恋敵ヤンキー
読書が好きな俺の幼なじみ。
俺はあんまり読書とかする方では無く、むしろ外へ出て行って走り回り、体を動かすことが好きだ。
しかし、それでも幼なじみとはずっと上手く行っていたと思う。それが、友だちという形だとしても、だ。実際俺は友だちになりたいわけじゃないが。
でも、今はもっと読書を楽しめるような人間だったらと思うようになっている。
俺の幼なじみには新しい友だちができた。それは男の友だちだった。しかも、学校ではちょっとした有名人だ。
なんてったって、不良なのだから……。
しかし、そのヤンキー。趣味は読書。
さらには俺の幼なじみが好きな作家を知っており、よく読んでいるという。
後々聞いたが、そのヤンキーの母親がその作家らしい。
と、いうわけでこの2人仲良くならないわけなどなかったのである。
相手がヤンキーという事できっかけはなかったのだが、本の事となると周りが見えなくなってしまう幼なじみは無謀にも話しかけに行ったのだった。
そして、いつしか2人は本を貸し借りし、その感想を言い合うような仲になっていた。
それを知ったのはとある騒動が原因だ。
そのおかげで、そのヤンキーとも話すことが出来た。
学校で言われているほど悪い奴でもなく、むしろ、良い奴だった。あの時のあいつの勘違いはおもしろかったけど。俺がゆいの彼氏なんてな。否定しなきゃいけなかったのが悲しくもあった。
良い奴で良いことはいいのだが、内心気が気ではない。いっそ、悪い奴の方が良かったかもしれないと今は激しく思っている。
なにせ、あいつは堂々と俺のライバル宣言に対抗してきたのだ。
敵が増えるのは誰だって嬉しくない。
でも、そんなヤンキーは俺の友だちにもなっている。
それはお互い鈍い想い人に四苦八苦しているからだ。
季節は冬。
高校3年生の俺たちは勝負の時である。
ここは図書館の一画にあるスペースだ。ある程度のお喋りが許され、勉強会をするのにもってこいの場所になっている。
「壬、お前国語の点数いいな……。」
「確かに、久瀬くんって国語得意なの?」
「まあ……。でも、国語だけな。」
「ホントだー。」
今日も集まって勉強会を開催している俺たちだが、今は勉強前に返ってきた模試の点数を見せ合ってワイワイしている。
「光介は数学が得意なのか?」
「まあ、俺も飛び抜けてんのはこれくらいかもな。」
そう言った俺を睨みつけているのは榎波久流羽だった。不機嫌な顔をこちらに向けているし、何だか恐怖を感じる。
「川岸は良いわよね、他の教科は平均よりだいぶ上で、しかも、数学が飛び抜けてるなんて。」
「光介くんは真面目だしね、昔から頭良かったよね。」
相変わらず鋭く睨みつけてくる榎波の横でさらに火に油を注ぐ様な発言をするのは俺の幼なじみ、橘ゆい子だ。
「橘はバランスいいな。」
「特に不得意分野もないですから。」
「その発言、イヤミだからー!」
榎波は頭を抱えてそう叫んだ。
周りからの視線が痛く刺さってくる。
いくら話すことが許されているとは言え、許されている声の大きさを明らかにオーバーしている。叫びなんて余裕でアウトだ。
「静かにしろよ。追い出される。」
「はいはい。」
まだふてくされていたが、声のトーンは先ほどよりだいぶ小さくなったのでとりあえず、良しとしよう。
「榎波は数学──。」
「それ以上は許さないよ、久瀬?」
「は、はい。」
おかしいな、俺の横にいるのは校内で有名なヤンキーのはずなのだが。俺の前にいる榎波の威圧にすっかり圧されてしまっている。
まあ、とりあえず模試の見せ合いはこれくらいにしておかないといろいろ面倒くさそうだ。そして、俺たちは本題に入る。
数学が特にダメな榎波は俺が教えて、国語だけが良い壬はゆいに教わることになっている。まあ、苦手教科上この組み合わせがベストなのだが、悔しい。
『こういう時ばっかりは勉強出来てないのもちょっと得かと思うぞ。』
『光介、それ敵増やすぞ。』
でも、と壬は嬉しそうに笑っていた。
『確かに得だ。』
その顔が本当に嬉しそうで腹が立ったのだが、その反面何だか良かったなと思ってしまった自分がいた。
図書館に来るでの会話を思い出して壬を横目で睨む。それに気がついたのかちょっと壬は誇らしげな顔をしていた。
調子に乗っているな。
ここは制裁を下す。
「い゛っ……。」
壬の足を蹴ってやると低いうめき声が隣から聞こえた。
「久瀬くん?」
「……何でもない。」
そして、そのまま何も無かったかのように勉強を始めたのだが、それからというもの机の下ではバトルが繰り広げられていた。
「おい、ここ積の微分法だろ。あとこれ、計算忘れてる。」
榎波は出来ないわけではないのだが、ミスが多い。それに勘違いしているところも多かった。
「慌てなければちゃんと出来ると思うんだけどな。」
「おっけい。ここの問題から集中する。」
そのまま集中モードに突入したのか今までになく張りつめた空気が榎波から放たれていた。
最初から頑張れよ……。
ふと、外を見ると雪がパラパラと舞っていた。
もう、こんな季節になってしまったのかと、時の流れの速さに驚く。
例年通り初雪が降り、そして、どんどん降り積もる雪。今日も明日もきっと寒くなるだろう。
放課後、こうして勉強会をするのは珍しくなくなっている。夜、下校時間ギリギリまで粘って勉強する。
1年生、2年生の頃は放課後にここで勉強する事はテスト期間に入ってからだった。3人で教え合いながら勉強していた。今は1人追加されたが。
いつしか、3年生になり、部活も引退してしまってやることは勉強オンリー。将来を真剣に考えなくてはいけなくなった。
いつまでも、こうして一緒にはいられないんだとひしひしと感じられるようになってきた。それは仕方のないことだと俺も分かっている。
だからこそ、今の時間を大切にしたいのだ。
ゆいとも違う道に行くし、その前にちゃんとしなければと考える。
大学はそう遠くないが、まあ、お互いに忙しくなってしまうだろう。
「物思いに耽って、どうかしたか?」
「もう、冬だと思っただけだよ。」
「そうだね。」
何となくしんみりした雰囲気になったが、1人発言がないことに気がつく。
「あれ、榎波?」
「久流羽なら寝ちゃった。」
先ほどまで今までにない集中力を発揮していたはずだった榎波は机に突っ伏して動かなくなってしまっていた。
そんなに時間は断ってないはずなのだが、これは一体全体どういうことだよ、榎波。
「そっちはどうだ?」
「久瀬くんは覚えるの早いですよ。」
何事もなくさらりと壬を褒める。
壬の顔を伺うと少し照れているように見える。
「橘の教え方が上手い。」
「光介くん、今の聞いた?」
嬉しそうに話すので壬のことを蹴飛ばすタイミングを失ってしまった。本当に羨ましい。
「良かったな。」
俺が言うとフワッと柔らかく笑った。
本当にこいつは分かっているのだろうか。
これだから無自覚な天然は恐ろしい。
きっと、隣にいる壬もそう思っているだろう。俺たちは散々こいつに振り回されているのだから。
「勉強、疲れたね。そうだ、冬休みどうする?」
「勉強。」
確かに壬の言うことも一理あるが、このながれ的にどこか遊びに行く予定とかじゃないのだろうか。
「そうだけれど……。せっかく4人こうして仲良くなれたことだから、1日だけどこかに行くのはどうかと思って。」
「そうだな。まあ、1日中じゃなくても勉強したあとでどっか行くのもいいと思う。」
そして、榎波に目を向けて続ける。
「1日中遊ぶと危なそうなやつもいるしな。」
当の本人は自分が何を言われているかなど知る由も無いだろう。もっとも、起きていたらこんなこと言えはしないのだが。
「そう、だね。」
ゆいは苦笑いだった。壬はさっきのこともあり、迂闊なことは言わなかった。
「久瀬くんはどこがいいと思います?」
まさか自分に来るとは思っていなかったのだろう。壬見るからに驚いて焦っていた。
「あ、え……。ゆ、ゆえんち。」
あまりの動揺に噛んでしまった我が同胞に悪いとは思ったが、声を殺して笑った。
「いいね!遊園地。パーッと遊んで思い出つくろう。」
それをきっと、素でスルーしてしまっているゆいの対応も相まって笑いが堪えきれない。
「お、俺もいいと、思う。」
必死に堪えていたが、隣からの視線が痛い。
「私も賛成よ。」
と、いつの間にか榎波も起きていてノリノリだった。
そんなわけで、午前……と言うより朝(6:00a.m.)から俺たちは榎波の家で勉強をしている。もちろん、午後には遊園地が待っている。
遊園地が一番近いということで榎波の家になった。しかし、こんなに朝早くからおじゃまして良いものかと思う。そんな事は杞憂だったが。
勉強のためにと言うことで、榎波家はウエルカム状態だった。まあ、何もなくとも家族は5時には起きていると榎波は言っていた。
「いらっしゃい!久流羽をお願いしますね。」
「はい、もちろんです。」
「ゆい子ちゃんいつもありがとね。」
ゆいは何度か榎波の家に来ているらしく、何となく雰囲気に慣れているようだ。
「で、どっちが久流羽の彼氏かしらー?」
「まじ!彼氏ぃ!?」
笑顔で尋ねてくる榎波の母親に、俺たちはわけが分からずただ玄関に立ち尽くしていた。女の人ってそういう話好きなんだな。
そして、玄関近くにあるが階段から突如として現れるもう1人の榎波さん。
「いやいや、どっちも友だちだから。あと、兄貴うるさい。」
榎波が照れもせず、呆れて言ったのでこの話は簡単に流された。
榎波の兄は「つまんねー」と言いながら部屋に戻っていった。
「ごめんねー。気を取り直して上がって。」
いきなりいろいろあったが、俺たちは榎波家で勉強会を開始した。
これから6時間近くみっちりと勉強した後、遊園地へと行く予定だ。それまでは何としても勉強である。
「どーよ、これ出来た。」
「おお、良いんじゃないか。合ってるよ。」
どうやら榎波もコツをつかんできたらしい。この間よりはかなり成長している。
「うん、久瀬くん合ってますね。」
ゆいたちの方も成長が見られるようだ。
「久瀬も遊園地パワーだよなっ。」
と、榎波は調子に乗って笑っている。壬を巻き込みながら。
というか、榎波は遊園地パワーって、今日限定じゃないか。
「まあ、残り1時間まで来たからな。と、ここで──。」
俺はゆいに目配せをしてタイミングを合わせ、机に紙を置く。
意味が分からないと訴える表情の2人。
「残り1時間で最終チェック。頑張ってくださいね。」
そう、これは俺とゆいで考えた総合チェック問題。最後の最後にこれをしようと決めていたのだ。
案の定榎波は渋い顔をし、壬もあまり表情は変わらないが嫌そうにその紙を見ていた。
しかし、遊園地とはすごいもので、2人は合格点をとったのであった。
「きたーーーー!」
「どこ行こうか?」
さっきまで死にそうな顔をしていたくせに、今はいきいきしている。ものすごく元気だ。
ゆいも嬉しそうにマップを見ているし、来て良かったと思っている。いつかは2人でもいいなとも思ったが。
「抜け駆け、なし。」
いつの間にか俺の隣にいたのは壬だった。
「それは約束出来ないかもな。」
「……ふん。」
「ちょっと、そこ!置いてくよ!」
女子2人組はだいぶ先に行ってしまい、俺たちはあとから追いかけることになった。
壬がいて良くはないのだが、こういう事も何故だか楽しいと思うのだ。
ライバルと言えばライバルなのだが、単純に壬が面白い人間だからかもしれない。それに、同じ想い人ゆえに分かり合える部分も多い。
しかし、負けるわけにはいかないけどな。
「よし、じゃあ、ジャンケンするわよ。」
俺たちが最初にやってきたのはコーヒーカップ。
どこに行くかと思えば意外なところをチョイスしてきた。コーヒーカップなんて最近乗ってない。
「4人じゃないのか?」
「久瀬分かってないなぁ。それもいいけど、なんかつまんないし。」
そう言った榎波が俺の方を見て意味ありげな笑顔を向けてきた。こいつ、分かっててこんなこと言っているのか。女子とは本当に恐ろしい。
せっかく榎波が作ったチャンス、ものにしないわけにはいかない。
「最初はグー、ジャンケン──。」
:
「どうして、こうなった。」
俺は向かいに座る壬に言った。
「俺に聞くなよ。」
「何が悲しくて野郎2人でコーヒーカップ乗らなきゃいけないんだ。」
「時の運。」
ジャンケンの結果女子と男子に2分されるという至ってシンプルなそして、悲しい結果となってしまった。
こうなったら、怒りの矛先は当然の事ながらこの乗り物に向けられる。
「限界まで回そうぜ。」
「分かった。」
:
「いやー、楽しかった。」
「あれ、久瀬くんと光介くんは?」
「まだ乗ってるのか?意外とこういうの好きだったりし……て……。」
目の前に見えたのは高速で回転するコーヒーカップだった。
かろうじてだが、見慣れた2人が乗っていることに気がつく。
(何やってんだあいつら……!!)
久流羽は驚きつつも呆れながら野郎2人のコーヒーカップを眺めた。
「2人ともすごいねー。」
(すごいの一言で片付けるあんたもすごいけどね。)
このあと2人がしばらく動けなかったのは言うまでもない。
「最初から疲れてどーすんのよ、まったく。」
「「悪かった。」」
説教を受けつつもまだ若干気持ち悪いので言い返すことも出来ない。それに、まだあまり喋りたくない。
無謀なことは止めるんだったな。
俺たちに気を使ってか、それからは激しい乗り物には乗らず、ゆったりとしたアトラクションに乗った。パレードを見たり、クレープを食べたりもした。
ジェットコースター乗りたいであろう榎波は少々不機嫌だったが、そろそろ俺たちも回復したので絶叫系巡りに突入する。
「やっぱ、遊園地は絶叫でしょ。」
「久流羽好きだね。」
「橘は平気なのか?」
「あー、ゆいはそういう系平気だよな。」
「そんなに怖いと思わないからね。」
ゆいは本当に絶叫系は得意だった。多分、楽しみ方が他の人とは違うと思う。いつの時か、遊園地で絶叫に乗った後、「いい景色だった」と言ってた。
ジャンケンの結果俺は榎波の隣だった。
「ごめんねー。」
言葉とは裏腹に顔はニヤニヤしていたので許せることは出来そうにない。
「久瀬くんは絶叫系好きですか?」
「……別に。」
前の列に座っている2人の会話が聞こえてくる。その時、もやもやとしてしまう俺は本当に余裕がなくて、ヒヤヒヤしてるんだという事が嫌でも分かる。
「橘は何が好きなんだ?」
「高いところかな。」
「なんで?」
「景色を見るのが好きなんです。」
「へー。」
「『廻らない季節』に出てくる2人が絵を描く場所も見てみたいと思うからかな。」
「似たような所を見つけるのも楽しいな。」
「久瀬くんも?」
「物語にでてきたところを想像して現実と照らし合わせるのも本の楽しみだと思う。」
「ですよね。」
そして、ジェットコースターが動き始めた。
怖かったとか、すごかったとか、あそこの回転はすごかったとか、普通ならきっといろいろ感想が出てくるだろう。
だが、そんなこと思う暇もなく、終わってしまった。
その後一通りアトラクションに乗り、空も赤くなってきてそろそろ帰らなければいけない時間も近づいていた。
「じゃ、最後はこれで。」
目の前にあったのは大きな観覧車だった。
この時間帯は眺めがいい事でそれなりに人がいた。といっても、人というのはカップルということだが。
そんな中、俺はゆいと2人で乗ることになった。
緊張で外の景色ばっかりを見ていた。ゆいも何も言わないで外の景色を見ていた。何となく、気まずい様な気がする。
「後半、元気なかったけど、大丈夫だった?」
心配そうな声色に正面にいるゆいに目を向けた。
沈んでいく夕日が眩しくて、でも、それがきれいで。
「いや、大丈夫。」
自分の心を落ち着かせながら言う。ちゃんと笑っているだろうか。
本当は大丈夫なんかじゃない。
やっぱり、壬といるゆいは俺といるゆいと少し違って、それがどうしようもなく俺の心を引っ掻き回す。
「光介くんは嘘が得意ですね。」
「……な。」
「分かるよ、幼なじみだからね。」
そう言って笑うゆいは可愛かった。
天然で、本の事となると周りが見えなくて、でも、ちゃんと見ているときは見ている。
「ゆい。」
「ん?」
「お前、俺のことどう思う?」
自分で言ったが、我ながらにこの質問はどうかと思った。この空間が悪い。
「好きだよ?」
さも当然の事の様に言ったゆいを見て、まあ、そうだろうなと、心のなかでため息をついた。
「俺も好きだよ。」
そういうとまったく照れる様子もなく「ありがとう」といったので、悲しくなりつつ、その笑顔に免じて許しておこうとも思った。
ゆいの中で俺はただの友だちで幼なじみなんだろう。でも、俺の中ではもう、ただの幼なじみではない。それを払拭出来るかどうかはなかなか大変そうだ。
「私今日楽しかった。人が多いと楽しいですよね。」
「そうだな。」
ゴンドラから降りながらにこにこと笑うゆいだった。
それにつられて、俺も自然に笑うことが出来たと思う。
「2人ともー!写真とろー!」
「はーい!」
4人で撮った写真は俺の机の上。
しばらくは、4人の方が楽しそうだ。
〈完〉
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は『活字ヤンキー』の続きというか、川岸光介目線でのお話です。
挿絵も描いてみました。
ほのぼのとした感じが多いのでなんだかまったりしてます。
途中いろいろありますが楽しんでいただけたなら幸いです。
コーヒーカップの回しすぎにはご注意ください。
では、ほかの作品でお会い出来ることを願っております。
2014/9 秋桜 空