月光通信
私は、ガイオスとレドに案内されるまま、地下水路のさらに深部、都市建設以前から存在する巨大な廃墟構造体へと潜り込んだ。そこは、シヌルファ星から持ってきた高度な技術の残骸が隠されており、「闇の意識」を持つ者たちが秘密裏に活動するための拠点となっていた。
隠れ家の作業スペースは、リノス率いる光の勢力の拠点とは対照的だった。そこには啓示を待つための祭壇はなく、冷たい光を放つ解析装置と、複雑な演算を繰り返すホログラムモニターが並んでいた。レドは警戒心を隠さず、四隅にセンサーを設置し、外部からの追跡の可能性を警戒している。
「ここなら追跡は来ない。せいぜい数時間は安全だ」レドが吐き捨てるように言った。「記録保管者、あんたが持ってきた『自立の記録』を開示しろ。我々は時間を無駄にはしない。」
私はレドの命令を無視し、ガイオスに向き直った。
「まず、アルテミス計画の全貌を話してもらおう。それはどこへ、何を運ぶためのものだ?」
ガイオスは冷静に頷いた。彼にとって、感情的なレドの言動よりも、計画の効率的な進行こそが重要だった。
ガイオスは、作業台に巨大なホログラムを展開した。それは、ティアマト星から遥か遠く、赤茶色の惑星へと延びる航路図だった。
「アルテミス計画は、ティアマト星の開拓が失敗に終わる可能性を予期して立てられた『第二の揺りかご』だ」ガイオスは説明した。「避難先は、我々の旧世界から最も近く、大規模な地下空洞を持つ火星ではない。我々が設定した避難先は、火星軌道上にある衛星フォボス内に隠された、遠隔の建設拠点だ。そして、その拠点を基に、火星の地下深部に、悪意の残響が届かない『永久都市』を構築する」
彼は、その建設拠点の設計図を映し出した。それは、数万の人々が長期間居住するための地下都市のプロトタイプであり、すでにティアマトへの航海中に建造が始まっていたことが示されていた。この設計こそが、「上位の意識体への依存を断ち切る」という闇の意識の決意の結晶だった。
「避難対象は、光の意識の崩壊によって悪意に染まらない者たち、すなわち、我々『闇の意識』に賛同する技術者、そして自立を志す中道の市民だ」ガイオスは続けた。
「避難には、ティアマト星の地中に密かに隠された専用の輸送船団を使う。その船団を起動させるために、あんたの『自立の記録』が必要だ。それは、上位の意識体が『依存を断ち切った者』にのみ与えた、唯一の起動キーだからだ。」
私がその壮大な計画に集中していたその時、レドが素早く反応し、壁際に設置した受信機を指差した。
「強力な暗号化信号だ……。しかも、使われている暗号キーは、記録保管庫の最深部でしか使われないはずの旧型だ」レドが冷徹な顔で言った。
私はすぐに理解した。それは、拘束される直前に私がゼロスへ送ったサインに基づいた、ゼロスからの月光通信だった。彼は拘束された後も、警備隊内部から私を支援し続けているのだ。
ガイオスとレドは顔を見合わせた。ゼロスはリノスに反旗を翻した「光の秩序」の者であり、闇の意識にとっては警戒すべき対象だった。
「解析しろ、ガイオス」私は指示した。
ガイオスはすぐに通信の解析に取り掛かり、ホログラムモニターにメッセージを復元した。
ゼロスからのメッセージは、警備隊内部の極秘情報だった。
記録保管者へ。私は拘束下にあるが、秩序はまだ私の手にある。リノスの狂信は悪化している。核の暴走を阻止した記録を改ざんし『記録保管者とゼロスによる上位意識体へのテロ』として発表した。
【内部情報】リノスは現在、残響が拡散した原因が外部からの干渉であることを隠し、『自立の記録』を追う者たちが残響を広げているという虚偽の情報を流している。そして、『闇の意識』との接触を既に察知しており、追跡部隊が地下水路のメインルートを封鎖した。
【警告】最高警備責任者(対立者)が動き出した。彼は私を規律違反で拘束したが、リノスの行動を危険視している。しかし、彼は『武力』による厳格な秩序維持しか信じていない。脱出は急務だ。
通信が途絶した瞬間、レドが監視モニターを指差して叫んだ。「メインルートの封鎖が始まった!ここへ繋がる唯一のダクトが塞がれるぞ!」
ガイオスは、冷静にホログラムを操作した。「リノスは行動が早い。我々の計画は、彼らの武力が本格的に動く前に実行に移す必要がある。記録保管者、取引は成立した。脱出の最終計画を立てるぞ。」
私は、拘束されたゼロスの命がけの支援に感謝しつつ、ガイオスとレドという「闇の意識」との共闘という、一筋の光に賭けるしかなかった。リノスの憎悪、そして最高警備責任者の武力による秩序維持。ティアマト星は、内部分裂と悪意の種によって、崩壊へと近づいていた。
読んでいただきありがとうございます。
下の★~★★★★★で評価してもらえると勉強になります。
感想などいただけると嬉しいです。




