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45話 みひろの決意


嘆きの沼――その名を聞くだけで、胸の奥が冷たくなる。

魔物が溢れ出し、魔法を無力化する呪いの沼。

そこでは、誰もが生身で戦わなければならない。

つまり、それは命の保証がない戦場ということだった。


未明、みひろは大神官パルマーと魔法塔の幹部リューディガーに呼び出された。

薄暗い部屋で、二人の顔は深刻そのものだった。


「国難でございます」

リューディガーの低い声が響く。


「お力を示す時が来たのでございます」

いつもの穏やかな声で、パルマーが続けた。


みひろは一瞬、意味が掴めなかった。

王都には魔物など出ない。

彼女が行った視察先はいつも安全な場所ばかり。

戦争も飢饉も――どこか遠い国の出来事のようだった。


「い、いつ……?」


やっと絞り出した声は、震えていた。


「貴方様が頷いて下されば、すぐにでも伝令が各地へ届きます。

早ければ朝には」


朝――その言葉に、みひろは息を呑んだ。

もうすぐ夜明けなのだ。


彼女は拳を握りしめた。

逃げ出すこともできた。でも、それでは何も守れない。

――腹を決めるしかない。


「……分かりました」


静かな声で答えると、二人は深く一礼した。


「みひろ様、少しよろしいでしょうか」


パルマーが退室する中、リューディガーが低く頭を下げたまま言った。

「部屋の外に愚息を待たせております」


「……フェリオン?」


みひろの顔がわずかに明るくなる。

リューディガーは顔を上げない。

息子の想いを知っているからこそ、余計な言葉を添えなかった。


「愚息は貴方様の魔法の師。遠征の一助になればと思い、連れてまいりました。

お話していただけますか」


「は、はい。通してください」


扉が開くと、フェリオンが現れた。

その顔色はひどく悪い。


「みひろ様……」


リューディガーに気づくと、慌てて跪く。

だが父はそれを制するように小さく頷き、「それでは私は失礼いたします」とだけ告げて退室した。


二人きりになった部屋で、フェリオンは立ち上がり、みひろの髪にそっと触れた。

その亜麻色の髪には、彼が贈った小さな枯れない花が揺れている。


「みひろ、決めたの?」

フェリオンの灰色の瞳が、憂いに揺れた。


「うん。わたし、国を救うために呼ばれたんだもん。頑張るね」


強がって笑ってみせるが、胸の奥では恐怖が渦巻いていた。


「大丈夫かな……大丈夫、だよね」


「大丈夫。大丈夫だよ」


ソワソワと動くみひろの手を、フェリオンはそっと包み込む。

得体の知れない恐怖に飲まれそうな彼女を、守ってやれない自分に腹が立った。


「そうだ。オレの代わりに連れて行ってほしいものがある」


フェリオンは窓辺の花瓶から花を取り、魔力をこめていく。

光がほとばしり、花弁はみひろの髪と同じ亜麻色から、彼自身の髪のような銀色へと変化した。

空気が震え、淡い音が響く。

まるで、二人の間に小さな奇跡が生まれたようだった。


「これが、オレの代わりにあなたを守ってくれる」


銀色の枯れない花。

フェリオンはみひろの髪から亜麻色の花を外し、二つを並べた。

花たちは、まるで最初から対であるかのように、互いの色を淡く照らし合った。


「君に危険がある時、これがきっと守ってくれる」


フェリオンは優しく微笑み、その銀の花をみひろの髪に挿した。


「……きれい」


その声が花に向けられたのか、フェリオンに向けられたのか、彼には分からなかった。

ただ、その一言だけで、全てが報われた気がした。


みひろの緊張が一気にほどけ、彼女は思わずフェリオンの胸に飛び込んだ。


「本当は、怖いよ」


「うん」


「このお花で、本当に守ってくれる?」


「間違いない。稀代の天才魔法使いが、白の聖女の魔力で作った最新作だよ」


「ふふっ、最新作って」


「そう。君だけの。絶対壊れない、最強のお守り」


フェリオンは抱きしめながら、彼女の頭をそっと撫でた。


「魔物って、怖い?」


「怖い顔してるけど、弱っちいよ。多いだけ」


「本当?」


「本当。クロードの後ろにいたら、魔物なんてすぐいなくなっちゃう」


みひろはたまらず吹き出した。

「ふふふ、クロードさん、怖いよ」


「そうだよ。あいつ、竜殺しだもん」


「やめて、面白すぎ! 何それ!」


笑いながらも、みひろの瞳には涙が滲んでいた。

フェリオンは彼女を抱き寄せ、そっと頭を撫でる。


「本当だよ。竜も倒せる男だから、君を任せられる」

「うん」

「オレは行けないけど、この花がきっと守る。

かすり傷ひとつ負わせないって、約束する」

「うん。信じてる」


銀と亜麻の光が寄り添い、暗闇の中、二人だけをやわらかく包んでいた。

それは――恋人ではない二人が交わした、誰にも破ることのできない、魔法と魂の誓いだった。



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