物件10 廃寺
いきなりだが、いま俺はN県に来ている。
特別何ということのないタイミングで有休をまとめ取りして都合4日の休暇願いを出した。きっと今頃ホワイトボードを見てAのやつが騒いでいることだろう。
「新幹線が直通になって助かるぜ。鈍行乗り換え面倒くさかったからな」
真新しく整備された新幹線の専用駅。しかし箱物ばかりが立派なだけで周囲はまだ全く何もない状態。行政と地方の連携が取れていない証拠だ。
新幹線が通るとその地域の地価は上がる半面、ストロー効果という現象で人口が都会に吸い上げられるように流出しやすくなってしまうと聞く。田舎はこうして過疎化していくのだろうか。
ナビ付きのレンタカーを借りて目的地へと向かう。山方面に向かうにつれて次第に道が細くなり、集落の数も減っていく。辺鄙な場所に行くたびに、よくぞこんなところに住んでいるもんだと毎回思う。
そうして道のどん詰まりにある一軒の民家に到着した。
築は多分50年以上。雪国に見られる傾斜のきついトタン屋根、腐食防止のタールがところどころ剥落してくたびれた板壁が、長年過酷な風雪に耐えてきた年季を思わせる。
出迎えてくれたのはO・Wさんという派手な格好の太った四十路の女性。
「Sです。お久しぶりっす」
「あーいらっしゃい。注文もらった品はできてるから、あがんなさい」
挨拶もそこそこに奥へ通され、数枚の札と袋に入った小物類を見せてもらう。
O・Wさんと俺は注文者と製作者というビジネス的な間柄で、ここで仕事に必要な物を用立ててもらっている。先ごろ覚醒剤の過剰摂取で地縛霊になった○山○絵を消滅させる際に使った札や、霊道の霊を不可視化させるために用いた品もここでオーダーメイドした物。
価格が高いゆえあまり買いたくはないが、ストックが切れてしまったものは仕方ない。ちょうどよく入った人形屋敷ボーナスを握りしめて訪ねたというワケだ。
「いつも効果はバッチリですわ。一発で消えますよ」
「でしょうね。作るのも結構大変だし、効いてくれなきゃコッチも面白くないわ」
手土産として持参した有名百貨店の煎餅をバリバリと無遠慮にかみ砕いてはお茶で流し込むO・Wさん。この人を一言で表すならば、身長の低いマツコ・デラックス。あるいは服を着て歩いているスターウォーズのジャバ・ザ・ハット(メス)か。
「じゃあさっそくお代を頂くわよ。伝えた通りしめて80万」
「相変わらず高いっすねー」
「生意気言うんじゃないの。『屋付き』のよしみでこれでも特価で出してやってるんだから感謝なさいよ」
企業と契約して活動する占い師。政治家と組んで狙った相手に呪いをかける呪詛師。自治体専属で都市計画を監督する風水師…というように、単独ではなくどこかに属する形態をとって活動している輩を同業同士で『屋付き』と称していて、かく言う俺もまた『不動産屋付き』の除霊師という肩書き。
そしてこのO・Wさんもまた『屋付き』で、表向きは全国の神社を管理管轄する神社本庁の職員ながら、実のところ現代の日本でおそらく最高の札師。
とんでもなく強力な効果を持つ呪符や札を書けるとあって、本庁系列の神社はもとより〇見稲荷大社、〇岡八幡宮、〇雲大社といった単立系神社からの依頼を受け持つ傍ら、見合った金額を払えば他の宗教法人や企業、果ては俺のような外部からの製作にも対応してくれる。
正直、除霊仕事はこういう人がいるからスムーズに成り立っているようなものだ。
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「…結論から言うとやめときなさいよ。アンタ、マンガかゲームに毒され過ぎ」
浄化したBB弾やゴミ屋敷で手に入れた守り刀で霊に直接干渉できないものか。先日の人形屋敷の一件でそんな考えが俺の頭に浮かんだのは当然のこと。
もしこの手が有用だと分かれば霊をこれまで以上に簡単に、安全に排除できるようになる。何か知恵のようなものがないか来たついでに教えてもらうと思ったのだが…。
「確かにアンタの言うように依り代がある相手なら物理は有効よ。魂は肉体に引っ張られるからそっちを破壊すれば同時に浄化もできるでしょうね。でもこの程度の品じゃ単品相手はダメよ」
守り刀の現物を前に『この程度』と吐き捨てられてしまった。
「一応アタシは札作りを生業としてるから 仕事の範疇で奉納された人切り刀とか何百年も前の妖刀とか言われる物に触れたことあるけど、これはそんな力のあるような代物じゃないわね。まさにお守りの延長よ」
「でも一応魂は入ってるみたいなんすよ。もしかして付喪神になりかけとか?」
「江戸期の刀なんか専門店にゴロゴロしてるわよ。それがみんな神様になってるとでも?」
「ですよねぇ…」
O・Wさんの見立てだと、確かに魂らしき物は入っているものの、それは作刀のときに刀工が念を入れて用途に合った使われ方、つまり守り刀として立派に役目を果たせるようにと願った残留思念の一環だという。
そのようなことまで気を配れる腕のいい刀工に作られたことは認めるが、刀自体は明治大正期の作りでそこまで古いものではないらしい。
「それにこれはね、邪気から守るため物であって積極的に祓うように作ってない。そんな使い方してるとすぐバカになるわね」
アイコスの煙を鼻からふかしながら、つっけんどんに返されてしまった。
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一時経って、いま俺はO・Wさんをレンタカーに乗せてとある寺に向かっている。ここに来たついでということで、急遽O・Wさんからの除霊の依頼を受ける運びになったのだ。
「寺っていっても完全に廃寺。法人格も解散してるし墓も遷移してある。まだ何基か残ってるけど」
「出るんすかそこ?」
「アタシは感覚が鈍いからよくわからない。けどアンタなら多分なにか見えるかもね」
人里離れた山道を30分ほど走って杉林に囲まれた廃寺に着いた。
本堂はすでになく基礎を残すのみ。手入れされなくなって久しい敷地内には膝丈ほどの草が生い茂り、日の沈む前なのに杉の木の影で一面真っ暗。雰囲気は十分だ。
「ここを潰そうとすると重機が動かなくなって作業員も体調崩すらしいのよ。何か感じる?」
「う~ん、とりあえずめっちゃ濁ってますね」
「そう。じゃあパパっとやっちゃって」
この廃寺、数はそんなに多くないけど質が悪いのが居る。
草をかき分けて寺の裏手の墓地へと歩みを進めると…。
「うわこりゃひっでえ。放置墓ってやつか」
かつて霊園だったであろう場所は、低木が茂り苔がむす雑木林となっていた。
進学や就職で田舎から都会に出た若者がそのまま現地で家庭を持ったとき、遠い地方にある実家の墓参りにわざわざ行かなくなる割合はかなり多いという。
整備された交通網は人口の流出を加速させ、寺の収入源たる檀家の減少を招く。その結果、墓を管理できるだけの寺の財力までをも削いでいき…。
「最終的に連絡つかない墓を放置したまま廃寺、か。腐ってやがるな。放っとくのはマズいかも」
崩れた墓石の前にたたずむドス黒い影がいくつか見える。その姿は人の形を忘れたいびつな怨霊。これほどのレベルになると、ほぼ確実に霊障を起こす存在になる。
「アンタ見えるんでしょ?どうなの?」
「祓えはしますけど、ここまで歪んでると転生しないで完全消滅するパターンになりますね」
腕を組んでふぅん、と水蒸気を鼻から出し、ふてぶてしく睨みを効かせるO・Wさん。
数秒して、
「関係ない。消しちゃって」
と言い放つ。
「ちょっと先の話だけどね、台湾の企業と組んでこの辺一帯をロッジとか別荘地にする計画があるのよ。一時期死んでたH馬村のリゾートなんかもうバブル期並みに復活してるし、いまオーストラリア人とか中国人とかスキー場に半端じゃない勢いで来てるの知ってる? そういうチャンス逃したくないのよ」
O・Wさんは製作環境の都合で山奥に引きこもってはいるものの実際、カネの入りが半端ではない。
立場上、収入を秘匿されているのをいいことに、代金のかわりに大企業から前情報を要求してインサイダーで株を買いあさり、それを元手に全国に土地や物件を抱えての不動産投資を行うようになった。
「伝えたい泣き言があるのかもしれないけど、それで死んだ者が生きてる者の邪魔しようなんて図々しいわ。アタシは札が書けるだけで使えないから、アンタやっちゃいなさいよ」
「でも放置とはいえ人の家の墓を勝手にいじるのマズくないすか?」
「アンタねぇこの光景見なさいよ、もう何十年も誰一人として墓参りなんて入ってないわ。土地の名義はもうアタシに変わってるんだし今更よ。全部サラにして転がしときゃいいじゃない」
出て行ったきり二度と墓参りに来ない親族と、形式的なことだけをとまとめて墓を崩す成金。どっちが悪いという問題ではなく、これはもう流れというやつ。俺がどうこう言える話ではなさそうだ。
「わかりました、じゃあ消しますわ」
俺の役割は放っておくと危険な霊を消すこと。『屋付き』の仕事はときに非情だ。
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誰かのご先祖様らを完全消滅させたあと、澱んでいた廃寺の空気は清流のようにすっかりキレイになった。草に埋もれた放置霊園に残されたのは形ばかりがある空っぽの墓石だけで、おそらくこの先、重機で撤去されるなり崖下にでも投棄されるなりの運命だろう。
ひとまずの礼としてO・Wさんの高級車で付近の温泉地にまで足を延ばす。しばらく休みは取ってあるし、また迎えに来てもらえるならこのまま俺だけどこかの旅館に置いてもらっても別にいいかもしれない。
「…ベントレーの、なんでしたっけ? 凄い車すねコレ。初めて乗りますわ」
「ミュルザンヌよ。この年式はアタシが日本で最初に買ったのよ、いいでしょう?」
他人の懐具合は詳しくは聞かないが、同じ屋付きの立場にありながらレンタカーの料金で眉をしかめる俺と比べてO・Wさんとはあまりに差があり過ぎる…。
「こんなに凄い車買えるんすから自宅の建て替えとかしないんすか? 不動産やってる目からしてもう頃合いだと思うんすけど」
「あぁそれね、やりたくても出来ないのよ。アタシはあの家で育ったから、あの場所、あの環境で作る札が一番強いし、それを維持するために長期間離れられないの。リフォームとか建て替えとかしたら全部ゼロからやり直し、わかるでしょそういうの」
「なるほど」
「まぁだからこういう車とか、外部の土地とか買って穴埋めしてるのかもしれないわね。持って生まれた業ってやつよこれがアタシの」
正直、俺のように自由に動ける立場がうらやましい。
つづく道中そんなニュアンスの言葉を何度か口にしていた。
「あ、そうそう。さっきの守り刀の話だけど、符をひとつ出してあげるわ」
そうして温泉街の駐車場で車を停めて降りようとしたとき、意外な一言が飛んでくる。
「あのまんまじゃ使えないけど単品を祓える力と耐久性を符で補ってあげれば直でもイケるかもね」
「マジすか?」
「自分のアイデアを試したいんでしょ。そういうの滅多にできないってアタシも分かるからね、協力してやるわよ」
バカにされたまま終わるのかと思っていたが、強化ベースとしての用途はあるらしい。腐っても刃物、何とかは使いようというやつか。
「フラフラ持ち歩いてて職質されても知らないけど」
「いえいえ十分ですわ、ありがとうございます」
現代最高の札師のバックアップとなれば心強い。道具がそろえば社内だけでなく外部からの仕事を受けられる。守り刀の実戦投入の模索はそうしたいがためなのだ。
「10万円」
「え?」
「有料よ。10万円、ほら」
…現実は世知辛い。
押し売り同然に有り金を奪われたものの、O・Wさんの作る符札の効力のほどは知っているだけに断るにも断れない。多分ちゃんと考えて作ってくれるだろうし、あっさり元は取れるはず。
休暇の残り日数の滞在費をコンビニで降ろして、いまはのんびり温泉につかることにした。




