21話 よしよしされたのに
帰りの馬車の中。
みひろの頬にかすかに残る涙の跡を、涼しい夜風が撫でる。
「ああ、可愛かったな」
渡り人の優しさの余韻に浸り、みひろはうっとりとした顔で窓辺に頭を預けていた。
「フェリオン、ほんとうにありがとう」
急に大人びたような表情になった彼女。
渡り人に、いったいどれだけの重荷を降ろしてもらったのだろう。
「オレは付いてきただけだよ」
みひろの視線から逃げるように、フェリオンは窓の外を見た。
会いたいと言ったみひろに手を貸した様々な人の中に、自分は入っていない。
そうフェリオンは心で自分を笑った。
でも、みひろのこんな笑顔が見れたから役得だな。
「……心配で付いてきてくれたんでしょ。それが嬉しいの」
フェリオンは笑った。お見通しだったか。
二人でくすりと笑い合い、みひろはふと、暗い顔をした。
「渡り人さん、ずっと目を覚ましてないんだよね。私が召喚された時からだから、もう1ヶ月近く……?」
「体はもうなんともないんだ。毎日診てるけど原因がまだ分からない」
フェリオンは渡り人の事を考えると胸がザワザワした。
帰り際に顔を見たのに、何日も会えていないような気持ちになる。
「そんな子の前で、私、いっぱい愚痴っちゃった……弱音吐いてる場合じゃなかったかも」
目の前でしょんぼり肩を落とすみひろに、フェリオンは目を細めた。
優しい子だ。
「みひろ」
思わず名を呼び、彼女の頬に触れる。
どうしたら笑顔になるんだろう。
「フ、フェリオン?」
フェリオンの銀の髪が風に揺れ、みひろの亜麻色の髪に触れる。
みひろは身を固くした。
彼は口を開いたが、馬車が止まると彼女の頬から手を離した。
「着いたね」
今のはなんだったんだろう。
少し染まる頬を隠しながら、みひろは馬車から降りた。
二人で並んで歩く。フェリオンが魔法で光の玉を作り、足元を照らしてくれる。
みひろの部屋は城の少し奥。通路を通るより庭園を突っ切った方が近い。
色とりどりの花が月明かりに照らされて幻想的だ。
「いい匂い」
みひろがポつりと言う。
「一輪あげる」
「フェリオンのお庭じゃないでしょ」
「魔法でどうにかしよう」
みひろが止める間もなく、フェリオンは小さな白い花を手折る。
みひろは呆れた笑いを漏らす。
「みひろ、月をつまめる?」
「月を?」
笑顔のまま、みひろは見上げる。
視界に広がる黒に、満月。
一緒だ。
彼女はこの世界の月を、夜空を、初めてまともに見た。
みひろは100円玉くらいの大きさに見える満月を、手を伸ばしてつまむ仕草をした。
フェリオンも手を伸ばし、彼女の指に自分のそれを重ねた。
そこに、淡い光が灯る。
月と同じ大きさの、亜麻色に光る水の球。
冷たい。
みひろは夢のような気持ちでそれを見た。
「花にあげて」
フェリオンが花を差し出す。
みひろはそっと花に水を落とす。
花びらが水を吸って、亜麻色に光った。
「綺麗……」
「あげる」
「いいの?」
「いいよ」
みひろは貰った花を顔に寄せた。
瑞々しい花の匂いがする。
「いつまでもつかな」
手折った花だ。すぐにその時が来そうで、みひろはフェリオンを見あげた。
「ずっと生きるよ。オレが生きてる限り、ずっと枯れない」
そんな魔法をかけたから。
月に照らされた彼の笑顔の美しさにに、みひろの胸がざわめく。
「……ありがと」
なんだか調子、狂う。
みひろは庭園を足早に抜けた。
城内に入っても、みひろは花を見つめ、たまに微笑む。
フェリオンはそんな彼女に目を細めた。
あの角を曲がればみひろの部屋だ。
なんだか名残惜しくて彼女は話題を探る。
「ねえ、フェリオンて、渡り人さんに毎日魔力あげてるって言ってたよね」
「そうだよ」
「それ、私も出来ないかな。私の魔力って凄く白いんでしょ?効きそうな気がしない?それに―――」
「しなくていいよ」
かたい声。
「え?」
思わず向き直ると、彼は目を細めて笑っていた。
初めて会った時に見た、背筋が寒くなるような、美しい笑み。
フェリオンはふっと視線を逸らした。
視線の先にはみひろの部屋の扉。
「おやすみ、みひろ、また明日ね」
それだけ言って歩き出す背中が、みひろにはやけに遠く感じた。
扉の前に取り残されて、みひろは胸に寄せた花を見つめる。
亜麻色の光―――私の、髪の色。
目を閉じると、渡り人の事を思い出す。
癒しの言葉。
撫でてくれた手の温もり。
甘くて爽やかな―――フェリオンと同じ香り。
みひろは胸がきゅっとなるのを感じた。
――フェリオンは優しい。けど、たまに不器用。
その不器用ごと、好きになってしまったんだと思う。
「……ばかだな、」
フェリオン。
言葉は途中でかすれて消えた。
花の光がまぶたの裏に滲んで、なかなか消えなかった。




