダルトDVDの山に埋もれるようにして、床に文字通り広がっていたらしい…。



 〇田〇明の地縛霊は開け放たれたクローゼットの隅にじっとしている。形はボヤけていて顔の判別はおろか性別さえもわからない。もはや霊というよりただの影だ。


 死に際に体か心が弱っていた場合はこのタイプになりやすいと経験から知っている。逆にはっきり見える場合は健康な時に突発的な事故などで死んだとみて概ね差支えない。


 そしてボヤけていたほうが、対処が楽なのも俺は学習済みだ。


「おいテメエ聞いてるか。クセーんだってよオタク野郎。そこにいつまで引きこもってんだ、あぁ? 霊になってまで腐んなボケが」


 発見当時の入居者が、直接的な腐乱臭にあてられたことで全員転居してしまったことは分かっている。そしてその後、この部屋が特殊清掃と全面的なリフォームを施されたことも。


 にも関わらず新しい住人が入ってこない事には理由がある。

 それは「もう一つの臭い」というやつだ。 


「人間の鼻にはよ、クサいって感じる臭いの他にもう一つ、感じられる臭いってのがある。よく言うだろ、危険な感じをキナ臭いとか、リッチな雰囲気を金目のニオイがするとか。そういうことよ」


 影に語りかけつつ俺はジップロックを開け、塩と米を掌にのせて突き出す。


「テメエがクセーってのは肉の腐った臭いの方じゃなくて、そっちの臭いのことだ。テメエの腐ったオタク臭とボッチ臭がこのアパート全体に染み込んでんだよ。だから誰も寄り付かねえ。入った瞬間に鼻がその臭いを感じて無意識に警告を出すんだ。こうなるぞってな」


 そうして俺は野球の投球フォームのように振りかぶり、手に握った塩と米を思い切り影に向かって投げつけた。


「オラアアッ! テメエふざけんじゃねえぞコラァ!」


 影を素通りして壁にバチバチと当たる塩と米。直接当たることはないが今の一発で心なしか影が少し薄くなっている。

 確信した俺は袋の中身が空になるまで何度も何度も投げつける。


「声優何だか知らねえがキモイんだよオタクが! いい年こいてアニメとかバカじゃねえのか! 30っつったら普通ガキもいる年なんだよ! 死んでも甘えてんじゃねえぞゴミ野郎!」


 抵抗する素振りもなくどんどん薄くなる影。生前、意志の弱い者は霊になっても弱いままと決まっている。


 この○田○明という男が夢見ていた声優になれなかったのも、死後すぐに見つけてくれる親しい友人を作れなかったのも、おそらく意志の弱さがあったせいだったのだろう。


「テメエの親は死んでもテメエなんかいらねえんだってよ。どういうアレがあんのかは知らねえけどな、死んでも伝えたい事とか叶えたい夢があったってんなら…死ぬ前にやっとけやコラアアアッ!!」


 全力投球。最後の一発はそんな感じだ。

 爆竹か何かが弾けるような音が室内に響くと同時に、○田○明の影は消え去った。


「ハァ。ったく、オタクってのはどうしてこう中途半端なのかねぇ。バカじゃねえの」



---



「終わりましたよ」


『お、早いな。もう終わったのか』


 電話でY社長に報告する。俺の仕事は終わりだ。

 

『いま向かってるからもうちょっと待っててくれ。俺も中見るし』


「わかりました。あ、それとちょっとホウキとチリ取り持ってきてもらえます? アレ使ったんで」


『神棚のやつだろ。わかった、持ってく』


「すんません」


 神棚に丸一日備えた塩と米と酒を混ぜて乾燥させた物。それが今回俺が使った道具だ。


 ザコみたいなヤツは投げつけて消すことができるし、四方に盛ることで簡易的な結界も作れる。俺みたいに信心深くないやつでも扱えるうえ、量産可能で安上がり。使い方は万能というお手軽グッズだ。



 …地縛霊だった○田○明が復活することは恐らくないだろう。 

 もともとあそこまで存在が薄くなっていた場合、消滅は時間の問題だったはずだ。


「死んでまで何にも残せないなんてな」 


『ん? なんだって?』


「いや別に。とりあえず換気しときますわ」


『おう。10分くらいで行くから繋いでおいてくれ』


 目をやったクローゼットにはもう影は見当たらず、俺が撒いた塩と米が散らばっているのみ。

 ○田○明、最期の意思を俺が消したかたちだ。


「生きてても死んでてもおんなじようなやつだったんだろうな。アホらし」

  

 機械的に扉を閉めた俺は、車で待たせているM・M氏の元に歩みを進めた。




 その後、かなり強引な値切りでアパートを買い取ったY社長は、俺の言ったことを真に受けてなんと女子大生専用のアパートとして入居募集を出した。


 もともと小洒落た建屋をさらに女子好みに改装したおかげでほどなく満室となり、トラブルの報告もないようだ。


 

 社長はわざわざ家賃を手渡しに設定して、毎月来る女子大生にニヤニヤしながら受け取っている…。

 

 物件2 終

 

 5000字チャレンジ企画 第2回。


 ボッチオタの末路www哀れwwww


 孤独死ということで老人にしようかと思ったけど、S君のサド性が活きないのでやめた。


 気が向いたらまた書くよ。 

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