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物件1 自殺

 不動産会社の中には、いわゆる「事故物件」を好んで扱う業者も存在する。


 事故物件は一般的な物件より割安になりがちなところが魅力なのか、業者はそういうものがあると聞くと営業を向かわせてできるだけ安く買い叩く。そして「処理」をした後に適切な市場価格で売りさばき利益を得るのだ。



「いやー、すみませんねぇ。こんな暑い中ご足労頂いて」


 先方の担当T・H氏がハンカチで汗をぬぐいながらエレベーターのボタンを押す。行先は最上階。


「いえいえ。それよりかなり立派なマンションじゃありませんか。本当にあの値でよろしいんですか?」


「えぇ構いません。もう何度も戻ってきてる物件なんで、こちらとしても手を焼いてるんですよねぇ」


 都内某所にある築11年の15階建てシティマンション。徒歩圏内に主要な駅やスーパー、学校、病院があり、幹線道路もすぐ脇を通っている。造りもかなり豪華で、最上階となれば中古でも仕切り5千万はくだらない物件だろう。


「ここです。どうぞ」


 開け放たれたドアからは、夏の密室で蒸された暑い空気がムワッと飛び出してくる。しばらく人の出入りがないことを示す湿った臭気がまた一層息苦しい。 


「あぁ暑い暑い。電気が来てないんで窓、開けますね」


 間取りは南向き4LDK。15畳のリビングダイニングと8畳が2室、6畳が2室という理想的な家族向け物件。ターゲットは中間層以上に向けられているとみていい。


「15階ともなると結構良い眺めですね。風入りも悪くないし、バルコニーも広い」


「でしょう? 水回りもかなり力が入ってるんですよ。気に入っていただけました?」


 担当のT・H氏はまた、ハンカチで汗をぬぐっている。俺にはどうもそれが暑さのせいだけではないように思えた。


「いいですね。悪くないです。ただ、やっぱりチェックはさせてもらいますわ、あの部屋」


「あぁ、やっぱり行かれます?」


「もちろんです。じゃなきゃ決められません」


 2室ある6畳間のうちのひとつ。そこが聞いている問題の箇所だ。

 T・H氏と共にドアの前までくると、ほかの部屋との違いがすぐ分かる。この部屋だけドアが新しいのだ。


「ドア、交換されてるんですね。床も一部リフォームしてあるようで」


「はい。清掃とリフォームは完璧ですよ。何があったかなんてもう分かりません」


 相変わらず汗をぬぐうT・H氏。しかしその手はハンカチをせわしなく動かしているだけで、ドアノブに触れようとはしない。どうやら自分で開ける気はないようだ。


 仕方がないので無遠慮にドアを開け、ズカズカと中に入ってみる。中はごく普通のフローリング6畳間。

 いくら見回しても、収納の扉開けて確認しても「それらしい者」はいないようだ。事故物件で起きる異音やトラブルの全てに変な者が絡んでいるわけではないし、むしろそういう所に住むという精神的な不安からくる気のせいというやつの方が多い。今回もおそらくその類だろう。


 この物件を転売すれば幾らの利益になるか、早くもそんなことを考えつつ出窓から外を眺める。

 そうして10秒ほど皮算用に浸ったのち、一向に入ってこないT・H氏を呼ぼうと部屋の入り口を振り返った。


「あ…」


「え、どうしました?」

 

 ハンカチを片手に立っているT・H氏の斜め後ろ。引き開かれたドアノブにそれはぶら下がっていた。


「あ、いえ。…なるほど。もう十分わかりましたわ」


「ほほう。決めていただけるんですか?」


「ええ。当社としては前向きに検討したいので、いま社長に電話を掛けさせてください。外に出てもらっていても結構ですよ」


「そうですかそうですか。ありがとうございます」


 相手の電話を聞かないのはビジネス上の暗黙の了解。それを待ってましたとばかりに足早くT・H氏は物件から出ていった。

 


---



『おうS。どうだ? どんな感じだ?』


 俺がいま勤めているのは都内の某不動産会社。規模は小さいながら手形ではなく現金決済というスタイルを貫いているおかげで、困った物件があると大手からもお呼びかかかるという、業界のちょっとした駆け込み寺的な会社だ。


 これをまとめているのが電話の相手Y社長。


 大柄で豪放磊落、金目の話に目がないがしかし判断力は確かで、失敗してもそれを挽回する胆力も持っているという頼れる男だった。


「立地と内装は申し分ないです。これであの金額なら買いですね。ただ、やっぱり情報通りドアノブで首吊って死んでます。リフォームしてある6畳間のドアのところにバッチリ居ますわ」


 この会社での俺の立場は営業。大学時代、事故物件を扱うにあたってどうしても俺のような人間が必要だと熱烈に説得されて現役で入社。卒業後もそのまま籍を置いている形だ。

 

『うぅん資料通りだな。なんとかなりそうか?』


「多分、大丈夫だと思います。あの手合いは力づくで動かせますから」


『そうかぁ。じゃあ頼んだぞ。何かあったら連絡してくれ。終わったら迎えに行く』


 短い会話だった。電話を長引かせると後が詰まるという社長の配慮だろう。それを汲んで、俺も早速仕事・・に取り掛かる。


「○石○男。47歳。4年前、自身の浮気と会社の不正経理バレが重なって書斎で自殺。子供は当時中学生が2人、いずれも女の子。自殺後は妻に引き取られてその後は不明。…バカなやつだぜ、子供の人生まで狂わせやがって」


 俺は6畳間の入り口のドアノブにぶら下がるそれに近づき、しゃがんで目線を合わせた。


「おいテメエなにやってんだよ。いつまでここにしがみついてるつもりだ、あぁ? テメエのせいでな、前に住んでたやつノイローゼになったってんじゃねえか。死んでまで人様に迷惑かけるってあり得ねえだろコラ。あぁん?」


 ドアノブにネクタイを二本縛って作った輪っかに首をかけて、足を投げ出しうつむいている中年の男。やや小柄な背格好と薄くなり始めた頭髪、くたびれたスーツ。一見どこにでもいるサラリーマン。それが○石○男という男だった。


「テメエが自殺して以来、ここに入ってきた家族は3件。いずれも1年以内で転居してる。高い金払って買ったマンションを手放さなきゃいけないやつの気持ち、考えたことあるか? 毎日毎日部屋じゅうウロつき回って脅したあげく、小学生の子供の夢にまで出て泣き言かましたそうじゃねえか。そんな話聞くとテメエが生きててもぶち殺してやりたくなるぜ」


 ○石○男は、死んでなお同じ形でそこに居るいわゆる地縛霊というやつだ。


 事故物件には往々にしてこのような輩が留まっていて、トラブルを起こすことがある。今回のようにただ脅したり、夢に出て恨みをまき散らしたりするのはまだ弱い方で、重篤な存在は時に火災などを起こして命の危機を招いたりする。


 事故物件に巣食うそういった存在を取り除き、新しい入居者が安心して住めるようにするのが、この不動産屋での俺の本当の仕事というワケだ。


「自殺の原因は不正経理だってなぁ。テメエの好きで金ごまかして女遊びしてんだからクビんなって、嫁から離婚の慰謝料請求されてもしょうがねえわな。娘と親に愛想もつかされるってもんだ。でもなぁ、だからって死んでまでこんなとこに居ても何の意味もねぇわ。迷惑だ、ハッキリ言って邪魔だ。とっとと消えろ」


 ○男は何の反応も示さなかった。

 ただただ、足を投げ出してへたり込んだまま焦点のつかない目線を遠くに追いやるばかりで、こちらの声に耳を貸そうとしていない様子。


「ふーん、あーそうかい。そっちがその気ならこっちもやることやるぜ。手早く片付けねえと怪しまれるからな。テメエにゃ悪いが同情なんかしねえよボケナス」


 俺は外にいるT・H氏に気取られないよう、しかし思い切り○石○男が投げ出している足のあたりを踏み鳴らした。

 途端にビクッという反応とともに、○男が足をひっこめる。


「アレ、な~にビビっちゃってんのぉ? これからだよ、立てやコラ! 失せろこの負け犬が!」


 右足でのローキックを何発かお見舞いする。当然スカスカで当たることはないが、死んでいる者より生きている者のほうが力が強いので、足が素通りするたび霊の方の力が奪われて存在が薄くなってゆく。


 たまらず○男が立ち上がって逃げ出すそぶりを見せた。


「待てコラ! 消してやるから大人しく死ね!」


 道中、殴ったり蹴ったりと追いかけるふりをして、さりげなく誘導したのはバルコニー。さきほど、物件を確認するふりをして少しだけガラス戸を開けておいた場所だ。


 地縛霊は思い留まっている場所にいる限り何度でも復活してくる。今散らして消したとしても一時しのぎにしかならない。

 

 しかし彼らはその場所から引きはがされると驚くほど脆くなる。この○石○男の場合、室内なら比較的動き回れることから、留まっているのはドアだけではなく一室全体とみていい。

 

 つまりどういう形であれマンションのこの部屋から追い出せば、後はどうにでもなるのだ。



 バルコニーに追い詰められた地縛霊○男。


 手すりに背を預けて、土気色の顔で恐怖のまなざしをこちらに向けている。首にある紫色の帯は首吊りの跡だろう。


「気色悪いことこの上ねぇな。とっとと楽んなれや!」


 俺は当たらない右ストレートを○男の顔面に叩き込む。この場合は威力より気合が大事だ。それによって弱いやつは吹き飛ぶことがある。


 ○男も例外ではなかった。

 

 肩まですり抜けた瞬間、ボールか何かが飛ぶような感じで○男はバルコニーの外にはじき出されて落ちていく。

 必死にもがいてどうにかしようとするも、空しく地面に落ちてそのまま消えた。


「カスが」


 仕事を終えた俺は15階からの都会の景色をすこし眺めて、外で待っているT・H氏を呼ぶことにした。



---



「○石○男ってのは、結構良いとこ勤めだったんですかねぇ…?」


 帰路、Y社長が運転する車の中での世間的な質問。


 あの後、無事に商談をまとめてめでたく手打ちとなったわけだが、物件が結構なだけにそこに住んでいる住人が気になるのは人心というやつだろう。  


「ん? うぅん大手商社の役職って話だ。あそこは最初、億してたらしいからな。○石は新築から入ったオーナーだし、相当良い稼ぎしてたんだろうよ」


「年収、何千万単位ですね」


「ローン組むとなりゃそうだな。まだ若かったのに大したもんだ」


「娘さんと奥さんって今どうなってるんすか?」


「さあ。知らんよそんなことまで」


 社長曰く、○石○男は複数の韓国人ホステスに入れあげた挙句、会社の金を不正に引き出して現地にホステス用の別荘まで購入していたらしい。

 

 家庭と会社とプライベートで全く別の顔を使い分け、それが詰まったとき、これからという娘を2人も残して自殺に逃げた身勝手な男だった。

 

「哀れというよりアホっすね。それで、地縛霊になってりゃ世話ねえや」


「まぁ人様の人生よ。俺らにゃ関係ないっと。おうメシでも食って帰るか」 


「寿司食いたいっす。回らないやつ!」


「いいぞ。ボーナス変わりだ、タンと食え」


「社長…そりゃないっすわマジで…」



物件1 終

5000字チャレンジ企画。


指定文字数内で一話完結スタイル。

いつまで続くかなぁ…www



気が向いたら書きます。


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