#02・2017/4/9
誕生日に新幹線で東京へ行ける。
普段は落ち着いた優等生を演じている主税も、十四歳を迎えた最初の朝に京都駅から東京へと向かう新幹線に乗り込んだ際には、子供っぽくもある興奮を隠そうとはしなかった。
日曜日の午前八時台ということもあり空いている車中で、駅弁を食べるという初めての体験にも浮かれていた主税が母親の表情に差す微かに哀しげな影に気付けたのは、通過する浜松駅を見ようと思い車窓へと視線を向けた時だった。
「母さん、どうかしたん?」
主税の心配が素直に浮かぶ顔を見た美都は、すかさず微笑みを浮かべてみせた。
「ん? どうもせえへんよ? なんで?」
「ならいい、けど……東京かあ、ちょっと緊張するかも。まあ、それより東京まで行くのに学校の制服ってナイわあ、やっぱ……なにすんの? その実験て」
「実験やなくて試験な。そんな大仰なもんちゃうし、安心してええよ」
「ふーん……せっかくの東京なのになあ……」
「東京なんか気合い入れて行く場所ちゃうよ」
唇を尖らせる主税に微笑みかけた美都が車窓へと目をやる。
いつもの母親とは異なる空気を僅かに感じる主税ではあったが、追求することはしなかった。
出張と言って年に何度か東京へと赴く母親と、物心がついてからは初めてとなる東京へと向かう自分の温度差だろうと解釈することで、主税は自分を納得させた。
東京駅に降り立った二人を出迎えたのは長身の女性だった。
しっかりと高さのあるヒールを履いた女性の目線は、未だに身長が伸び切っていない主税よりも二十センチほど高い。
「はじめまして、主税さん。大串千笑です。よろしくお願いします」
十四歳になったばかりの主税から見れば大人の女性である二十五歳の大串から微笑みを向けられた主税が、
「は、はい。日下部、主税です。よろしくお願いします」
と勢いよく頭を下げる。
思春期の男子らしい主税の反応を朗らかな笑みで受け留めた大串は、視線を美都へ移すと気心の知れた様子で声を掛けた。
「美都さん、お疲れ様です。早速ですが車へ」
三人を乗せた国産の高級セダンは常磐道を北上した。
移動する車内での会話は、試験が終わった後の観光について談笑する美都と大串の世間話に終始した。
運転席の男が口を開くことは無く、黒塗りのセダンが四十分ほどで千葉県柏市にある科学警察研究所へと到着する。
大串に先導されて、主税と美都は特殊実験棟へと入った。
燃焼実験室という素っ気ないプレートの掛かった室内へと通された主税は、がらんと広くて殺風景な室内の中央にポツンと置かれた椅子へ座るよう指示された。
主税は場違いな空間にいるという緊張を隠しながら、言われるままに椅子へ腰掛けた。
黙々と何かの準備をする白衣を着た研究員たちを、手持ち無沙汰に数えた主税が七人しかいないと確認し終えた頃合いで、そのうちの一人が畳まれた白衣を大串へ手渡すのが見えた。
白衣を羽織った大串が、主税の前まで近寄り声を掛ける。
「主税さん。緊張しなくても大丈夫です。すぐに終わる簡単な試験ですから」
「……はい」
主税は椅子に浅く腰掛けたまま小さく頷いた。
(まあ、危ないことさせられるってことは、無い、よな……?)
若干の不安は残る主税の背後から、若い女性の声が聞こえる。
「二〇一七年四月九日、十一時四十五分。被験者、日下部主税の第二次実験を開始します」
(第二次って、母さんが言ってた二回目ってこと? まあ、覚えてないから関係ないけど……いや、え? なんか、似たようなことした気も……)
微かな記憶の断片を探ろうとした主税を、大串の声が遮る。
「主税さん。目の前にある、ろうそくに注目してください」
「は、はい……」
主税が座っている場所から五メートルほど離れた位置には、石英ガラスで作られた五十センチ四方ほどのケースが設置されており、ケースの内部には一本のろうそくのみが立っていた。
「ろうそくに火を灯すイメージを思い浮かべてみてください」
「……? ……はい」
意味を把握できない大串の指示に戸惑いながらも、主税は言われた通りのイメージを脳内で描いた。
パチリと電気が弾けるような音を耳の中に聞いた主税の目には、自分がイメージしたままにろうそくの火が灯ったように見えた。
それが、現実に火が灯ったのだと認識するのに、若干の時間が必要だった。
「えっ……?」
状況を認識はできても、事態の把握はできなかった主税が声を漏らす。
石英グラスに囲まれたろうそくには、確かに火が灯っている。
主税は唐突に灯った小さな火から目を離すことができなかった。
「驚いたでしょう。安心してください。これは想定された通りの結果です」
大串の声を遠くに感じた主税が、ゆっくりと大串に視線を向ける。
唖然とする主税を気遣うように大串はやわらかく微笑みかけた。
「主税さん。落ち着いて聞いてください。あなたは発火能力者です」
「はっか……発火!?」
「ええ、そうです。何も無いところに火を起こし、その火を自在にコントロールすることも可能な能力。美都さんが保有していた能力です」
「……母さんが、ですか?」
「はい。昨日まで、ですが。主税さん。あなたが十四歳になった時点で能力は引き継がれ、美都さんの能力は消滅しています」
現実との距離が一気に引き離された感覚に襲われる主税に対し、大串は落ち着いた口調で説明を続けた。
「なぜ十四歳なのか、それは未だに解明できていません。ただ、能力者は例外なく十四歳で能力を引き継いでいます」
「他にもいる、ってこと、ですか?」
「ええ、能力の内容は違いますが。発火能力については主税さんだけです」
無機質で薄暗い空間にいる自分の立場が、昨日までとは変わってしまったことを理解できてしまった主税は、
「……僕は、これからどうなるんですか」
と呟く声で問いを漏らした。
「安心してください。日常が大きく変わることはありません。ただ、発火能力を我々の監督する以外の場で使うことは厳禁となります。そして本日より、わたしが主税さんの担当となります」
「……監視役、ってことですか?」
「はい。主税さんの行動は今後、監視されることになります。窮屈かと思いますが、慣れてもらうしかありません」
「……そうですか。よろしくお願いします」
主税は静かに自分の境遇を受け入れた。
大串は十四歳の主税が示した順応に驚いたが、それを顔に出すことはなかった。




