34話 浮かれたクロード
ヨーコが、今日も起きている。
ただそれだけで、朝から心が三割増しくらい軽やかになる。
名前を呼べるから、さらに五割増しだ。
騎士としてあるまじき浮かれぶりだとは思う。
だが、そんな理屈はもう随分前に置き去りにした。
「朝の日課」は変わらない。
彼女の部屋の扉をノックし、ゆっくりと開ける。
淡い陽の光が差し込む寝台で、黒い瞳がどことはなしに視線を彷徨わせている。
眠っていた頃と変わらないはずの姿なのに、こうして目を覚ましてこちらを見つめてくれるだけで、まるで別人のように思える。
――それでも、彼女が光に包まれて見えるのは、朝日のせいではない。
天使みたいだ。
……柄にもないな。
俺は、ただそっと彼女の隣に座る。
「ヨーコ。おはよう」
微かに動く唇。柔らかく細められる瞳。
それだけで、胸が熱くなる。
「くろ」
一言。
黒曜石のような、俺を映す瞳。
駄目だ。
その一挙手一投足が、心の奥を熱くする。
抱きしめたくなり、指先がピクッと震えた。
拳を握りしめて、何とか押しとどめる。
昨日、怖がらせたばかりじゃないか。
「夜の日課」で彼女を驚かせてしまった。
――当たり前だ。
寝室に男が入ってきたんだぞ。
我に返った俺は、慌てて部屋を飛び出した。
しかし、彼女の目には驚きと、そして確かに――怯えがあった。
俺は夜は絶対に行かないと誓った。
自分を律することさえできないようでは、彼女の傍にいる資格なんてない。
彼女は多くを語らない。
体力が戻っていないのか、もともと寡黙なのかもしれない。
こちらが話しかけても、返ってくるのは小さな頷きか、笑みだけだ。
それがいい。
いや、正直に言えば、もっと彼女の声を聞きたい。
でも、今はそれ以上を望んではいけない気がする。
ときどき、こちらの顔をじっと見つめて、眉間に皺を寄せることがある。
それがまた、小動物のようで愛らしくて……心臓に悪い。
けれど。
彼女がこうして、少しずつ日々を取り戻していくのを見るたびに思う。
もっと元気になったら、あの美しい瞳でこの世界を見てほしい。
美味しいものをたくさん食べて、綺麗な景色を見て歩き、笑ってほしい。
――そうして、明日も明後日も、生きてほしい。
そして、その隣に、俺がいられたら。
それ以上に望むことはない。
今日も、彼女は笑ってくれた。
それだけで、俺は剣を握る力が湧いてくる。
……だが、まずはカレハだ。
ヨーコは国から隠された存在だ。いないはずの彼女を襲撃したのだ。尋問するにも人を選ぶ。
俺は気を引き締めた。
カレハの顔を見たら、怒りで剣を抜きそうになる自分が怖い。
城まで時間をかけて行こう。気持ちを落ち着かせるために。




