焼鳥屋にて、お菓子とベッドとズボラ女子
(o- -)oムニャムニャ…
金曜日の夜、一人の若い地味なサラリーマンが、紫色の提灯をぶら下げた焼鳥屋を見つける。
「なんか気になっちゃうよな。」
提灯の定番色である赤ではなく、高貴でありながらもどこか毒々しさを感じさせる紫の提灯を輝かせるとは一体どんな店主なのだろうか? 若いサラリーマンは、好奇心のままに店の引き戸を開ける。暖簾が店の脇に無造作に投げ捨てられたかのように置かれているのもより興味を増幅させた。
―ガラガラガラ…
引き戸を開けたサラリーマンはまず顔をヌーッっと店の中に現し、店内を見渡す。カウンターの上にはお菓子の袋が無造作に散乱し、調理場には本来食器が収納されているであろう棚にたくさんのお菓子と数冊の漫画本が乱雑に収納されていた。
「なんか…なんか逆に良いな。」
焼鳥屋とは思えぬ愛嬌のある店内の有様にサラリーマンの独特な感性がくすぐられる。
「すいませーん、すいませーん、すいませーーーん!」
なかなか出てこない店主。一体、どんな店主なのだろう…早くその尊顔を拝見したい。サラリーマンの狂気的な関心が、店内へ呼びかける声を更に大きくする。
「うるさいな…」
カウンターの中から聞こえてきたのは、貫禄のある男の声ではなく、幼げを感じさせる子供のような声だった。
カウンターの下から起き上がるように店主…と思しき人物がヌッと姿を現す。眠そうな顔、ボサボサの髪の毛、そしてなぜかジャージを着たいかにもズボラそうな若い女だった。
サラリーマンは夢が溢れるテーマパークにでも来たかのような感覚に全身の皮膚を躍らせる。
「トナカイの焼き鳥はありますか?」
この店にしてこのセリフあり。サラリーマンはこの店の世界観に早く溶け込みたいと思った。
「なにそれ怖ッ…」
摩訶不思議な店主は目を擦りながらサラリーマンのセリフに冷静に戦慄する。
「とりあえず座れ。」
店主は客側のカウンターにおしぼりを投げて置く。サラリーマンは店の備品を雑に扱う店主の姿にますます引き込まれていく。
「そんで何しに来た?」
椅子に座ったサラリーマンに対して、店主はカウンターに置かれたベッドの上に胡坐をかきながら聞く。
「このお店の…『核』の部分を堪能しにきました。」
サラリーマンは姿勢よく椅子に座り、真っ直ぐと店主の目を見据えながら言った。
「『核』?」
「そうです、地殻を突き破り、マントルも超え、この店が秘める可能性、真理を掘り出したいんです。」
「よくわかんない。」
「とにかく! このお店自体の味をじっくり堪能させて頂きたい!」
「焼き鳥が食べたいんだな。まあ待ってろ。」
お客に対して偉そうな態度、そして女子なのにおっさんみたいな口調。サラリーマンの心拍はもうジェットコースターの急降下直前。しかも最前列だ。
「はい。」
カウンターの下でなにかをまさぐっていた店主は、何かが乗ったプラスチックの皿をサラリーマンの前に置いた。
「こ、これは…」
『みたらし団子』! すごい! 一発目から振り切っている! さすがこの店主にしてこの発想ありだ! サラリーマンの心拍は一気にジェットコースターを急降下。全身の高揚感で胸が爆発寸前だ。
「こ、これは記録を残す必要がある! 歴史的一枚だ! 店主! このみたらし団子に指さして!」
サラリーマンはスマートフォンを取り出し、カメラを起動して店主とみたらし団子を画角に収める。店主はめんどくさそうにみたらし団子を指さす。そして反対の手でスマートフォンのカメラを起動し、目を輝かせるサラリーマンを画角に収める。
「僕は今から焼鳥屋で威勢の欠片もないズボラ女子が提供したみたらし団子を食べる…歴史的瞬間だ。」
みたらし団子に一気にかぶりつくサラリーマンを店主は表情を変えずに見ている。団子は一日置いてあったので固くなっていた。
店主は目を輝かせているサラリーマンをよそに、棚から板チョコを取り出して割ることなくそのまま噛り付いた。
「店主…くぅ~この人を”店主”って呼ぶのもたまんねぇ~」
変態的なサラリーマンを店主はチョコを咀嚼しながら冷ややかな目で見ている。
「店主、もっと他の団子を、他の団子を食べたいです!」
「うち焼鳥屋な。」
鶏肉がどこにもない、その代わりに世界観を彩るように置かれたお菓子たち、そして客の目の前でベッドに胡坐をかくズボラ女子店主。サラリーマンはいっそのこと、ここに棲みつきたいと思った。
「そんじゃこれでも食ってろ。」
そう言って店主は寝転んで布団を被った。
店主が差し出した大皿の上にはきなこ棒、きびだんご、マシュマロ、ドーナツ、グミがそれぞれ串に刺されて乱雑に置かれている。
もちろんサラリーマンはその皿の上に置かれた”アトラクション”をスマートフォンのカメラレンズに収める。本当なら一眼レフにその様子を焼き付けたい。
「うーん、甘い。塩気のある焼き鳥へのアンチテーゼなのか…? そしてこのドーナツの見た目。串がドーナツの穴を一の字を書くように突き抜けている。まるで神聖な儀式に使う道具のようだ。グミはぼんじりに近いかな? マシュマロはありきたりかもね。」
サラリーマンの興奮が止まらない。寝転ぶ店主は漫画を読んでいる。
「ああ、もう全部食べ終わってしまった。もうこの楽しい幻想空間からの退園時間ということか? ああ、とてつもなくここから離れたくない…。この空間の住人になりたい。でも僕には社会の歯車という重荷から逃れることができない。ここに住みたい…現実から脱却したい…なにも言わず…なんの言葉も残さずに社会からリタイアすればいいのか? そうだ。それもありだ。今の時代、退職代行だって…」
「むぅぅ…もううるさいな!」
相も変わらず可愛らしい声で怒る店主。掛け布団を投げ飛ばし、漫画本は手放さず、口に付いたチョコはそのまま。この店の『表に出ない看板娘』という表現が相応しい。サラリーマンは心の底からこの店主を自分のものにしたいと思った。
「店主! 僕がこの楽園のキャストとなります! 僕と一緒になりましょう!」
「は??」
反応に困る店主。
「僕もこのテーマパークの住人になるんです!」
「テーマパークって何??」
「この棚のお菓子はどこで仕入れたんですか? 宇宙ですか?」
「キモイ、キモイ! 近づくな!」
サラリーマンはカウンターを乗り越えようとする。
「まずは住民票をここに移さないと。あと荷物も持ってこよう。僕ん家にベッコウ飴がいっぱいあるんです! 店主!飴は好きですか!?」
サラリーマンはますます店主のもとに近づいていく。蜘蛛が這ってくるようだ。
「来んな! 来んな! 来んな! ちょっともう…お父さーん‼」
「お父さん⁉ このパークの真の主⁉」
サラリーマンが新たなキャラクターの登場に胸を躍らせる。
「なんだなんだ! どうしたんだ!」
店の奥から青いシャツにベージュのチノパンを履いたいかにも普通のお父さんと言うべき、黒縁眼鏡の男性が出てくる。
「な、な、なんなんだ君は!」
「お父さん! この人がなんか変なこと言って近づいてくるんだけど!」
「なにをしにきたんだ! 娘に何する気だ!」
サラリーマンはカウンターから手を離す。
「僕はただ、この不思議の国の住人になりたくて…」
「君、頭おかしいヤツなのか?」
「こんな無秩序な空間で焼鳥屋をやっている方に言われるとは…」
「焼鳥屋? 焼鳥屋ごっこだろ?」
父親は娘に顔を向ける。
「今日は焼鳥屋ごっこ。」
焼鳥屋に”ごっこ”が付いた瞬間、サラリーマンは一気に気分が現実に引き戻された。
「焼鳥屋ごっこ⁉ わざわざ店舗借りて⁉ リアリティ高く?」
「あのね、君ね、ここは娘の部屋なの。」
「娘さんの部屋?」
「そうだ。ここは私たちの家だよ。」
「ここに住んでるんですか?」
「そうだよ。奥に茶の間とか私の部屋もあるよ。」
「そして娘さんはこの無法地帯みたいな部屋に?」
「失礼な! ほらお前も変なお店ごっことかするんじゃないよ。また知らない人が入ってきちゃっただろう。」
「だって~この部屋遊び甲斐あるんだも~ん。」
「もう全くいい年なんだからもう。ほら部屋片づけなさい! お菓子ばっか食べてないで! ほらあんたも手伝いなさい!」
「僕もですか⁉」
サラリーマンは店主の父親からゴミ袋を投げ渡される。
「そんじゃ、ヤバ客、やっとけ。」
店主はサラリーマンにそう指示して再び布団を被る。
「コラー!起きなさい! お前も片づけなさい!」
父と娘が掛け布団を引っ張り合い、サラリーマンの前で攻防を始める。
その様子をしばらく見つめたサラリーマンはカウンターの上で寝転び、目を閉じる。
「夢の続きを見よう…」
――終わり




