30話 2度目の刃
邸に戻ったのは偶然ではない。
今日、魔石のアクセサリーが出来ことを知っていた。
彼女に「クロ」と呼ばれた日にこっそり頼んでいたのだ。
たまたま入ったこの魔石宝飾店で、茶色がかった赤い大ぶりの魔石を見つけたのだ。
これだけ大きければ、魔力の足りないという彼女の助けになるだろうと、ネックレスを作ってもらっていたのだ。
決して自分の髪の色だとか、そんな気は毛頭、そう。そんな邪な考えはない。もちろん。
昨日フェリオンが来たタイミングで、執事のコンラードが完成の連絡をしてきたためにバレてしまった。
「え、魔石の魔力?あの子にそれ効くの?」などと面白半分に言い、
「でも石でコーティングされた状態なら……天然の魔石も使ったことないし。いや、興味深いなぁ」などとぶつぶつ呟いて、
「夕方見に来るから」と言い出した。
——誰より先に見たかった。
クロードは書類作業を五割増しの速度で終わらせ、騎士服のまま店に急いだ。
邸に呼んで使用人に見つかるとうるさいから。
「申し訳ありません」
店に入るなり店主に謝られた。
奥で話を聞くと、店主の娘が邸に届けに行ってしまったという。
困った。また恥ずかしい噂がラングレイ邸に広まる。
「いや……構わん」
「カレハが、伯爵様が配達と受取を間違えたと言うので、私もつい……」
客の前で人のせいにするとは、困った店主だ。
「いや、まて、」クロードは店主に手をかざした。
「あ、いや!こちらの不手際なことには違いないので……」
「そこではない。カレハ、とは」
クロードは険しい顔をした。
異国の名だが、最近どこかで見た名だった。
「私の娘のカレハですが」
魔石宝飾店の娘。知り合いにも、その婚約者にも心当たりがない。
小骨が引っかかったようだ。
魔石宝飾店、魔石宝飾、ま、魔石?
「カレハ……マクシミリアン?」
そうだ報告書だ。マクシミリアンは魔石産出の一大産地だ。あの、三男坊の婚約者の名は確か。
店主がキョトンとした。
「よくご存知ですね。しかし破談になったのですよ、お恥ずかしいことです」
眉を下げてあははと笑う店主に嫌悪感を抱きながらクロードは立ち上がった。
「配達されているのだな。では私も邸に戻るとしよう」
嫌な予感がする。
店に出るまでももどかしい。
胸の奥を、冷たい鉤爪が引っかいた。
嫌な予感が、脊髄を這い上がる。
飛ぶように家に帰り、ヨーコの部屋へ急ぐ。
気のせいであってくれと、祈るように階段を駆け上がると、扉の前でリゼが泣いていた。
走る勢いのまま扉を蹴破る——
知らない女が、刃物を振りかざしていた。
眠る愛しい彼女に向けて。
「——貴様ァッ!!」
叫んだ瞬間、彼女の胸に短剣が音もなく吸い込まれた。
全てが緩慢になった。
白い寝巻きが赤を吸い込み、彼女の眉間にうっすらと影が落ちる。
苦悶の表情はなかった。だが、その鼓動は、意識は、底知れぬ闇へと落ちていく。
「やめろッ!!!」
クロードは獣のように飛び込み、女を壁際へ叩きつける。
短剣が床を転がり、金属音が耳に刺さった。
抱き起こした彼女の肩口から、温かく、恐ろしいほど生々しい血が溢れ出す。
クロードは震える手で押さえながら、女を睨みつけた。
「……なぜだ……なぜこんなことを……」
女——カレハは、座り込んだまま、瞳だけを彼女に釘付けにしていた。
呼吸が荒い。肩が小刻みに揺れている。
「……違う……違うの……私は……彼のために……
彼が囚われて……奪われて……だから……取り戻さなきゃ……」
その声は、かすれているのに、異様な熱を孕んでいた。
彼女を見た瞬間から、現実と幻の境界が溶けている。
「黒い……黒髪……あれは、あの人の……
違う……違う……全部嘘だった……あの言葉も……私じゃない……!」
爪を立てて自分の胸を掻き毟りながら、ぶつぶつと否定の言葉を吐き続ける。
その顔は恐怖と憎悪が入り混じり、理性の影はほとんど残っていなかった。
クロードの中で、怒りが一瞬で沸騰する。
喉が焼け、視界が赤に染まる。
「ふざけるな……!」
咆哮がカレハの体を突き抜けた。
カレハは言葉をなくしぶるぶる震えて泣いた。
「あぁ、どうして……」
——二度目だ。
この子を自分の腕の中で血に染ませるのは。
2度も、守れなかった。
何が部隊長だ。
何が誓いだ。
愛する人一人守れなくて、何の騎士か。
「フェリオンを呼べ——すぐにだ!」
怒鳴り声は、部屋の壁を震わせた。
悔しいがこの子の身体はフェリオンにしか治せない。
彼は夕方来ると言っていた。まもなく着くはずだ。
使用人が駆け出す気配も、耳に入らない。
クロードはヨーコの体を抱き締める。
その頬に落ちる涙は、怒りと悔恨と、どうしようもない恐怖で熱かった。
カレハはその光景を、笑っているのか泣いているのか分からぬ顔で見つめていた。
口は動いている。
「違う……違う……私じゃない……」
同じ言葉を繰り返し、やがて嗚咽に変わっていく。
——ヨーコの意識は、再び深く沈んだ。
暗く、深く、それでいてどこか優しい、別の世界へ。




