4話 フェリオンの胃に穴が開きそう
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フェリオンとクロードは会議室を出て鍵をする。
廊下には湿った風が流れていた。
王城の石壁は、昼を目前にしてもなお冷たい。窓の外には細い雨が降っている。
フェリオンは歩きながら小さく首を鳴らした。
「……ふう。胃に穴が開きそうだ。クロード、お前はよくあんな空気で平然としていられるな」
「慣れだ」
クロードは短く返し、歩調を合わせた。
靴音が石の床に規則的に響く。
遠くで、警備兵たちが交代の挨拶を交わす声が聞こえた。
「ルーカス殿も本気ではない。儀式を前にして白黒の関係が崩れるのは王族にとっても損だ。
だが……あいつらは“儀式”を知らん。形式ばかり追って、現場の血の匂いを嗅がない」
クロードの言葉は穏やかだったが、その奥に鉄のような硬さがあった。
フェリオンは肩をすくめ、壁際の燭台の火を指先で弄ぶ。
青い魔力の火花が散り、蝋がひとつ落ちた。
「まあ、王族の儀式は舞台だからな。観客の前で失敗できない芝居。俺たちは裏方ってわけだ」
「お前が裏方なら、他の連中は舞台の道具だな」
クロードの乾いた冗談に、フェリオンが吹き出す。
「そうかもな。……もっとも、主役がまだ決まってない芝居なんて、どう演出しても滑稽だけど」
一瞬の沈黙。
その「主役」とは――召喚される“聖女”だ。
フェリオンは小さく息を吐いた。
「召喚まであと一月。……この国の魔力がもつかどうか。
念の為儀式場の結界も一度張り直したいんだが、許可が下りない。
『神聖な紋章を弄るな』の一点張りさ」
「例の“灰色の魔力”か」
「クロード。外で色の話はしない方がいい。変人扱いされるよ」
フェリオンが振り返りクロードに囁いた。その形のいい口元には人差し指が添えられている。
あまりにフェリオンが普通に話すから忘れていたが、魔力の色が見えるのはこの国ではスヴァルトハイム家のみだ。
「……もしそれが広がっているなら……儀式に干渉するかもしれんな」
「そうだな。でもそうならない為に準備してきた」
クロードは邸に置いてあるフェリオンが作った魔道具の事だと気づいた。
古い資料が完璧でないのなら、新しい試みをするしかない。彼は最近そんな事を言っていたから。
「……それでも、不測の事態が起きてしまえば、出てくるものが“聖女”とは限らない」
その言葉に、クロードは歩みを止めた。
「……フェリオン。もしそうなった場合、お前はどう動く」
フェリオンはしばらく沈黙したまま、窓の外の雨を見ていた。
灰色の雲の向こう、遠くで稲妻が走る。
ゆっくりと、彼は答えた。
「召喚の異常は、すべてオレが責任を取る。お前たちは――生き残れ。それが一番の成功だ」
クロードの緑の瞳が細められる。
「……お前らしいな」
「だろ?」
フェリオンは笑った。だがその笑みの奥には、明らかな疲労と、諦めにも似た静けさがあった。
遠くで鐘が鳴った。昼を告げる合図だ。
召喚儀式まであと一月。
王城の空気は次第に重くなり、誰もがその理由をまだ言葉にできずにいた。
フェリオンは溜息をつき静かに呟く。
「さて……オレは魔法塔に行くか。灰色の空でも、仕事は待ってくれない」
クロードが背を向け、言葉を残す。
「フェリオン。お前の召喚が成功でも、そうでなくとも、俺は必ず守る。命に代えてもだ」
「縁起の悪い話やめろ」
互いに背を向けたまま、二人は小さく笑った。
雨音だけが、廊下を静かに満たしていた。
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