2話 クロード邸の朝
よろしくお願いします。
夜が明けきる前、鳥たちの声がまだ控えめな時間。
クロードが寝室へ引き上げたあとも、フェリオンは窓辺に立ったまま夜の名残を眺めていた。
葡萄酒の残り香が指先にまとわりつく。
足元には、空いた瓶と転がる魔法器具の小箱。机の上の召喚陣の触媒候補を詰め込んだ瓶は、フェリオンが夜通し作った試作品だ。
「……やっぱり、足りないな」
ぽつりとこぼした呟きは、白く曇る息の中に溶けた。
あと半年。
材料、時間、自分の力量。
魔法召喚に必要な準備は何もかも足りない。
焦燥をおさめようと目を閉じても、大気を流れる黒い魔力は頭の奥にこびりついて離れない。
それは国の寿命の色。
彼の家系が代々背負ってきた“終焉の兆し”の視覚化。
見なければ良かった、とは思わない。
ただ、見えすぎることの残酷さに慣れる日は来ない。
まったく、厄介なもんだ。フェリオンは小さく笑った。
「召喚が成功して、白が戻れば……少しは、救われるのかね」
グラスの底に残った赤を一口で飲み干し、窓の外を見上げた。
薄い空の端が、夜を押しのけるように青く染まり始めている。
ラングレイ邸では、早起きの使用人の気配が客室の外から滲む。
そのとき、扉の向こうで軽いノックの音がした。
「……早いな。お前、もう起きてるのか」
扉を開けると、そこにはクロードが立っていた。
寝癖のついた髪を片手で押さえながら、いつもの冷静な緑の瞳でフェリオンを見下ろす。
「寝る気がないなら、せめて食え。厨房が朝食を用意してる」
「部隊長殿の家は相変わらず堅実だな。……あんた、寝たの?」
「少しだけな。お前のいびきが聞こえなかったから見に来ただけだ」
フェリオンは肩をすくめて笑う。
「優しい家主様、魔法使いは頑丈だから心配ないよ。それに、いびきなんて失礼ですよ」
わざと気難しい語尾でクロードの笑いを誘う。
「酒臭い魔法使いが頑丈とは思えん」
クロードはため息をつき、卓上の器具をちらりと見た。
「昨日言っていた“灰色の魔力”……あれ、本当に広がっているのか?」
「そうだよ。昨日より悪くなってる。きっと、明日はもっと」
フェリオンは目を細める。
「お前は視えない分、幸せかもね」
クロードは黙ったまま外を見やる。
薄明かりの中、庭の樹々がゆっくりと風に揺れていた。
魔力の流れが視えない男にも、その風がいつもより重いことだけは分かる。
「……召喚の儀、失敗は許されないな」
「うん。だから、成功させるよ。たとえこの身がどうなろうと」
そう言いながら、フェリオンはテーブルの上の魔法書を開いた。
その古びた頁には、複雑に重なり合う文字と線──
何百年も前の誰かが描いた、命を賭して残した聖女召喚の陣があった。
クロードは何も言わず、ただ立ち尽くす。
夜明けの光がフェリオンの銀髪を照らし、淡く輝かせていた。
ありがとうごさいました。
■AIによる第二話のあらすじ
夜明け前、眠れぬまま召喚準備を進めるフェリオンは、迫る時間不足と国を覆う黒い魔力に焦りを募らせる。訪ねてきたクロードと短い言葉を交わし、失敗できない儀式への覚悟を新たにする。




