月光の再会
ガイオスが用意した超小型潜入機は、ティアマト星の環境下で検出されにくい特殊な「闇の技術」の結晶だった。私は、フォボス軌道上の静寂を破り、一人、悪意の残響が渦巻く故郷へと舞い戻った。
大気圏突入時の衝撃で、潜入機の外部センサーが捉えた都市の光景は、七日前に見た光景とは全く異なっていた。都市の上空には、リノスが権力の象徴として打ち上げたかのような、偽りの「光の意識」を模した巨大なホログラムが常に投影されている。しかし、その光は暖かさではなく、監視と絶対的な服従を強いる冷たい圧力を感じさせた。
私は潜入機を、旧換気プラント跡地の地下水路へと誘導した。ここは、以前ガイオスとレドに出会った場所であり、警備隊がメインルートを封鎖した今、最も警戒が緩いと推測されるエリアだ。
潜入機から身を滑り込ませた瞬間、私は故郷の「悪意の残響」の濃度に戦慄した。七日前、それは都市の不信感として感じられたが、今は、粘着質な憎悪や猜疑心となって、皮膚を刺すようにまとわりついてくる。
端末で周囲のエネルギーパターンを解析する。ガイオスの予測通り、都市のエネルギー供給システムは、リノスの思想に反対する市民や、闇の意識に連なる者たちを隔離するために、差別的な配分に切り替わっていた。市民の生活エネルギーが奪われ、代わりに警備隊の追跡システムと、リノスの本拠地の防御壁にエネルギーが集中している。
「まるで、生きている悪意の都市だ」私は囁いた。
地下水路を進むにつれ、その悪意は具体的な形で現れ始めた。壁の隅には、闇の意識が残したはずの簡易な技術装置が、破壊された状態で放置されている。レドの技術の一部が、リノスの追跡部隊によって悪用され、その破壊力を増している可能性を考え、私は胸を締め付けられた。
リノスは単に追跡しているのではない。彼は、悪意の残響を燃料に、レドの技術を組み込み、「光の意識の支配」という名の絶対的な独裁体制を確立しつつあるのだ。
私は地下から、情報収集のために、都市の通信ネットワークへと微弱な信号を差し込んだ。
聞こえてきたのは、リノスが流布する偽りの情報だった。
「記録保管者とゼロスは、上位の意識体への反逆を企て、ティアマト星の悪意を拡散したテロリストである。」
「彼らに同情する者は、すべて光の意志に背く裏切り者として処罰される。」
闇の意識に連なる技術者や自立を志す中道の市民が悪質な「悪意の残響」の伝播源として狙い撃ちにされ、その多くが既に拘束されたか、行方不明となっていた。
しかし、その不信の渦中にも、わずかながら抵抗の動きが確認された。それは、リノスの統制下にある警備隊のネットワーク内で、ごく短時間、データが消去される「エラーコード」の発生だった。これは、ゼロスが拘束下で、命懸けの内部工作を続けている証拠に他ならない。
私は、ゼロスが拘束されている施設の座標を割り出すことに集中した。
ガイオスの解析によれば、ゼロスはリノスの狂信的な追跡から逃れるため、リノスとは対立関係にある最高警備責任者(武力の象徴)の直轄施設に身柄を移されたと推測される。この施設は、「秩序」の維持を最優先するため、リノスの「意識体への依存」という思想とは距離を置いている。
私は、旧記録保管庫の地下に位置する、施設の巨大な冷却システムに辿り着いた。この施設こそが、ゼロスの囚われている場所だと確信した。
冷却システムの壁面には、警備隊の巡回ルートを示す光が、一秒の狂いもなく移動している。私は、端末を取り出し、ガイオスとの通信プロトコルを起動させた。次に取るべき行動は、「月光の再会」、すなわちゼロスへの直接的な接触だ。
私は、冷却システムのわずかな隙間を通して、高周波の暗号信号を流し込む。メッセージは、私とゼロスだけが知る、「三日月サイン」の暗号、「次の満月まで。」だった。
私は、返答を待つしかなかった。この闇の深淵で、たった一人、ゼロスという光の秩序との繋がりを信じて。
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