駆動(ドライヴ)
記録保管庫の重厚な扉を抜けると、外の世界は一変していた。分厚い隔壁が遮断していたノイズが、暴力的な音量で全身を叩く。それは、ティアマトの核が発する、不規則で高周波な悲鳴のような波動だった。大地そのものが微かに震え、開拓のために建てられた建造物の窓ガラスがきしんでいる。
警備隊の隊員たちが、混乱と焦燥に駆られ、記録保管庫の周囲を固めていた。リノスが去ってから時間は経っていない。彼は、秩序を重んじる最高警備責任者に、核の起動と記録の重要性を報告したに違いない。隊員たちは、核がもたらす物理的な危機と、上位の意識体への畏怖との間で、統制を失いかけていた。彼らが統率の取れた行動に移る前に、私が動かねばならない。
私は、彼らの制止を振り切るように、警備隊の隊列を縫って突き進んだ。リノスが言った「力による制御」とは、核の暴走をさらに加速させる危険な試みに違いない。私が自立の記録の鍵を探し出すのと、彼らが力で核を破壊するのと、どちらが早いか。勝負はすでに始まっている。
雑然とした隊列を抜けた先、核へと向かう主要な通路の影に、一人の男が立っていた。
軍の制服とも、開拓者の作業服とも異なる、軽量で機動性に優れた特殊装備。周囲の警備隊員とは一線を画した、静かで冷徹な眼差しが、私に向けられていた。行動隊長――現場の実行役であり、冷静な判断力を持つ男、ゼロスだ。彼の目には、焦燥の色はなく、ただ事態を観察する鋭利な知性だけが宿っていた。
「記録保管者。珍しい。ここはお前の場所ではない」
ゼロスの声は、周囲のノイズに掻き消されることなく、芯が通っていた。
「リノスから話を聞いたな。『核の制御』についてだ」私は単刀直入に切り出した。「彼の求める『啓示』はこの保管庫にはない。そして、彼がこれから求める『力』は、核の暴走を止めるどころか、この星全体を危険に晒す。」
ゼロスは口の端をわずかに上げた。「真実?あなたが一人で探しているという、上位の意識体の沈黙の理由か?俺は記録など、どうでもいい。だが、この核のノイズは、俺の任務の妨げになる。警備隊の統制は限界だ。あと数分で、力による破壊措置が承認されるだろう。」
「それが最も危険だ!」私は声を荒げた。「核が本当に上位の意識体からの『試練』なら、破壊は破滅を招く。我々の目的は一致する。核を停止させることだ。私は真実の記録を見つける。だが、その前に、核の現状を把握する必要がある。力による制御が行われる前に、現場に潜入し、状況を教えてくれないか?」
ゼロスは、周囲で混乱する警備隊に一瞥もくれず、私を正面から見据えた。
「わかった。あんたの探求には興味がないが、核の暴走は、俺の守るべき秩序を崩壊させる。この混乱の裏側で、記録を漁っている暇があるなら、俺は動く。記録保管者、あんたの探求とやらが、本当にこの星を救う『鍵』なら、急いでくれ」
彼は、そう言い放つと、迷うことなく核の方向へと走り出した。私は彼の背中を見送ると、再び記録保管庫へと駆け戻った。
彼の行動力こそが、今の私に与えられた唯一の時間稼ぎだ。
ゼロスが現場で稼ぐ一瞬一瞬が、私が次の真実の記録を探し出すための、唯一の猶予となる。
ティアマト物語は、沈黙の記録保管庫から、行動隊長の駆動によって、今、動き出した。
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