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29話 カレハ急襲

カレハは、ゆっくりと店の奥から顔を出した。

そこにあったのは、見覚えのある家紋が刻まれた注文票。


——クロード・ラングレイ。


取引先であるその伯爵の名に、首の後ろがちり、と音を立てる。

品目は「魔石細工のアクセサリー」。淡い光を閉じ込めた宝飾。護符としての魔力も込められる特注品。


「……婚約者への贈り物、でしょうね」

低く呟いた声は、自分のものでないように響いた。


父は何も知らない。だが、彼女には分かった。

あの魔石は、牢に閉じ込められているレオナルトが口にした“邪魔者”の名前だ。


彼の声が耳に蘇る——


「クロード・ラングレイに屈辱を受けた……」


苦しげな吐息の中に滲む憎悪。

その瞬間、全てが繋がった。


彼の聖女である私を奪い、彼を閉じ込めたその男。

ならば、その女を消せばいい。

そうすれば、彼は再び自由になる。

彼は私のもとに——戻って来れる。




午後、カレハは親友に会いに行った。

手紙を書くと、彼女はすぐに会いに来た。

背がすらりとしているから、遠くからでもすぐに分かる。


「カレハ」


「久しぶり」


久しぶりに会う親友はなんだかやつれていた。

「手紙ありがとう。実は私も相談があって」


彼女の背をさすり、椅子に座らせる。

可哀想に。気が弱い彼女ですもの。きっと仕事先でいじめられているのね。


「話を聞くわよ、リゼ」




―――――



夕方、私はクロード邸の扉を抜けた。

昼間に見た注文品を手に、まるで届け物を持つ使用人のように振る舞いながら。リゼと一緒に門を潜る。

警備の視線は甘い。彼女の顔は、ただの良家の娘のそれ。


「ねえ、本当に大丈夫かな?」


リゼは鍵を掴んだ手をブルブル震わせ、カレハを見た。彼女は柔らかく笑い、その手を取った。


「さっきも言ったでしょ?大丈夫よ。ほら、クロード様がうちのお店に頼んだネックレスよ。その子のために、特別な魔法がかかったプレゼントよ」


廊下で箱を開き、ちらりと魔石細工のアクセサリーを見せる。赤い光が淡く揺らめく。


「これを付ければリゼの状態も良くなるわ」


「本当に?」


「そうよ」


リゼは魔法に詳しくない。それにヨーコのお世話を随分前からしていてクタクタだった。

何とかしないと、彼女のお世話を続けられなくなる。


「……わかった」


二人で頷きあうと、リゼは客室の鍵を開けた。

足音も立てず、静かに部屋へ。ふわりと花のいい匂いがする。


「リゼはここにいて」


「どうして」

「いいから」


唐突にリゼは締め出された。いつの間にか鍵はカレハに取られていた。

「カ、カレハ?」

リゼは人が来ないように控えめにノックするが反応は無い。


―――ごめんね。

リゼには見せられない。今からすることを。カレハは隠し持っていた短剣を取り出す。


そこには——白い寝台の中、女が横たわっていた。

これが、ラングレイの女。

起きない相手を倒すなんて簡単だ。それで全ては上手くいく。

妙な高揚感に包まれながら、カレハは女を見た。

その瞬間、カレハの全身が粟立った。



——黒髪。


カレハは動揺し、短剣を落としそうになった。


あの牢の薄闇。


鉄格子の向こう、彼が伸ばした腕。


『僕の聖女』


低く、愛おしげに響いた声。

私の焦げ茶色の髪がそう見えたのかと思っていたのにそうじゃなかった。

彼の声が鮮明に蘇る。


『黒髪の、僕の聖女』


「いや……違う、違う……」


カレハは後ずさりしながらも、短剣の鞘をはずす。


息が荒い。頭の奥で、レオナルトの幻影が微笑む。


「僕のために」


囁きに押されるように、ベッド脇に近づく。


眠る女傍らに膝を付き、両手に握られた刃を振り上げる——その時。



温もりが、足に触れた。


カレハの手が震えて止まる。


眠る彼女の手は細く、かすかな力で。


昏睡のはずの女が、ぶるぶると震えながら下ろすナイフごとカレハの手を包む。


「……いい子、どうしたの」


夢の中の寝言のように、優しく。

その小さな声が、カレハの奥底を切り裂いた。


脳裏に、封じ込めていた記憶が奔流のように溢れ出す。

かつて、誰にも存在を認めて貰えず、ただ泣いていた自分に差し伸べられた手。

あの日、自分を抱きしめ、「いい子ね、どうしたの、痛いところはない?」と聞いてくれた——母の笑顔。

それが、なぜここで、この女の口から……。


「やめて……やめてよ……」


刃が震える。視界が滲む。

何が現実で何が幻か、もう分からない。


その時、部屋の扉が勢いよく開いた。

「——貴様ァッ!」

怒声とともに飛び込んできたのは、鋭い目の男。

クロード・ラングレイ。


驚愕と恐怖が、カレハの全身を貫いた。

そして——反射的に、彼女の手は動いた。


短剣の切っ先が、柔らかな肌に沈む感触。

その瞬間、カレハは初めて、自分のしてしまったことを理解する。

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