16話 手探りのふたり
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王城の一室。
夕食後、魔法塔幹部の端くれフェリオンと聖女みひろは、護衛の騎士を廊下に残し、二人きりで今日も授業に臨んでいた。
フェリオンは人事に納得行っていなかったが、任された仕事はこなす男だ。
聖女みひろにはなんの非もないし、何より自分が召喚した方なのだ。責任を持つのが当然のような気がしていた。そしてそれが、リューディガーの思うつぼであろう事も。
初回の授業は、驚きの連続だった。
「魔法のない世界から来ました」
みひろのその一言に、フェリオンは息を呑んだ。
まさかと思った。最悪の事態は頭の片隅で想定していたが、あえて考えぬようにした。
――だが、その希望はあっけなく潰えた。
彼女は魔力を「見えない」し、「感じない」。黒は勿論、白もだ。その身からこれ程溢れているのに見えないとなると・・・・・・。
フェリオンは平静を装い心の中で呟いた。
――詰んだ。
世間一般の人々が黒の魔力を知覚できないように、彼女は魔力そのものを知覚できない。
知覚できないものは使えない。
つまり、魔法の行使は不可能。
この白い魔力を自分で制御できない――それが何を意味するか、フェリオンには痛いほど分かった。
明日からどうすればいいのか見当もつかず、その夜、フェリオンは眠れなかった。
―――
翌日、彼はみひろに様々な色の魔力を見せた。
白、灰、薄墨、そして黒。
だが、どれも彼女には見えなかった。
ただし、魔力を火や水など“形のあるもの”に変換すると、彼女には視えるらしい。
こうして数日、二人は「何が見えて、何が見えないのか」「何を知っていて、何を知らないのか」――その手がかりを探るばかりだった。
みひろを向かいに座らせ、フェリオンはこっそり眉間や眉尻を押す。
この時間帯は、決まって疲れが出る。
原因は授業内容だけではない。
夕方、彼はクロード邸で“渡り人”を見舞ってからここへ来る。
黒い魔力に沈む渡り人に、魔力を流し込んでいるのだ。
その部屋の澱みは深く、魔力を吸われるように疲弊する。
それでも。体はきつくとも、彼はいつもぎりぎりまでその部屋を離れなかった。
――あの黒髪の渡り人に、なぜか安らぎを感じるからだ。
だがその疲れは、みひろの前ではすぐに溶けて消える。
白い魔力が満ちるたび、身体を包むような温もりが流れ込む。
まるで光そのものの中にいるようで、フェリオンはいつしか深く息を吐いていた。
これが、聖女の力なのだろう。
―――
「今朝は教会でどんな話を聞いたかな。教えてくれる?」
みひろは少し首を傾げ、淡い微笑を浮かべた。
思い出すときの癖のようだが、その表情はまだぎこちない。
彼女は毎朝、大聖堂で祈りを捧げたあと、大神官パルマーからありがたいお言葉を賜っている。
召喚の日に教会の囲い込みを予想したリューディガーが、教育係としてフェリオンをねじ込んだ。
――こうして、夜の“魔法のお勉強”が始まったのだ。
「今日は、少年が自分の水瓶の水を飲んで空になった話を聞きました」
「続けて」
フェリオンはその寓話を知っていたが、みひろがどう理解しているかを知るために黙って聞いた。
少年は水を飲むたび、水瓶の底の水が掬いにくくなる。
一回り小さい瓶に移し替え、やがて瓶はどんどん小さくなり、最後には割れてしまう。
困った少年が祈りを捧げると天の女神が新しい水瓶を授けて――また水が満たされる。
「魔力は水で、ずっと使ってると瓶も水もなくなるけど、祈れば大きな瓶を貰える……みたいな話です」
「なるほど。ありがとう」
教会が信徒に与える子供向けの寓話。
魔力が枯渇しても、神に祈れば与えられる――そういう“常識”だ。
彼女がこの世界で浮かないためには、必要な知識でもあった。
教会は信仰で魔力を騙り、塔では理で魔力を測る。
フェリオンはその両方を見せながら、本当の理を“秘密の話”として教えていく。
―――
「さて、じゃあ、今日も秘密の話をしよう」
「白とか黒とかの魔法の話?」
「そう。この話は誰にも言っちゃいけないよ。守れるかな、聖女様」
みひろはくすりと笑う。
「毎回言いますね、それ。心配なら指切りでもします?」
「指? それは何かの例え?」
彼女が小指を立ててみせる。
フェリオンは目を瞬かせたあと、思わず笑ってしまった。
「私の国の子供がする約束の儀式です。こうやって指を絡めて歌うの」
フェリオンは彼女と同じように小指を立てて見せた。みひろは躊躇いもせず、その指に自分の小指を絡めた。
白く清らかな魔力が、彼女から彼の中へと静かに流れ込む。
だが歌の内容は妙に物騒だった。
「針千本飲ます」と笑顔で歌う聖女は中々シュールだ。
「指きった。はい、これで約束は守られます」
……指まで斬った。怖い歌を明るく歌う彼女。
「なら、良かった」
穏やかに微笑み、話を続けた。
「今日は水で魔力を想像してみよう。
魔力は世界に満ちる水のようなものだ。透明で清らかで、使うためにある。――人が水を使うとどうなると思う?」
「減ります」
「そう。けど、朝の少年は“飲んだ”んだ。使ったとは違う」
「……あ、汚れますね」
「そう。汚れる」
フェリオンは彼女の前に白い水球を作り出した。
「これが、綺麗な魔力に満ちた世界」
次に、水球をゆっくりと黒く染める。
「これが今」
「ずいぶん黒くなりましたね」
「そう。けれど――触ってみて」
みひろが指でひんやりする水面をつついた瞬間、白い光が滲み、波紋のように広がっていく。
やがて水球は、再び清らかな白に戻った。そして、わずかに膨らんだ。
「わぁ……」
感嘆の息を漏らすみひろに、フェリオンは静かに告げた。
「君が来たから、こうなる」
「何も見えないのに?」
「王様にも、パルマー様にも言われなかった? “いるだけでいい”って」
「存在自体が宝、とか言われたけど、そういう事!」
思わず声が大きくなり、次の瞬間に恥ずかしそうに口を押さえる。
「いいよ、ここには俺しかいない。
そもそも敬語を使うべきなのは、俺の方だから」
フェリオンは軽く笑い、わざとらしく頭を垂れた。
「今までの不敬をお許しください、聖女様」
「やめて、堅苦しいの苦手なの。授業のときだけは“フェリオンとみひろ”でいきましょ」
「了解。でも、ここだけの話だよ。外で“みひろ”なんて呼んだら本当に不敬だから」
「じゃあ、もう一度指切りする?」
屈託のない笑顔で差し出される小指。
再び絡めると、白い魔力が彼の体を優しく包み込んだ。
何度でも、この指切りをしたくなる。
「約束だよ」
「うん、秘密の約束」
琥珀の瞳が笑った。
フェリオンの胸の奥で、ひとつ静かな光が灯った。
ありがとうございました




