55話 ごめんなさいの仕方
冗談ばかり言い合っている場合ではなかった。
「君が起こした突風の件だけど」
フェリオンが切り出した瞬間、歓談室の空気がわずかに張り詰めた。 ヨーコは瞬きをし、笑みがすっと消える。
「私が、起こした?」
身に覚えがなく困惑するヨーコにフェリオンは昨日、黒い魔力の渦が上空でうねり、突風となって大地に吹き下ろした事を説明する。
「まさか、そんな……」
「庭の木が何本も倒れて、物も色々飛ばされた。煙突が崩れかけたところもあった。驚いて転んだ人はいたけど……幸い、怪我人はいないよ」
ヨーコは小さく息を呑んだ。
胸の奥が冷たくなる。 想像以上の被害だった。
「……本当に?誰も下敷きになったりしていないの?」
震えた声で確認する。
フェリオンは頷いた。
ヨーコは胸に手を当て、ほっと息を吐いたものの、その表情はすぐに苦痛に歪む。
「怖かったでしょうね、みんな……突然そんな風が吹いて。家だって壊れて……」
言葉が途切れ、眉が深く寄る。
秒針の音が重い空気をなでる。
「謝りたいわ。ちゃんと顔を見て、頭を下げたい。壊れたところの修理だって手伝いたい」
拳を強く握りしめ、唇を噛む。
フェリオンは彼女の視線を受け止め難しい顔をした。
「オレの言い方が悪かった。ひとりで何とかしようとすると危ないって伝えたかったんだ」
「でも、私が巻き込んだのに、ここで何もせずにいるの……本当に嫌」
声が掠れたが、瞳は強い。
しかしフェリオンは静かに首を振った。
「ダメだ」
ヨーコが顔を上げる。
「そもそも今の君を安全に外へ出す方法がない。君の黒い魔力を制御出来てないからだ。分かるよね」
その結果の突風なのだ。ヨーコはぐうの音も出ない。
フェリオンの言い方は厳しかったが、声音は優しかった。
「それに、君は今みひろのお友達として注目されてる。混乱の種だ、正直名乗り出て欲しくない」
ヨーコの表情が痛みに沈む。
「でも……それでも何かしたいの。放っておきたくない」
フェリオンはそっと息を吐き、ヨーコの視線を受け止めた。
「なら、まず制御だ」
ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「黒い魔力を抑えられるようになれば、誰かを傷つける心配もなくなる。堂々と人の前に出られる。復旧だって手伝える」
そして、ほんの少しだけ声を低くした。
「……プルーヴィアにも行ける」
その一言に、ヨーコの瞳が揺れた。
胸の奥にあった焦りと願いが、一点に結びつく。
フェリオンはわずかに苦笑した。
「悪いと思っているなら、その気持ちを制御に向けよう。君が力を扱えるようになれば、守れる範囲はもっと広がる」
ヨーコはきゅっと唇を結び——
やがて、小さく頷いた。
「……わかった。制御出来るように頑張るわ」
深く息を吸い、吐き出す。
「だから、練習付き合って。フェリオン」
その声には、まだ痛みが残っていたが、確かな前進の意志があった。
フェリオンは微笑む。
「もちろん」
彼女の中に罪悪感と前向きさが不器用に同居している。
その矛盾が、フェリオンの胸を甘く締めた。
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それからのヨーコは、フェリオンと会うほとんどの時間を歓談室で過ごすことになった。
白を基調とした応接用の部屋は、外界から隔てられた静かな空間だ。
城下のざわめきは届かず、聞こえるのは時計の針の音と、時折吹き抜ける微かな風の揺らぎだけ。
その中央で、ヨーコは背筋を伸ばして椅子に座り、静かに目を閉じていた。
フェリオンは少し離れて椅子に腰かけ、周囲の黒い魔力の動きを鋭く観察する。
彼の視線は鋭いが、指示の声はどこか柔らかい。
「集中切れたね。吸い込まれたよ。……オレの魔力まで減った」
「ごめん。今、別のこと考えてた」
ヨーコは息を吐き、額に汗をにじませながら答える。
フェリオンは親指で自分の顎をさする。
「気が逸れると外へ向かう流れが強くなるみたいだね。意識を中心に集めてみて」
「中心……中心……」
ヨーコは小声で繰り返しながら呼吸を整えた。
練習中ずっと長く息を吐いてお腹の奥に力を入れている。額に汗が滲んでいる。
フェリオンにとっては見えている世界——
黒い靄のような魔力が部屋を漂い、ヨーコを中心に渦を巻いている。
黒い魔力の変化を見逃すまいと集中している。彼の額にもまた汗が滲んでいた。
暴走の兆しを見つけると、彼は即座に自らの魔力で流れを押し返す。
「渦が大きくなってる。中止して。危ない」
ヨーコはぱっと目を開き、大きく息を吐く。
感知できない黒の魔力を想像し、ほんの少しの時間、黒い魔力を肌から離すことは、何度も出来るようになった。しかしそれを持続させるとなると途端に一人では出来なくなる。
それは極めて難しい訓練だった。
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コンコン、と扉が叩かれた。
「失礼いたします。お飲み物を……」
コーヒーの香りとともにメイドのクララが入ってくる。
二人は同時に会話を止め、顔を上げた。
ヨーコの呼吸は荒く、フェリオンは額に手を当てている。
どちらも汗ばみ、妙に満足げな表情をしていた。
クララは一瞬怪訝な顔になる。
(何を……なさっているのかしら)
見たところ、向かい合って座っているだけなのに、まるで激しい運動をしていたかのような雰囲気だ。
「コーヒーをありがとう、クララ。助かるよ」
フェリオンが柔らかく礼を言うと、クララは慌てて頭を下げた。
「い、いえ。どうぞごゆっくり……」
彼女は首を傾げながら部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間、ヨーコは椅子にもたれて大きく息を吐く。
「はぁ……いまのでまた集中切れた」
フェリオンは苦笑する。
「君、意外と周りを気にするよね」
「するわよ。クララに変に思われたくないもの」
「もう十分変に思われてると思うけど」
「あなたもなんだから、自覚して」
ヨーコが睨むと、フェリオンは肩を揺らして笑った。




