導き手
私が端末の画面に映る不協和音の記録――
自立を選んだ数万の者たちの軌跡――
追っている、その瞬間だった。
記録保管庫の分厚い隔壁を突き破って、ノイズの波動が静寂の領域に侵入してきた。それは、人々が熱狂する「ティアマトの核」が、活性化されつつあることを示す、強烈なエネルギーの脈動だった。振動は隔壁を叩き、保管庫全体が微かに唸りを上げた。
「馬鹿な……こんな急に起動を始めるはずがない!」
私が端末を操作してシールドを強化しようとした、その時。重厚な扉が警報音とともに開き、一人の男が滑り込んできた。
遺構調査チームの科学者であり、コア・テクノロジーの解析を担う知識/導き手。彼の名はリノス。彼は普段、冷静沈着な理論家であるはずだが、今の顔には異常なまでの興奮と焦燥感が浮かんでいた。
「記録保管者!あなただ、あなたしかいない!」リノスは息を切らし、目に狂気の輝きを宿していた。「ティアマトの核が、我々の予測を超えて起動プロセスに入った!あの周期的なノイズは、眠りから覚める音だったんだ!」
私は冷静に端末の記録を閉じ、彼の目を見た。
「ノイズは、コアの制御を阻害する異常信号だと報告されていたはずだ。それは沈黙の理由を誤魔化すための偽りか?」
「そんなことはどうでもいい!」リノスは苛立ちを露わにした。「我々は今、核を完全に掌握し、文明を救う力を手に入れようとしている!しかし、制御プログラムに致命的な欠損がある。これを埋めるには、上位の意識体による最後の『啓示』が必要だ。それは必ず、どこかの記録の最深部に封印されている!」
彼が求める「啓示」とは、上位の意識体が我々を再び導くための、具体的な指示のことだ。人々が抱き続けた依存心の究極の形。
「残念ながら、ここにあるのは『安堵の記録』と、それに対立する『自立の記録』だけだ」私は静かに答えた。「あなたが求める『啓示』は、光の意識体が我々から手放したものだ。それを強制的に引き出そうとすれば、核の制御はさらに失われるだろう。」
リノスは私の言葉を否定するように、強く首を振った。
「違う!食料生産の失敗、基幹施設のノイズ、船内の不満――すべては我々を試す試練だった。核は、この試練を乗り越えた我々への報酬だ!あなたに記録保管者としての使命があるのなら、文明を救う鍵を今すぐ出せ!」
リノスは私の探求の核心である「記録保管者」という言葉を、人々が求める「救済の導き手」という意味で利用した。この瞬間、私の孤独な探求と、世界が求める「依存」が、この保管庫で正面から衝突した。
核の波動は、さらに強くなる。起動プロセスは待ってはくれない。このまま核が暴走すれば、ティアマト星全体が危機に瀕する。
「私には、記録を渡せない」私は決意を込めて告げた。「私が追うのは、救済ではなく真実だ。この核が、光の意識体が我々に与えた試練そのものである可能性を否定できないからだ。」
リノスは絶望と怒りを込めた目で私を見た。そして、何かを諦めたように静かに笑い、保管庫の出口へ向かいながら言った。
「わかった。記録がなければ、我々は力で核を制御するしかない。だが、覚えておけ。この星が崩壊すれば、記録など無意味になる。」
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