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物件11 念樹木

 初めて社外からの除霊仕事が入った。

 経営者が集まる飲みの席で社長が俺の存在を口にしたらしく、ならばととある物件を見てみることになったのだ。


 社長とともに通された応接間、自称経営コンサルタントを名乗る家主のW・A氏は、一目で「その筋の人間」と分かる雰囲気をしていた。


「コイツが話に出したSです。まだ若いですけど本物なんでひとつ試してみてください」


「よろしくお願いします」


 都内I区の某住宅街。三階建てで庭には桜や梅が植えられている結構な豪邸。土地は100坪、築は20年ほどといったところだろうか。


 この物件の問題は事前に社長から説明を受けている。


 W・A氏とその家族がここに入居して1年。その間にまだ3歳だったペットの犬が急死し、同居していた70代の母親が認知症を突然発症。さらに妊娠した妻が流産して病み、小学生の2人の子供まで原因不明の体調不良で入院となったという。


「ハウスダストとか接着剤の化学物質とか疑って、舎弟企業の内装屋に全室の壁紙交換と除菌クリーニングやらせたんだ。でも一向におさまらねえ。正直、俺もどうしていいかわからねえんだ…」


 疲れ切った背中が実に弱々しい。年齢は40代らしいが人間の持つ圧は60代にも感じられ、目つきの鋭さを失うまいと虚勢を張っているのがすぐ見抜けるほど消耗している。


「分かりました。まずは家の中をよく見せもらいます。プライベートな空間も見せてもらうんで一緒に回ってください」


 俺と社長、そしてW・A氏でまずは下階から見て回る。


 三階建てにありがちな構造として、庭とつながる一階部分はガレージや物置スペースとして利用していることが多く、この物件もどうやらそのような造りらしい。


 コンクリートうちっぱなしのガレージには純白のEクラスが停められていたが、車検切れでホコリをかぶり、住民同様、威圧感はすっかり消え失せていた。


「越してきたときにここでバーべーキューしたんだったな…。こんなことになるなんてその時は夢にも思わんかった」


 家族の思い出をこれから紡いでいこうと希望にあふれていた瞬間。それがわずか1年でボロボロに瓦解するとは普通は考えない。


「どうだS、何か居るか?」


「うーん微妙っすね。妙な感じはしますけどハッキリしません。とりあえず他当たりましょう」


 二階。玄関横に先ほどの応接間。そのまま進むとリビングダイニングキッチン。風呂トイレもこの階にあって、水回りと普段を過ごす団欒の場所が詰め込まれている。


「弟分にも霊感ちょっと強いってやつがいてな。そいつがウチに来たがらねえし、連れ込んでもすぐ帰っちまうんだよ。理由を聞いても毎回はぐらかされちまって。俺には分からんがどうだこの家は?」


 忌憚のないことを言わせてもらうと、俺ももう帰りたい気分。

 実は最初に敷地内に入った瞬間から息苦しさを感じていた。綿を喉に詰め込まれているというか、ジワジワと毒に侵されているというか。とにかくこの場所にいてはいけないと俺の感覚が警告を発し続けている。


 三階。

 ここはベッドルームや子供部屋といったプライベートな階の様子。


「ペットの犬が越してきたひと月目で死んだのがこのベッドの上だ。前日の夜までなんてことなかったのに朝起きたら足元で冷たくなっててな。子供も二人大泣きしてその日は学校休ませた。まさかその犬の霊が原因じゃないだろうな」


「大丈夫ですね、何も居ません。子供部屋も変な感じは受けませんでした」


「そうか。じゃあ一通り見て何が原因か分かったのか?」


「仮説くらいはなんとなく。とりあえず考えをまとめて話したいんで、この家から出てどこか落ち着ける場所に移動しましょう」


 首筋のイヤな感じが強くなってきている。

 適当な理由をつけてでも、俺は一刻も早くここから移動したかった。


~~~


 通り沿いのドトールでコーヒーをすすりながら推察を説明する。

 店内にあふれる生きた喧騒があの家から引きずってきたイヤな感覚を洗い流してくれているようで、自分では気づかないだろうがW・A氏も先ほどより幾分か顔色が良い。


 敷地に入った瞬間から感じる妙な息苦しさ。そしてたった一年で家庭をここまでぶち壊す強さ。

 並みのモノではないが霊の姿はとらえられない。


 以上の条件と俺の感覚から判断して、これはおそらく…。


「呪い!? いったい誰がそんなことを?」


「さあ、俺には分かりませんけどW・Aさんの方で心当たりとかないですか? 」


 反社会的な商売に恨みはつきもの。原因となる人物や事柄はW・A氏のなかではひとつやふたつじゃないと思う。

 しかし、その程度の邪念が複合したところでこれほどまでに急激で、強力な障りを起こすとは考えにくい。


 単純な妬みなら隣でピンピンしているY社長の方がもっとかっているだろうし。


「直接的に害をなす呪詛をかけられてしまったとみていいでしょう。呪われると弱いものから順に倒れていきます。最初は犬、次にお年寄り。さらに妊娠した奥さんと子供…。合点はいきますね」


「呪いねえ。そんな物ホントにあるのかS?」


「もちろんス。誰かを指さして面と向かって悪口言うだけでそれはもう呪いと一緒なんですわ。言われた方は悪口を意識して引きずるでしょう? そういうことなんすよ」


 ピタリと当たらずとも遠からずな原因だと思う。

 問題は何に対して呪詛がかかっているか。仮にW・A氏に直接かかっているなら一番に問題が起こるはず。だが消耗さえしろ今のところ持ちこたえている。この線は消えた。


「となると家か土地になりますが。もし聞かせてもらえるんであれば、あそこに越してきた理由とか、その前の住民について知ってることとか教えてもらっていいですか? あなた最初に 『誰がそんなことを』 って言いましたね。なんとなく分かってるんじゃないですか? こういうことしそうな相手が」


 目線を落としてしばし沈黙するW・A氏。やはり心当たりが浮かんでいるようだ。


「前のやつらだ」


 懐から電子タバコを取り出しながらポツリと一言。そして、W・A氏は事のいきさつを話し始める。


「あの家は俺が前の住民を破産させてぶんどったやつなんだ。やるとしたらそいつらだろう」


 前の家主は裕福な老夫婦だったという。

 子供も孫も独り立ちして悠々自適。景気状況の回復で退職金を元手にした株転がしがあたり、十億単位まで資産を増やしていたらしい。


 証券会社の営業を買収して名簿を手にいれたW・A氏は、銀行から紹介された資産運用コンサルタントを装って夫婦に近づき、実体のない架空会社の株に投資させる手口で夫婦の資産を根こそぎ奪い取ってしまった。


 破産手続き後に夫婦がどうなったのかは知らないが、とにかくそのようないきさつであの豪邸を手に入れて現在に至る、と。


「年寄りの分際で欲かくから騙されんのさ。あの家もしみったれた老いぼれより、子持ちの俺たちが住んだ方が有効に使えるし、若い連中が多い方が地域全体の評価も上がる。そう思うだろ、お前も」


 笑みを浮かべて自慢げにすら見えるW・A氏。怒りというより人間としての嫌悪感が先に立つ。

 浄化を断ろうかなと思った矢先、俺の顔を一瞥したY社長がそれを見透かしてすかさず合の手を入れてきた。


「ガッハッハ! その通りですな! いやお見事な手腕、ぜひとも参考にします!」


「さすが不動産屋。おたくは話が分かる、今度はサシでビジネスの話をしながら飲みてえな」


 仕事は仕事、感情は感情。その辺を割り切っている人間は強い。

 二人を前に沸いてくる言い表せない憤りの中に、自分の青さを感じた瞬間だった。


~~~


 再び物件に戻ってきた俺たち。

 原因が呪いであると仮定して、ある実験を試してみる。


 その前にちょっとした準備をひとつ。


「お、例の粉か」


「はい、これでW・Aさんを囲って影響を一時的に遮断します。そこからスタートです」


 このテストは人間の持つ無意識の抵抗力を利用して、自分にとって有益なものと有害なものを見分けることができるというもの。必然、害悪となる環境下では正確な判断ができない。


「よし、それじゃあいまからオーリングテストというものをやります。W・Aさん、どっちの手でもいいんで人差し指と親指をくっつけて輪っかを作ってください。俺はそれを開こうとしますから、オープンしないように力を込めてたえてください」


 やったことはないが、これを応用するとこの家のどこに問題があるのかをある程度特定することも可能になるのではないか、という実験だ。


「じゃあまずは一階でやってみます。いいですか、開かないように力を入れてください」


「おう」


「それじゃあいきますよ、おらあああ!!」


 …開かない。俺は両手を使って結構な力を入れているがびくともしない。


「おい結構つかれるなこれ。二階三階でもやるのか?」


「そうです」


「勘弁してくれよ…」


 次は二階。リビングスペースの真ん中で試す。


「ふん!! このやろおおおお!!」


 開かない。体格的に差があるワケじゃないが、なんとなく負けた気がして面白くない。


 続いて三階。


「ゴラアアア!! 調子のんなああああ!!」


 ここも開かない。


「チッ! クソが!」


「なあお前、悪口言ってないか?」


「気合っすよ。残るは庭ですね。やってみましょう」


 赤土に芝生が栄える庭に下りたとき、俺の感覚が違和感をとらえた。

 多分、ここに何かある。


「じゃあテストしてみます。いきますよ!」


 オラア!! …と、言う前にアッサリ指が離れてしまった。W・A氏も何が起きたかわからず驚いている。


「も、もう一回! なんだこれ!?」


「いいすよ。ハイっと!」


 またも簡単に離れた。やはりこの庭に原因があるようだ。


「多分、何らかの呪物があると思います。調べてみましょう」


 手分けしてそれっぽい何かを探し回ることしばし、植えられた桜と梅の木にようやく原因を見つけた。黒く塗られたステンレスのが針金が一本、細い幹にギチギチに食い込んでる


「こんなものいつの間に」


「こっちの梅の木にも似たようなのが巻いてあるぞ。Sこれはいったい?」


 『念樹木ねんじゅもく』または『念咒卜ねんじゅぼく』という呪い。樹木に苦しみを与え、それを対象にフィードバックする依り代法の一種。


「単純な呪法ですが強力なやつです。敷地に入った者に無差別に、四六時中苦しみを送り続けるんすから、どんな強い人間でもいずれは耐えられなくなりますわ」


 おそらく追い出された老夫婦の最後の抵抗。せっせと世話をして春には花を愛でたであろう庭木に、自分たちの持つ恨みや悔しさを託したのだ。


「あの老いぼれどもふざけやがって! こんな木なんざすぐ切り倒してやる…!」


 憤りを見せるW・A氏。自分がどんなに恨まれているかまだ分かっていないのか。


~~~


 帰りがけに領収書のない報酬を受け取る。

 外注初仕事となうえ、満足したW・A氏よりいくらか色まで付けてもらったが、俺の気は全く晴れない。


「浮かない顔だなS。寿司食い行くか? 焼き肉、いやウナギもいいな」


「…」


「まぁ、なんだ。そんなに気落とすな。仕事と割り切れ。あんなヤツどの業界にもゴロゴロいる。いちいちマトモに受け止めてたら持たん持たん」


「…切るんすかねホントに」


「は?」


「あの人、呪詛のかかった木マジで切るんすかね」


「お前…針金取ったじゃないか。終わりじゃないのかそれで…?」


「祝詞は唱えてませんから解けてませんわ。ま、時間がたてば普通の木に戻りますけどね、当分は呪いの木のままです。それを切っちゃうと…どうなるかなぁ…」


 あの家屋敷は相当な価値。相続人がみんな倒れている状況で家主を失えば介入するのは容易。


「しばらくはチェックしてみてもいいんじゃないすかね。空いたら空いたでラッキーくらいの感覚っすわ」


「まったく…。お前だけは敵に回したくないな、ガッハッハ!」


物件11 おわり

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