表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/57

8話 騎士の矜持

よろしくお願いします。


聖女召喚は成った。

だがまだ終わりでは無い。


王子の昏倒で慌ただしい中、フェリオンが魔法陣の外に座り込んでいた。


クロードは宣言通りの偉業を成し遂げた親友を誇りに思ったが、その場を動かなかった。


魔法陣の光は弱まらない。


フェリオンからは、魔法陣から光が消えるか、自分が合図してから動くよう指示を受けていた。

黒騎士団は皆同じようにその場に留まった。


「……まだなにかあるのか?」

低く誰かが呟いた、その刹那――


魔法陣の中心にもうひとつの影が浮き上がった。

バランスを崩して転んだそれは、可愛らしい声で「いっ痛」と言った。


現れたのは、先ほどの白い輝きとは対照的な、深い黒を抱えた女性。


艶やかな黒髪と黒い瞳。

その身を包む黒い魔力は、煙のようにゆらめきながらもどこか重く、光を呑み込むかのように漂っていた。


水滴が滴るほど濡れた黒い衣――まるで雨の中からそのまま連れ込まれたかのような姿。

彼女が誰で、なぜここに現れたのか。

答えは、この場の誰一人として知らなかった。



ただ一人、レオナルトの表情が変わった。

未だ光る魔法陣の中へ入り、女と対峙していた。

彼はその眉間に皺を刻み、その手は剣の柄へと伸びる。


「――魔女め……」


異変に気づいたクロードが動くよりも早く、鋭い銀刃が振り下ろされる。


「やめろッ!!」


叫び、クロードが女の服を掴むが、濡れて滑った。

黒髪の女の肩口を凶刃が裂いた。勢い余って床をも切りつけ、甲高い金属音が響く。

 

――救えなかった!


倒れる女の体を抱きしめると、肩から胸の下まで伸びた傷口から血が溢れていた。


クロードは剣を抜き、レオナルトを睨んだ。


 白地に金の刺繍が映える式典用の騎士服。名誉のその服は今、朱に染まっている。

レオナルト・マクシミリアンは、返り血が飛んだ顔を恐怖と怒りに歪め、なおも剣を握りしめていた。


「く、黒髪に!黒の目だぞ! 伝承を知らないのか、災厄の印だぞ!」


確かにこの国では黒髪黒目は忌避の対象だ。

しかし、彼は必死にそれに縋っているように見えた。


「正気か!? 武器も持たず、抵抗もしていない!」


「召喚魔法で呼ばれた得体の知れん存在だ! 危険は即座に排除して然るべきだ!」


耳を焼くような言葉の応酬。


それは正義を掲げた暴力、使命感を隠れ蓑にした恐怖に取り憑かれた醜い衝動だった。


クロードは見た――レオナルトの握る剣が微かに震えているのを。


怯えていたのだ。


だがその怯えを覆い隠すように、彼は必死で言葉を吐き続けていた。

その間もクロードの腕の中で震える彼女の容態は悪化している。


――相手にしている暇は無い。


クロードは剣をしまうと優しく彼女の身体を抱いたまま立ち上がった。羽のように軽い。

彼女から流れ続ける血が自分の黒い儀式衣に広がり、鎧を伝って滴り落ちる。温もりが、刻一刻と薄れていく。


「……この国の騎士が、剣を向ける相手を間違えた」


背を向けて吐き捨てる。その低い声に、場の空気が凍りついた。

命令でも信仰でもない――それはクロードという人間の、ただひとつの信念だった。


――守るべき命を、守る。


脳裏に浮かんだのは、ただ一人、頼れる友の顔。

クロードは召喚をやりきって座り込んでいるフェリオンの脇に、彼女を横たえた。


「フェリオン、治せるか?」


「見せて」


フェリオンは素早く治癒魔法を展開する。この程度の傷なら、魔力があればすぐに治せるはずだ。


クロードは魔法陣の光が消えているのを確認すると、黒の騎士団に合図を送り、レオナルトを捕縛させた。


クロードが向き直ると、フェリオンは青い顔をしていた。


傷口からは血は流れ続けている。クロードは焦りの声を上げる。


「どうした……」


フェリオンは答えに窮した。

何度治癒魔法を試しても彼女の体に反応はない。

彼ははハッとして周囲を見渡した。


いつのまにか、黒い魔力が濃密に満ちていた。

治癒魔法を運用するには、黒い魔力では役に立たない。


「ここじゃダメだ。お前の屋敷が近いな。あそこなら使える魔道具がある。運べるか?」


「もちろんだ」


クロードはマントを割いて女の傷口に巻き付け、ゆっくり抱き直した。


召喚の間を出る時、黒の騎士団に拘束され憎々しい形相で睨むレオナルトと、クロードの視線が交わることはなかった。



くそ!土砂降りだ。

クロードは自分が濡れるのも構わず、彼女を外套でくるんで抱きしめたまま、馬で邸にとばした。

雨粒が容赦なくクロードを叩き、視界を奪う。

彼女の体温がじわじわと腕から逃げていくのが、何よりも恐ろしかった。


「生きろ……生きろ……」


言葉は小さくても、心の中では強く何度も繰り返される。


斬られ倒れた名も知らぬ黒髪の乙女。


守るべき存在の重みが、胸にずしりとのしかかる。



何とか屋敷に着くと、クロードは迷わず二階に彼女を運び入れる。

そこはフェリオンが占領している来客用の部屋だ。

そのおかげでいつも受け入れの準備が出来ている。


「遅くなった!」


彼女の身体を優しく寝台に横たえていると階下からフェリオンの声が聞こえた。


「上だ、フェリオン!」

廊下に出て叫ぶ。


クロードは駆けてくるフェリオンに部屋を示した。


「頼んだぞ」


すれ違いざま、クロードはフェリオンの肩を掴む。

その手をフェリオンはぽんぽんと叩いて頷いた。


一階に降りると、クロードはすぐに執事のコンラートを呼びつける。


「怪我人を保護した。しばらくここで預かる。準備をしてくれ」


余計な詮索は許さないという空気を感じ、コンラートは素早く使用人に指示を出した。


クロードは雨でそぼ濡れた服のまま立ち尽くしていたが、メイドのリゼに促され、自室に戻って着替えた。


濡れた服を脱いでも、体に着いた血の匂いが消えない。


クロードは拳をぎゅっと握った。

さっきまでこの身に抱いていた彼女の浅い呼吸を思い出し、熱が全身に走る。


戦うだけではなく、守ることも、願うことも、見守ることも、騎士の務めだ。


あの人を守る――それこそが、今の自分の使命だ、と胸が震えた。


戦場で積み重ねた経験、痛み、焦り、誇り―――すべてが、今ここで生かされる瞬間だと、クロードは静かに確信した。

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ