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Ace of Cup

作者: 香織

 吹奏楽部の演奏と、運動部の掛け声が遠くから響き、けれど周りがしん、としているせいで不思議と静寂を感じる。そんな昼間と夕暮れのちょうど中間の空間で、今までただ黙って右手を動かし続けていた彼女が、うーん、と伸びをするのが視界に入った。

「今日は誰も来なさそうだねえ」

 占い同好会に割り当てられた、校舎内で一番小さな面積を誇る空き教室。セミロングの髪を揺らしながら、千佳(ちか)がぽつりと呟いた。そのまま時計に目をやって小さなため息をつき、そして肩の凝りをとるように、上半身を上下左右に揺らす。

 夏休みが明け、けれどまだ涼しいとは言い切れないこの衣替え直後の中途半端な時期に、袖まくりもせずにきちんと長袖の制服を着こなしている千佳の額は、うっすらと汗ばんでいた。

「そうだな、先輩も補習でいないし。で、帰らねえの?」

 今日の放課後だけで何度も読み返し、飽ききった漫画をぱたんと閉じて、俺はそう問う。

「んーん、まだ。これ書き終わってから」

 千佳はそう言い、よし、と気合を入れ直して、机の上に並べた原稿用紙に向き直った。

 占い同好会だと言うのに、千佳は今、小説を書いている。占ってほしいという部外者か、もしくは占い大好きで活動時間中はそればかりに傾倒している熱心な先輩が来ない限り、毎日毎日、ずっとだ。

「よく飽きないな」

広夢(ひろむ)くんこそ。同じ漫画ばっかり何度も何度も読んでて、よく飽きないね」

 なんでばれてるんだ、ずっと文字書いてたくせに。こういうときばっかり、千佳には無駄な観察力が発揮される。普段鈍いからこそ、少し悔しい。一度閉じた漫画をまた開く気にはなれず、俺はそれを鞄にしまって、机を挟んで向かいに座る千佳の手元を見た。

 千佳の右手は、今時珍しいというか、少なくとも俺の人生史上では持っている人を初めて見るというレベルの万年筆なるものを握っており、綺麗な、けれど女の子らしい少し丸みがかった字を一マス一マス丁寧に並べつづけていた。原稿用紙を見つめる眼差しは真剣そのもので、時折その手の動きを止めては考え込んで筆先をぐるぐると回し、また文字を書き連ねるという行為を繰り返している。

 俺がその文字の並びを追っていると、千佳がハッとこちらを向いて、それから慌てて原稿用紙をかき集め、腕で隠した。心なしか赤面していて、しかも睨まれている気がする。

「……ちょっと、見ないでよ」

「ああ、悪い」

 目を逸らすも、千佳は原稿用紙を整頓し、クリアファイルに入れて鞄に片付けてしまった。今日はもうやめるらしい。悪いことをしたなあという罪悪感が沸くと同時に、そういえば今まで千佳が書いたものを読んだことがないなあということに思い至る。

 そして、兼部可能なこの学校において、何故占い同好会にしか入っていないのかと言う疑問が首を擡げた。

 この高校には、小説を書く場がないわけではない。年に四回は部誌を発行し、一部の部員なんかは外部でのイベントに赴いてそれらを販売しているという、むしろ立派なくらいの文芸部が存在している。

 それなのに、何故千佳は占い同好会というまったく関係のない場所で、小説を書いてるのだろうか。

 小説家になりたい、という将来の夢だというくらいは聞いている。けれどそれがどうして占い同好会の所属に繋がるのか、それがわからない。いつもは先輩がいて占いの話をしているか、占ってほしいという人が来てそれに対応するか、さもなくば千佳が書き終わるまでただずっと黙って漫画を読んでいるかのどれかだから、考えたことも無かった。

 万年筆を筆箱に片付ける千佳の膝に置かれたそれの中身に、その答えは書いてあるのだろうか。

「千佳」

「なに?」

「それ読ませて」

「やだ!!」

 ……傷つくくらい、即答で断られた。普段静かなくせに、今まで聞いたことのないくらいの大声で。しかもさりげなく鞄を胸に抱いて、ガードしている。心が折れそうだ。でもめげない。頑張れ俺。

「なんでだよ」

「は、恥ずかしいもん。やだよ。だって、私が書くものなんかぜんぜん下手くそだし」

「読んだことないのに下手くそだとか、わかるわけないだろうが」

「やなもんは、やっ!」

 ぷいっとそっぽ向かれた。子供かコイツ。けどすぐに、何かを思いついたかのような笑顔でこっちを向いた。

「そ、そんなことより。広夢くんには、好きな人とかいないのっ?」

「なっ……、急になんなんだよ?」

 焦った。話題の転換が予想の遥か斜め後方すぎる。しかも、よりにもよって、なんで千佳に訊かれなきゃならないんだ。けど千佳は、目を輝かせてずいっと顔を近づけてきた。

「だって、たまには男子の話も聞きたいもの。ね、教えてよ。中学のときの経験談でもいいから」

「意味わかんねーよ、なんでおまえに元カノの話しなきゃいけないんだ」

「あっ、いたんだー」

「うっ」

 千佳がにやにやと口元をゆるませる。くっそ。もうこれ以上は絶対に言わない。

「っつーか、そんなん先輩に訊けよ。そしたらわかるから」

雪菜(ゆきな)先輩に?」

 占い同好会の会長であり唯一の先輩である二年生の雪菜は、ひとつ年上の俺の姉でもある。雪菜の上の代は会員ゼロ、そのまた上が卒業した途端この同好会は存続が危うくなり、入れ替わりで入学した俺に無理やり入部届を出させた張本人でもある。占いに興味はないとはいっても、他に入りたいところも無かったし、それはいいのだが。

 そんな姉だから、雪菜は俺のことをよく知っている。周りの姉弟と比べても仲がいい方ではないだろうか。一方で、たったひとりの純粋な後輩である千佳を可愛がってもいるため、訊かれたら余計なことまで付け加えて答えるくらいするだろう。知られて困ることは別にないけれど。

 が、千佳は微妙な反応をした。

「違うの。私が知りたいのは人数とか、名前とか、そういう表面上のことじゃない。私が訊きたいのは、どんな子のどんなところを好きになって、どんなふうに一緒に過ごして、どんな感情を広夢が持っていたか、なの」

「どんな、って」

「それは雪菜先輩に訊いても、絶対にわからないでしょ? だって、広夢くんの気持ちだもん。だから、広夢くん自身に訊きたいの」

「そんなこと訊いてどうすんの?」

「私の小説に書きたいの!」

 はあ?

「そんなん、占いに来た人たちに訊けばいいだろ」

「だって、占いに来るのはほとんど女の子なんだもん。男子の気持ちなんかめったに聞けないじゃない。だから、広夢くんの話を聞きたいのー」

 千佳が体を横に揺らしながら、じっと俺の目を見つめてくる。いやいやいや。

「待て、すごくよくわからない。そもそも、なんで小説書きたいのに占い同好会なんかにいんの?」

「ふえ? 言ってなかったっけ」

「知ってたら訊かねえよ」

「そっか。それもそうだね」

 千佳は納得したようだった。えっとね、と前置きをして、千佳は笑顔で、でも恥ずかしそうにこう言った。

「私、小説家になりたいの」

「それは知ってる」

 間髪入れずに突っ込むと、むう、と千佳が「話に水を差さないで」とでも言いたげに唇を尖らせた。

「小説家って言っても、色々あるでしょ? ライトノベルとか、純文学とか。私はどんな小説も好きなんだけど。もちろん、どんなジャンルも好きだよ。ファンタジーもミステリーもホラーも、怪奇小説や学園超能力バトルものだって、なーんでも。でも、一番は恋愛小説。ドキドキして、胸がきゅーってときめくの。ヒロインに自分を重ねて、少しだけ夢を見られる。そして落ち込んでる時に、背中を押してくれる。応援してくれる。そんな小説を、私も書きたいんだあ」

「えっと……」つまり? と結論を促す。

「うん、つまりね、私は色々なカタチの恋愛を描ける恋愛小説家になりたいの」

「……恋愛?」

「うん」

 俺が復唱すると、千佳ははにかみながら頷いた。けれど、こう言ってはなんだが、千佳のガラではない。まず、千佳が男子と話しているのをほとんど見たことがないし、彼氏云々の噂話も聞いたことが無い。恋愛なんて、そもそも興味があったのかという驚きを感じる。

 だから、率直に疑問を口にしてみた。

「なんで?」

「なんで、かあ……」千佳が感慨深げにため息をつく。「あのね、恋愛って、おもしろいの。いろいろなカタチがあって、みんな違うのに、でも抱く感情はみんな同じ。誰も同じ気持ちにはなれないのに、誰にでも共感できる。ね? 素敵でしょ?」

 なるほど、言いたいことはわからないでもない。要は、恋愛というジャンルの中にもたくさんのジャンルがあるのに、結局登場人物たちが抱いている感情はすべて同じだというところが面白いと言いたいのだろう。けれどそれが何故、占い同好会への入会に繋がるのかがわからない。

 俺の心中を読み取ったのか、千佳は説明を続けた。

「ほら、この同好会って、一般生徒から占いの依頼っていうか、相談を受けることがあるじゃない?」

「あぁ」

 どんな占いも一切出来ない――やる気も無い――俺は見ているだけだが、ふたりがトランプみたいなカードで女子生徒を占ったり、ただ話を聞いて相槌を打ったりしている光景を、週に二、三度は見る。特に雪菜の占いはよく当たると評判らしいと、高校に入ってから初めて聞いた。千佳はまだ齧った程度だが、それでもお礼に来る子をたまに見かける。そのほとんどの内容を、俺は把握していない。千佳はそれを知った上でか、説明し始めた。

「女の子の相談って、大体が恋愛相談なんだよね。だから、いろんな人からいろんな話を聞けるの。友だちでもいいんだけど、惚気や愚痴と相談はぜんぜん別物だから。だから、占い同好会。私、聞いたことを自分のものにして、それを文章にしてるの」

「……それ、ただの耳年増って言うんじゃねえの?」

「わ、わかってるよ! でも、私自身のものじゃない感情の在り方も聞いてみたいから。どんなことをされてどう感じるかは人それぞれで、恋愛なんて特にそう! 私って言うひとりの人間だけじゃ、恋愛をいろんな方向から書ききれないもん」

「ふうん」

 俺の――別にそういうわけでもないのだが――気のない返事を聞いたからか、千佳が焦ったように付け加えた。

「そ、それにね。恋愛のことについて相談してくる女の子って、表情がくるくる変わるの。知ってた? 恋する女の子の照れ笑いって、ものすごく可愛いんだよ」

「……いや、まあ」笑顔でさえいれば大体の女子って可愛く見えるし、好きな子はどんな表情してても可愛く見えるものだけど。

「んー?」千佳がちょこん、と首を傾げる。

「いや、なんでもない」

 っていうか、おまえも女の子だろうが。とは突っ込まないでおこう。

「で、なんで文芸部には入らなかったんだ?」

 核心を突くと、千佳は目を伏せ、原稿が入っている鞄をぎゅっと抱きしめた。

「だって、読まれるの恥ずかしいもん」

「それ小説家になれないよな!?」

「ち、ちが……さっきも言ったでしょ、まだまだ下手くそなのっ。他人に読まれることなんか、考えただけで顔から火が噴き出て爆発しそう」

「そこまで恥ずかしいのかよ」

 だったら俺の目の前で堂々と書くなと言いたい。今まで興味を持たなかったとはいえ、何かのきっかけで見てみたくなるに決まっているだろうに。コイツのそういうところが、やっぱりよくわからない。

「そんなに見られたくなかったら家で書けよ、家で」

 俺がそう言うと、千佳がくしゃっと顔を歪ませて、泣きそうになった。

「やだー、お母さんが読んだらどうするのお……」

「いや、知らねえよ」

「誰に読まれるより一番恥ずかしいよ、だって自分の娘が恋愛に対してドリーマーで、しかも男女のどろどろした汚い世界を覗き見てるのが、読んだらわかるんだよお?」

 いや、ほんとに、コイツどんな話書いてるんだよ。

「それにね、してくれた話は、すぐに文章にしたいの。だって、恋心って脆くて儚くて、なのに濁っていびつなカタチで、その場で飲み込んで消化するのを待ってたら、もうそれは別のカタチになっちゃいそうなんだもん。だから、帰宅してからまでなんて待てないよ」

「えーとだな……」

 聞いたことをそのままそっくり書く必要はあるのか? とか、それは最早体験記じゃねえの? とか、色々な突っ込みどころのどこからつつくか脳内で考えていたら、千佳が唇を尖らせて、何故か拗ねたように、爆弾を放り投げた。

「だから、私が小説を書くのは広夢くんの前でだけだし、このことは広夢くんしか知らないんだよ?」

 ――っ。 

 今のは、ちょっと、反則でしょう。

「ね?」何故か顔をずいっと近づけてきて、上目使いでじっと見つめてくる。

「……はいはい、わかったから」離れろバカ。

「わかってくれたなら、よし」

 千佳はすっと顔を俺のそれから離してひとり達成感に満ちた表情になった。俺はといえば、千佳のせいで心臓がばくばくと大きく鳴りっぱなしだ。

「……あー、えー」そうだ、話題を変えよう。「そう、えーと、なんだ、うん。理由はわかた。でも、占い同好会っていっても、ミステリアスでオカルティックな集まりだったらどうするつもりだったんだ? 学校によってはそういうところあるだろ」

 俺が苦し紛れに訊くと、千佳はあっさりと首を横に振った。

「あ、ううん。それは大丈夫。だって、ここの同好会がどんな活動してるかは知ってたもん」

「へえ? なんで?」

「去年の文化祭で、ちゃんと見たの。……懐かしいなあ。志望校の文化祭に行くと、『来年は私もここにいるんだ』って考えなかった? まだ合格どころか受験もしてなかったのに」

「ああ、それはあるかもな」

 まだ中学生だった去年のことを思い出す。雪菜に無理やり連れてこられたうえ、占い同好会の小部屋に連れ込まれ、まだ生徒ですらなかったのに整理券配布の手伝いをさせられてもみくちゃになったことは、今でも忘れられない。

「それでね、いろんな部活を見て回ったんだ。もちろん文芸部も。最初は入ろうかちょっと迷ってた。でもね、占い同好会を見てみたときに、たくさんの女の子たちが、恋愛相談をしに来てたの。行列の中で、ほとんどの人が『恋愛について占ってもらう』って言ってた」

 あぁ、そういえば雪菜が「みんな占ってもらうのは好きなくせに、占う側にはまわってきてくれない」って嘆いてたっけ。

「文章を書き続けているだけじゃ感受性も人生経験も培えない。恋愛小説を書きたいって言っても、私ひとりじゃ感情の起伏幅とか経験量に限界がある。だから、いろいろな恋愛のカタチをつくるなら、ここだ! そう思ったの。だから占い同好会に入ったんだよ」

 占い自体にも、ちょっと興味あったし。千佳はそう言って笑った。

「あっ、でも雪菜先輩には内緒ね! そんな理由でこの同好会に入っただなんて知ったら、怒られちゃう」

 千佳が、「しいーっ」と口元に立てた人差し指をあてる。

「言わねえよ」

「お願いね」

 実際にウインクする人、初めて見た。

「で、話を戻すけど」千佳が両手で何かを持って、横に動かすようなジェスチャーをする。「今までは女の子の話を基盤に、女の子視点の話ばっかり書いてきたのね。でもたまには男の子の話も書きたいじゃない? けど、私は女子だから、感覚が違う部分がたくさんあるだろうし。だから、広夢くんの話を参考にさせてよ」

 ……ずるいとは思うが、わかっていながらもあえて言おう。

「他の奴に聞けばいいだろうが」

「……広夢くん以外にこんなこと訊ける男友達いないし、ていうか私がほとんど男の子と話さないの知ってるでしょ……」

 しゅーんとうつむき落ち込んだ様子の千佳から頂いた言葉は、嬉しいような、悲しいような、微妙な内容だった。うん、話をもう一度変えよう。

「で、いろんな人から話を聞いて、恋愛を書くのはやめようとは思わなかったの?」

「思わなかったよ」

 即答だった。えーとね、と千佳が一呼吸を置いて語り出す。

「とろけるような甘い想いももちろんある。でも、痺れるくらい苦くて仕方がない気持ちも、胸が張り裂けそうになるくらい酸っぱい思いも、時には体が熱くなるほど辛い体験も、恋愛は全部させてくれる。ただただ甘いだけのモノじゃない。相談者さんたちの話を聞いて、それがわかったよ。だから、むしろもっと書きたくなった。どんなカタチでも私が物語にして、こんな恋愛もあるしあんな恋愛もある、こんな想いを抱えているのはあなただけじゃない、その気持ちはおかしくないよってことを、いろんな人に伝えたいの。伝えられるようになりたいの」

 千佳はうっとりと、夢に想いを馳せているような表情で、ゆっくりと目を閉じた。

 千佳の話を聞いていると、なるほど確かに恋愛を書きたいがための占い同好会とは理にかなっている気がした。けれど、それを自分で書くとなると、決定的に足りない経験がひとつあるんじゃないんだろうか。

「あのさあ、千佳」

「ん?」

 閉じていた瞼を開き、千佳は首を傾げた。他人の、他人のを繰り返す千佳に、俺はずっと感じていた疑問を投げかける。

「さっきから他人の話がどうのこうのって言ってるけど、おまえ自身の恋愛経験はないの?」

「…………」

 あ、やばい、地雷踏んだかもしれない。千佳の顔が今まで見たことの無い怖い笑顔で凍った。

「……なんで?」

 その笑顔のまま千佳は、冷ややかな声色に無理やり抑揚を付けたような話し方で、たった一言、そう口に出した。俺は慌てて発言の取り消しにかかる。

「いや、特に深い意味は」

「な、ん、で、?」

 ……。恐怖に負けた。

「えーと……怒るなよ? 他の人の気持ちを聞いて書くのもいい経験かもしれないし、色々な話が書けるだろうけど、自分が経験した自分にしかわからない気持ちをそのまま書いた方が、リアリティが出るんじゃないかなと俺は思って」

「……」

 そう言うと、千佳の表情が見る見る間に苦虫を噛み潰したようになった。視線が右往左往して、唇を噛みながら口ごもる。ああ、やっぱり恋愛経験無いんだなと確信した。

 そのことが、少し嬉しかったりするのも、千佳が知りたい感情のひとつなのだろうか。絶対に言わないけど。

 と、いきなり千佳が羞恥心を誤魔化すかのように大声でかみついてきた。

「っていうかね! それだったら、なんで広夢くんがここに毎日来てるかのほうが疑問なんだからね? 雪菜先輩ですらたまに出張占い行ったりする以外でもお休みすることがあるのにっ」

「空き教室に女子一人にさせておけるかよ」という言い訳。

「私は一人でも大丈夫だもんっ。そのほうが集中できるしー」

 千佳がアッカンべーと舌を出す。小学生でも今時やらねえよ。コイツってやつは、本当に察せないんだな!

「邪魔なら悪かったな、でも別にいてもいなくても変わらないだろうが!」

「ならいなくてもいいじゃん、占いに興味ないんだからっ。幽霊部員なのかそうじゃないのか、はっきりしろー!」

「興味なかったら入ってる同好会に来ちゃいけないのかよ!」

「普通は興味無かったら入らないけどね。それに広夢くんの場合は人数合わせなんだから、別にいなくてもいいですぅー。わざわざ毎日来なくてもいいんだからねっ」

「毎日暇なんだよ、だからどうした!」

「早くおうちに帰って勉強でもなんでもしなよ。何? なにか毎日ここに来る理由でもあるの?」

 挑発するように言う千佳。ああ、もう!

「だから! 俺は、おまえとっ――」



「すみません、まだここ開いてますか?」



「――っ」

 突如がらりと開いたドアの音に、俺は慌てて口を閉ざした。千佳が立ち上がり、来訪者を迎え入れる。

「はい、占い同好会です! まだ大丈夫ですよ。雪菜先輩は今いませんけど、私でよければ」

「はい、お願いします」

 ぺこりと頭を下げる女生徒を受け入れ、千佳が俺を睨んだ。

「私今からこの人のお話聞くんだから、広夢くんは出て!」

「はいはい、じゃあ俺先に帰るけど、おまえもぼちぼち帰れよ。そろそろ完全下校だし」

「わかってるもん、じゃあね!」

 見知らぬ女生徒と入れ替わりで、教室から出る。後ろ手で扉を閉めると、遠かった喧騒を近くに感じた。野球部がバッティング練習をしているのが音でわかる。窓からは西日が差しこみ、廊下はすっかりオレンジ色に染まっていた。

 と、閉めたドアががらりと開いて、千佳が顔だけ出して口を開いた。

「あと、今度絶対に広夢くんの恋愛話聞かせてよね! 参考にするんだからっ」

 それだけ言って、ぴしゃりと閉められる。ふと口から笑いが漏れた。恋愛小説家? 恋愛を書きたい? バカ言え、一番恋愛に対して鈍いのはおまえじゃねえか。

 橙色の道を歩きながら、今日のことを振り返る。

 ――俺は、おまえと一緒にいたくてここに来てるんだ。

 売り言葉に買い言葉なんかで、最後まで言わなくてよかった。

 文章を書いているときの真剣な瞳だとか、夕陽が差し込む教室の暖かで静かなふたりきりの空間だとか。占い中に、詰め込んだ知識をフル回転させて、ちょっと焦ったり混乱したり、最後には安心した笑顔を見せたりとか。今日知った、夢を語るときのうっとりと、でもどこかキラキラした表情だとか。

 そういうのを全部ひっくるめて千佳のことが好きだってことは、まだしばらく黙っておこう。


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